BY HARUMI KONO

タワー棟のスイートルーム(タワースイート)の前に広がる絶景

フォレスティス外観
忘れ去られたサナトリウム

1912年にサナトリウムとして建てられた本館
フォレスティスはオーストリアと国境を接するイタリア最北部、南チロルに位置する世界遺産「ドロミテ」のプローゼ山麓、標高1,800メートルの森にひっそりと建っている。もとは1912年に建てられたサナトリウム。壮大な森、澄んだ空気、山の湧水が病を癒す場所に最適だったのだ。その後、第一次世界大戦の混乱によりサナトリウムは忘れられたまま時が過ぎた。
歴史が動いたのは2000年。この地区を拠点に活躍するホテリエ、アロイス・ヒンターエッガー氏(Alois Hinteregger)がハイキング中に偶然この建物を見つけ、2010年に建物を改装してホテルをオープン。現在のフォレスティスはアロイス氏の息子ステファン氏とパートナーのテレサさんが、さらに10年の歳月をかけて作り上げた。ホテルに新風を吹き込むにあたり、夫妻が最も大切にしたのはドロミテの自然。二人は世界中のラグジュアリーホテルを訪れ、自分たちが目指すホテルに相応しいものとそうでないものを徹底的に見極めた。こうした二人の努力により2020年、62室のラグジュアリー・リトリートホテルとしてフォレスティスは新たな扉を開いた。
自然を体感するホテル

ペントハウスのテラスにあるプライベートプール。山の頂上と同じ高さのプールは世界でも数少ない
ホテルはサナトリウムだった歴史を有する本館、新たに建てた3つのタワー棟、そして2024年に加わったヴィラから構成される。タワー棟建設に際し、森の景観を保つために建物を同じ高さに設計、周囲の木の根を傷つけないように細心の注意を払いながら行われた。タワー棟のスイートルームの壁、床、家具は地元チロル地方の木材で作られたミニマルなデザイン。すべてのスイートルームはインテリアとエクステリアがシームレスで、山の頂上が目の前に迫り臨場感溢れる景色が広がる。

フォレスティス 総支配人ギュンター・コフラー氏(Günther Kofler)
大学でツーリズムマネジメントを学んだ後、ホスピタリティの世界へ。南チロル地方の複数のホテルでの勤務を皮切りに、モルジブのラグジュアリーホテル勤務後、2023年より現職。
「フォレスティスでは自然がアート作品です。日々刻々と変化する山の景色は一瞬たりとも同じ景色はありません」と、総支配人ギュンター・コフラー氏。

絶景と共に食事を楽しむ劇場型のレストラン。テーブルは原則として3名用。4名以上の場合はボックス型ではないテーブルが用意されている。ハネムーナー、誕生日のゲスト、そのほか特別な記念日を祝福するゲストにより、テーブルの花が異なるというホスピタリティの細やかさにも驚かされる
コフラー氏の言葉はレストランでも実感できる。劇場型に設計されたレストランは雄大な山と森を舞台正面に、テーブルはボックスシートのように配置され、滞在中、ゲストは同じテーブルで食事を楽しむ。毎日同じ席から自然というアートを鑑賞しながら食事をする贅沢な時間だ。

新鮮な旬の野菜を使った一品に合わせるワインを選ぶのも楽しい。この地はワインの銘醸地なので近隣のワイン生産者がソムリエとテイスティングしている場面も見受けられた。地元、北イタリアのワインがおよそ7割。白ワインのリストだけで18ページにも及ぶ(ストック状況により異なる)
劇場での食事を盛り上げるのは、地元チロルの食材を使ったモダンな料理の数々。夕食はフォレスティスまたはデトックスから選ぶことのできる7品のメニューが毎日違った内容で用意され、アラカルトメニューもあるので長期滞在のゲストも飽きることがない。ビュッフェスタイルの朝食はミルクだけでも5種類を用意、ジュースコーナーでは採れたての野菜や果物を好みでブレンダーにかけてジュースを作ることができる。自家製のグラノーラやグルテンフリーのスイーツも選択できるので、食事の面からも身体を労わることができるのだ。
ケルト文化へのトリビュート

