TEXT BY YUKIHIRO NOTSU, ILLUSTRAION BY YOKO MATSUMOTO
町中沸き立つ、5月のフィンランド小景

しばしば音楽に国境はないと言われるが、やはり音楽が生まれた土地に行ってみないとわからないことがある。そう強く感じたのが、シベリウスとフィンランドのつながりである。
僕が初めてフィンランドに降り立ったのは、2002年5月1日だった。今でも日付まで覚えているのには訳がある。この日はいわゆる「メーデー」だが、フィンランドの事情はちょっと違っていた。労働者の日というより、長い冬が終わって春の到来を祝う日、そして学生たちが卒業を祝う日で、街は高校卒業の証となる白い帽子を被った老若男女で溢れていた。その数日後に迫ったシベリウス音楽院の入試のために渡芬した僕を出迎えてくれたのは、公園で宴会を催す人々、そしてほろ酔い気分で賑やかに街を歩く人々だった。
ざっくばらんにいうと、街中酔っ払いだらけで、すごい所へやって来てしまったな、というのが第一印象である。シベリウスの厳めしい顔付きの写真から想像していたフィンランド人とは大違いで、酒飲みの一人として、一気に親しみを覚えたのは言うまでもない。
しかし基本的にフィンランド人はシャイな人が多い。無事入試をパスして、その年の9月から留学生活がスタートすると、音楽院の裏手にあるパブが学生や音楽家の溜まり場となっていてよく顔を出すようになったのだが、一緒に酒を飲んで盛り上がり仲良くなったはずなのに、翌日学校で顔を合わせると、うってかわってよそよそしい態度なのである。初めのうちは、こちらが酔って粗相をしたのではないかと心配になったりしたものだが、どうやらそういうわけではなく、とことんシャイなのだということがわかってきた。そして、相手も同じような心配をしていたようだとも。
陽光恋しい冬の日々、酒のむこうにほのかに感じたシベリウス

2002年はとりわけ寒い年で、9月末には氷点下まで冷え込んだことも思い出される。冬服は船便で送っていたので、急遽お店にコートを買いに駆け込んだ。寒くなると同時に、どんよりと曇る日が増え、日も短くなっていく。11月にもなると、朝はまだ暗く街灯が点っているうちに登校し、帰りにはまたすっかり暗くなっているという有り様で、太陽はすっかり姿を消したかと思われるほどであった。スペインからの留学生は根を上げて、こんなところでは暮らしていけないと故郷へと帰ってしまい、数週間学校に現れなくなるという事件も起きた。
年を越すと、寒波が訪れ氷点下20度を下回る日が続いたが、思いのほか寒さは耐えることができた。アパートは24時間暖房が効いており、Tシャツに短パンで過ごせて快適だった。しかし、暗さだけはどうしようもなく、春を待つしかない。授業を終えると、暗い中飲みに行くのが唯一(?)の楽しみで、シベリウスが常連だったというホテル・カンプのバーも訪れた。大作曲家が、酒を通して身近に感じられた瞬間だ。
酒、特にシャンパンを好んだシベリウスは、過度な飲酒とそれに伴う浪費にも悩まされていた。そのため妻アイノは苦労の連続だったが、生涯にわたって夫を支え続け、1904年にヘルシンキ郊外のトゥースラ湖畔に建てられた一家の家は「アイノラ」(アイノのいる場所)と名付けられている。森と湖の国フィンランドを象徴するかのようなこの場所から数々の名作が生み出されたのである。
偉大なる音楽が生まれた背景に、支え続けた人のしなやかな強さと知力と愛がある。1805年、若干27歳でメゾンを引き継いだマダム・クリコ。人生の荒波を幾度もかぶりながらも、女性がビジネスに進出することが困難な時代に、大胆な判断力や人を見抜く目を持ち、メゾンの礎を築き、世界に向けて大きく発展させた。“偉大なる女性”を讃える「ラ・グランダム 」、2018年は、冬に雨が多く、夏は暑く晴天が続いた年。対照的な天候により、類をみない理想的な熟成を遂げたピノ・ノワールから生まれたヴィンテージの黄金の泡は、シルクのようななめらかさ、複雑性に富んだ素晴らしい香り。唯一無二の味わいは、まさに酸いも甘いも嚙分けた人生の円熟期にこそ、深く寄り添う。「ヴーヴ・クリコ ラ・グランダム 2018」¥29,370(ギフトボックス付き)
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野津如弘(のつ・ゆきひろ)●1977年宮城県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、東京藝術大学楽理科を経てフィンランド国立シベリウス音楽院指揮科修士課程を最高位で修了。フィンランド放送交響楽団ほか国内外の楽団で客演。現在、常葉大学短期大学部で吹奏楽と指揮法を教える。明快で的確な指導に定評があるとともに、ユニークな選曲と豊かな表現が話題に。
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マツモトヨーコ●画家・イラストレーター 京都市立芸術大学大学院版画専攻修了。「好きなものは各駅停車の旅、海外ドラマ、スパイ小説、動物全般。ときどき客船にっぽん丸のアート教室講師を担当。
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