フィービー・ファイロ PHOTOGRAPH BY KARIM SADLI
ファッションの分析をする際に、自叙伝的なアプローチに必要以上に注意を払いすぎると、横道にそれてしまう恐れがある。だが、フィービー・ファイロの場 合は、彼女が過去 8 年間以上にわたり、メディアを通して自分自身をいかに表現してきたか ――あるいは、 いかに沈黙を守ってきたか ――に注目してみると、おのずとその答えが出てくる。 誰もが知っているように、彼女は、私生活を決して 明かさず、自らのプライバシーを頑ななまでに守り抜 くタイプのデザイナーだ。メディアのインタビューに 頻繁に答えたり、社交やパーティの場に姿を現すファイロなど想像できない。セリーヌというファッション・ブランドもまた、現代の意識の中心を占め、洪水のように氾濫するソーシャル・メディアの映像には、必要以上に関わらず、距離をおいてきた。知的とはいえないセルフィー写真は もちろんのこと、自画自賛に満ちたランウェイ写真が 必須だと判断されるこの時代にあって、セリーヌは、ソーシャル・メディアにあえて露出しないことで逆に 注目を集めてきた。無意味な周囲の雑音に頼るより、 商品の質や気品に直接語らせることを選んだのだ。一 見矛盾するようだが、その方法で、セリーヌはさらに 存在感を増し、あそこでは何か特別なことが起きている、という意識を人々の中にかき立ててきた。
公に知られない存在でいることが、なぜあなたにと って大切なのかと問われると、ファイロはたいてい言 葉少なにこう言う。 「そのほうがシンプルだから」 プライベートな情報をいっさい表に出さない慎重さ は、セリーヌの美意識そのものであり、そこに大きな 意味がある。
ファッション界があらゆる雑音に包まれている今、 セリーヌは、業界内で最も静かな影響力をもつブラン ドのひとつとしてその姿勢を崩さない。コレクション の製作に際しては、圧倒的な量のリサーチを行い、細 部に徹底的に気を配るだけでなく、衣服を着る主体で ある女性に尊敬の念を払うことにより、その品質と名 誉を保ってきた。セリーヌは本物であり、それ自体が 貴重な存在なのだ。手垢のついた表現になってしまう し、人によっては異論があるかもしれないが、現在の ような不安定な時代にあって、セリーヌは、ファッシ ョン界の「聖杯」ともいえるだろう。「それは多分、私たちが、自分たちは何者かというこ とを見失い、お互いの存在や、動物たち、そして自然 からも切り離されてしまっているからではないのかし ら」とファイロは語る。「つまり、私たちは混乱していて "本物" に出会うと パニックを起こしてしまう状態なのではないのでしょうか。真実はすぐそばにあるのに、私たちはどうつな がっていいのかわからなくなっています」 血の通った温情やセンチメンタルな感情を極限まで排除したファッション界において、彼女のようなパワ ーをもつ人物から発せられた言葉は、珍しいほどに、体温を感じさせる人間らしい言葉だった。そしてそんな人間らしさは、彼女の作る服にも現れている。 セリーヌの2016-’17年秋冬コレクションの舞台裏は、 周囲の喧騒をものともせず、謙虚さに満ちた穏やかな 空気に包まれていた。彼女は言う。「それは、私が実際に自分で服を着てみて作るからかもしれません。それが私のやり方です。忙しいこの世 の中で、私はセリーヌがもたらす静寂という概念を常に意識しています」
PHOTOGRAPH BY YUJI ONO パリにあるセリーヌのアトリエ。ファイロはロンドンのオフィスと製作拠点であるパリのアトリエを行き来しながら、コレクションを作成している。PHOTOGRAPH BY YUJI ONO
 フィービー・ファイロは、自分が着るための服をデ ザインする。そして、彼女の意図は、服作りから始まって、信頼するアーティストたちとのコラボレーショ ンを彼女自身が統括する販売の現場まで、しっかり貫 かれている。とりわけ、デンマーク生まれのアーティ ストであるFOSとの店舗デザインにおけるコラボレー ションや、ファイロがロンドンのセントラル・セント・ マーチンズの学生だった頃からその作品に憧れていた という写真家ユルゲン・テラーと組んで打ち出した広 告キャンペーンに至るまで、ファイロの意図は徹底し て表現されている。あえて簡潔にし、実は細部まで緻密に考え抜かれているセリーヌのパッケージやタイポ グラフィーの威力も大きい。セリーヌの世界観は、非常にパーソナルで、繊細で独自なものなのだ。 ファイロがセリーヌで働くことになった2008年以前にも、すでにセリーヌの根幹をなす価値観について自分なりの考えを持っていたと彼女は振り返る。「それはセリーヌをファッション・メゾンとして整え 直すということでした。セリーヌはマーケティングに も積極的だったし、ブランドとしてもきちんと認知さ れていました。私はコミュニティの意識や、確かな価 値観、そして知性に裏打ちされた意識というものを守 りサポートする役割が好きなんです。そのためには、 さまざまな意見交換のプロセスを経ることも大事です」 彼女の仕事のやり方は独自のものだ。オープンマインドで、恐らく、ほかの何よりも個人主義と自立を尊 重する手法だろう。テラーが撮影した広告キャンペー ンの写真は、それを明確に美しく表現したものだ。セリーヌを着た女性の一連のポートレートは、多様性がありながら、常に自信にあふれ、強くて美しい。
秋冬コレクションは、より落ち着いた機能的なムードが季節的なお約束だが、最もシンプルに見えるデザ インの中にも、温かさが宿っていることがわかる。そ してセリーヌの衣服が女性の身体を包む慎み深さは、まるで処女マリアの受胎告知のように服とそれを着る人との間に聖なる関係をつくり出す。つまり、誰かほ かの人の目を惹くためのデザインではなく、着る人自 身のためのデザインなのだ。 セリーヌの服を着る女性は、他人の称賛を浴びるた めに着飾るのではない。彼女自身の喜びのためだけに それを着る。そしてそんな女性の判断は正しく、ファイロはそれを十分すぎるほどわかっている。「私たちが使う素材は最上のもので、それを変える気はまったくありません」