2フロアにわたる広々としたスパの内装は、落ち着いたドロミテグレー。スパのほかフロント、レストランにケルト人が大切にした水が湛えられている
フォレスティスの館内ではフロントやスパエリア、レストランで水を、バーでは暖炉の火を目にする。これは遥か昔、チロル地方に自然を崇拝するケルト人が暮らしていたことへのトリビュート。そのため、自然のリズムで生活をしていたケルト人たちの文化を屋内外のアクテビティに取り入れている。ケルト人に由来する呼吸法を取り入れた「ワイダヨガ」、屋外の「ワイダウォーク」、夕方に静かに一日を終える「サンセットワイダブレス」が人気だ。リトリートで注目したいスパの面積は2フロア、2,000㎡の広さを誇る。スイートルームと同様、ガラス張りのプールの正面にはプローゼ山のランドスケープが目の前に迫る。

スパのトリートメントは周辺に植えられている3種類の松とトウヒの香りから好みのものを選ぶ。マッサージに使用する道具やトレイも地元の木材から作られている
ドロミテグレー

タワースイートの洗面所。ドロミテグレーの落ち着いたミニマルなデザイン
木の温もりに溢れるフォレスティス。サナトリウムの名残を感じる木造の本館とモダンなタワー棟。その二つをうまく繋げているのは淡いグレー、白、そして少しベージュが混ざった独特な色合いの壁やファブリックだ。この「ドロミテグレー」はスタッフの制服、レストランの内装やスパといった新しい部分に使われ、視覚的な安定をもたらす。木のネームプレートを付けた颯爽と働くスタッフのフレンドリーで丁寧なホスピタリティもこのホテルの魅力だ。長時間かけてやってきたゲストが、初めて接するスタッフの爽やかな対応に、これから始まるフォレスティスで過ごす時間への期待が高まる。
リピーターを惹きつける魅力

ガラスで仕切られた室内プールと屋外プール
オープンして5年、リピーターが大半を占める人気の秘訣は、コフナー氏によると「古いものや歴史を大切にしながら新しいことに挑戦してきたことでしょうか。例えば、フォレスティスでは静寂を重視した大人のリトリートなので、これまで14歳未満のお子様のご利用は受け入れていませんでしたが、ヴィラのオープンによって家族連れのゲストをお迎えできるようになりました。また、毎回変化するお客様のリクエストや質問も大切です。一つ一つのリクエストに的確に対応することで、ホスピタリティのレベルも上がります」。

松の香りを楽しむカクテル。ウエルカムドリンクに黒松のシロップが使われているほど、フォレスティスは松が身近だ
PHOTOGRAPHS: COURTESY OF FORESTIS
最後にコフナー氏はラグジュアリーについてこう語ってくれた。「お客様の多くが日々、時間に追われている方々です。それでも予定を調整してフォレスティスにいらして下さいます。そうしたお客様に時間に追われることなく、心ゆくまで寛いでいただくことは、私や私のチームにとって、とても嬉しいことです。私自身も毎日時間が足りないと感じます。時間に支配されるのではなく、相応しい場所で上手に時を過ごすこと。これがラグジュアリーの本質ではないでしょうか」。山と森に包まれたフォレスティスで過ごす静謐な寛ぎの時間は、私たちにラグジュアリーとは何かを教えてくれる。

タワー棟のルーフトップからの眺め
PHOTOGRAPH BY HARUMI KONO
フォレスティス
FORESTIS
Palmschoß 22 — 39042 Brixen,
Dolomites, Italy
公式サイトはこちら
髙野はるみ(こうの・はるみ)
株式会社クリル・プリヴェ代表
外資系航空会社、オークション会社、現代アートギャラリー勤務を経て現職。国内外のVIPに特化したプライベートコンシェルジュ業務を中心にホスピタリティコンサルティング業務も行う。世界のラグジュアリー・トラベル・コンソーシアム「Virtuoso (ヴァーチュオソ)」に加盟。得意分野はラグジュアリーホテル、現代アート、ワイン。シャンパーニュ騎士団シュヴァリエ。
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