TEXT BY YUKIHIRO NOTSU, ILLUSTRAION BY YOKO MATSUMOTO
鳥の歌の採譜活動から生まれた『《鳥たちの目覚め》

「鳥類はわれわれの遊星上に存在するおそらく最大の音楽家」だと語るのは、フランスの作曲家・オルガニストのオリヴィエ・メシアン(1908-1992)だ。彼はまた篤い信仰の人でもあり、鳥類学者でもあった。
「私の音楽では、カトリック信仰、トリスタンとイズーの伝説、そして鳥の歌の極度の活用とが並置されている」という言葉通り、その作品にはカトリック信仰に基づく《キリストの昇天》、《幼子イエスに注ぐ20の眼差し》、「トリスタン三部作」と呼ばれる《ハラウィ〜愛と死の歌》、《トゥランガリーラ交響曲》、《五つのルシャン》、そして鳥を題材にした《鳥たちの目覚め》、《異国の鳥たち》、《鳥のカタログ》などが並んでいる。
メシアンにとって鳥は、神の在します天と我々の住まう地上の間にある「空」という空間を自在に舞いながら歌う「人間と神を結ぶ象徴」として特別な存在だった。
若い頃から鳥の歌に魅了されてきた彼だが、初めのうちはうまく採譜できず、専門の鳥類学者に教えを請うたという。ジャック・ドラマン、ジャック・プノ、ロベール=ダニエル・エチュパコルといったフランスを代表する鳥類学者たちに学ぶと、フランス各地で鳥の歌声の採譜を始める。
《鳥たちの目覚め》(1953)は、そんな初期の採譜活動から生まれた作品で、ある春の一日、まだ暗いうちから鳥たちが歌い出し、日の出前の目覚めと大合唱、朝の歌から昼間の沈黙に至るまでを時系列を追うように描いている。実際に、その地域で歌われている鳥たちの歌だけが登場するという意味で、「真実を語る作品」だと本人は述べている。一方で《異国の鳥たち》(1956)は、中国、インド、マレーシア、北米・南米といった世界各地の鳥の歌声が自由な発想で組み合わせて作られている。
日本の森の鳥たちの歌も奏でられる《七つの俳諧》

自作が演奏される演奏会に立ち会うため世界各地を訪れたメシアンは、行く先々で鳥の歌を採譜し続けた。日本には1962年、ピアニストの妻イヴォンヌ・ロリオと共に、《トゥランガリーラ交響曲》日本初演のために初来日。能や雅楽に夢中となり、寺社仏閣や宮島の景色に魅せられた彼は、この旅行の印象を《七つの俳諧》(1962)という作品にまとめている。その中の2曲は、山中湖近くの森の中で聞いた鳥たちの歌を集めた「山中―カデンツァ」そして「軽井沢の鳥たち」で、日本の鳥たちに「捧げられた」ものだ。メシアンの音楽語法を通して奏でられる鳥の歌は、緻密であるがゆえに極めて複雑な様相を呈することが多いのだが、トランペットと木管楽器で表現されたウグイスの声は、一聴してすぐにそれとわかる。
自然の中に身を置き、じっと鳥の歌声、森のざわめきに耳を傾け続けたメシアン。一人の超人的作曲家を通して聴こえてくる鳥たちの声に浸りながら味わう一杯もまた格別だ。
鳥たちの歌とともに味わいたいのが、山形のタケダワイナリーの赤ワイン。ラベルに描かれているのは、汚れのない土地にしか住めないという雉。豊かな生態系が息づく里山の風景と環境を守り抜く決意がここに記されている。自社農園産の樹齢約80年の古木マスカット・ベーリーAを用いてつくられたワインは、力強く華やかでありながら、繊細。上品な香りに、樹の年齢が生み出した奥行きのある滋味深い味わい。豊かな余韻と響きに包みこまれるような赤ワインである。ドメイヌ・タケダ ベリーA古木 赤(辛口)750ml ¥4,950
COURTESY OF TAKEDA WINERY
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有限会社タケダワイナリー
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<参考文献>
オリヴィエ・メシアン/クロード・サミュエル『オリヴィエ・メシアン その音楽的宇宙―
クロード・サミュエルとの対話』(戸田邦雄訳、1993年、音楽之友社)

野津如弘(のつ・ゆきひろ)●1977年宮城県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、東京藝術大学楽理科を経てフィンランド国立シベリウス音楽院指揮科修士課程を最高位で修了。フィンランド放送交響楽団ほか国内外の楽団で客演。現在、常葉大学短期大学部で吹奏楽と指揮法を教える。明快で的確な指導に定評があるとともに、ユニークな選曲と豊かな表現が話題に。
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マツモトヨーコ●画家・イラストレーター 京都市立芸術大学大学院版画専攻修了。「好きなものは各駅停車の旅、海外ドラマ、スパイ小説、動物全般。ときどき客船にっぽん丸のアート教室講師を担当。
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