メディアに登場することはごく稀なセリーヌのクリエイティブ・ディレクター、フィービー・ファイロ。彼女が作り出す服は、現代女性たちの高い支持を集めている。なぜ、そんなにも女性たちを魅了するのか

BY SUSANNAH FRANKEL, EDITED BY JUN ISHIDA, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

画像: フィービー・ファイロ デザイナー。 パリ生まれ、ロンドン育ちの英国人。セントラル・セント・マーチンズ 卒業後、クロエを経て、2008年セリーヌのクリエイティブ・ ディレクターに就任。’14年大英帝国勲章"オフィサー"を 受章。同年、タイム誌 「世界で最も影響力のある100人」に 選出される。現在は、夫と 3 人の子どもとともにロンドンを拠点に活動する PHOTOGRAPH BY KARIM SADLI

フィービー・ファイロ
デザイナー。 パリ生まれ、ロンドン育ちの英国人。セントラル・セント・マーチンズ 卒業後、クロエを経て、2008年セリーヌのクリエイティブ・ ディレクターに就任。’14年大英帝国勲章"オフィサー"を 受章。同年、タイム誌 「世界で最も影響力のある100人」に 選出される。現在は、夫と 3 人の子どもとともにロンドンを拠点に活動する
PHOTOGRAPH BY KARIM SADLI

 ファッションの分析をする際に、自叙伝的なアプローチに必要以上に注意を払いすぎると、横道にそれてしまう恐れがある。だが、フィービー・ファイロの場合は、彼女が過去8年間以上にわたり、メディアを通して自分自身をいかに表現してきたか――あるいは、いかに沈黙を守ってきたか――に注目してみると、おのずとその答えが出てくる。

 誰もが知っているように、彼女は、私生活を決して明かさず、自らのプライバシーを頑ななまでに守り抜くタイプのデザイナーだ。メディアのインタビューに頻繁に答えたり、社交やパーティの場に姿を現すファイロなど想像できない。

 セリーヌというファッション・ブランドもまた、現代の意識の中心を占め、洪水のように氾濫するソーシャル・メディアの映像には、必要以上に関わらず、距離をおいてきた。知的とはいえないセルフィー写真はもちろんのこと、自画自賛に満ちたランウェイ写真が必須だと判断されるこの時代にあって、セリーヌは、ソーシャル・メディアにあえて露出しないことで逆に注目を集めてきた。無意味な周囲の雑音に頼るより、商品の質や気品に直接語らせることを選んだのだ。一見矛盾するようだが、その方法で、セリーヌはさらに存在感を増し、あそこでは何か特別なことが起きている、という意識を人々の中にかき立ててきた。

 公に知られない存在でいることが、なぜあなたにとって大切なのかと問われると、ファイロはたいてい言葉少なにこう言う。「そのほうがシンプルだから」

 プライベートな情報をいっさい表に出さない慎重さは、セリーヌの美意識そのものであり、そこに大きな意味がある。

画像: パリにあるセリーヌの アトリエ。ファイロはロンドンの オフィスと製作拠点であるパリのアトリエを行き来しながら、 コレクションを作成している PHOTOGRAPH BY YUJI ONO

パリにあるセリーヌの アトリエ。ファイロはロンドンの オフィスと製作拠点であるパリのアトリエを行き来しながら、 コレクションを作成している
PHOTOGRAPH BY YUJI ONO

 ファッション界があらゆる雑音に包まれている今、セリーヌは、業界内で最も静かな影響力をもつブランドのひとつとしてその姿勢を崩さない。コレクションの製作に際しては、圧倒的な量のリサーチを行い、細部に徹底的に気を配るだけでなく、衣服を着る主体である女性に尊敬の念を払うことにより、その品質と名誉を保ってきた。セリーヌは本物であり、それ自体が貴重な存在なのだ。手垢のついた表現になってしまうし、人によっては異論があるかもしれないが、現在のような不安定な時代にあって、セリーヌは、ファッション界の「聖杯」ともいえるだろう。

「それは多分、私たちが、自分たちは何者かということを見失い、お互いの存在や、動物たち、そして自然からも切り離されてしまっているからではないのかしら」とファイロは語る。

「つまり、私たちは混乱していて"本物"に出会うとパニックを起こしてしまう状態なのではないのでしょうか。真実はすぐそばにあるのに、私たちはどうつながっていいのかわからなくなっています」

画像: パリの本社に併設されたショールーム。1648年に建てられ パリの歴史的建造物にもなっている建物をリノベーションしている。 クラシックな空間のアクセントとなっている エレクトリックなライトは特注のLED照明 PHOTOGRAPH BY YUJI ONO

パリの本社に併設されたショールーム。1648年に建てられ パリの歴史的建造物にもなっている建物をリノベーションしている。 クラシックな空間のアクセントとなっている エレクトリックなライトは特注のLED照明
PHOTOGRAPH BY YUJI ONO

 血の通った温情やセンチメンタルな感情を極限まで排除したファッション界において、彼女のようなパワーをもつ人物から発せられた言葉は、珍しいほどに、体温を感じさせる人間らしい言葉だった。そしてそんな人間らしさは、彼女の作る服にも現れている。セリーヌの2016-’17年秋冬コレクションの舞台裏は、周囲の喧騒をものともせず、謙虚さに満ちた穏やかな空気に包まれていた。彼女は言う。

「それは、私が実際に自分で服を着てみて作るからかもしれません。それが私のやり方です。忙しいこの世の中で、私はセリーヌがもたらす静寂という概念を常に意識しています」

 フィービー・ファイロは、自分が着るための服をデザインする。そして、彼女の意図は、服作りから始まって、信頼するアーティストたちとのコラボレーションを彼女自身が統括する販売の現場まで、しっかり貫かれている。とりわけ、デンマーク生まれのアーティストであるFOSとの店舗デザインにおけるコラボレーションや、ファイロがロンドンのセントラル・セント・マーチンズの学生だった頃からその作品に憧れていたという写真家ユルゲン・テラーと組んで打ち出した広告キャンペーンに至るまで、ファイロの意図は徹底して表現されている。あえて簡潔にし、実は細部まで緻密に考え抜かれているセリーヌのパッケージやタイポグラフィーの威力も大きい。セリーヌの世界観は、非常にパーソナルで、繊細で独自なものなのだ。

 ファイロがセリーヌで働くことになった2008年以前にも、すでにセリーヌの根幹をなす価値観について自分なりの考えを持っていたと彼女は振り返る。

「それはセリーヌをファッション・メゾンとして整え直すということでした。セリーヌはマーケティングにも積極的だったし、ブランドとしてもきちんと認知されていました。私はコミュニティの意識や、確かな価値観、そして知性に裏打ちされた意識というものを守りサポートする役割が好きなんです。そのためには、さまざまな意見交換のプロセスを経ることも大事です」

 彼女の仕事のやり方は独自のものだ。オープンマインドで、恐らく、ほかの何よりも個人主義と自立を尊重する手法だろう。テラーが撮影した広告キャンペーンの写真は、それを明確に美しく表現したものだ。セリーヌを着た女性の一連のポートレートは、多様性がありながら、常に自信にあふれ、強くて美しい。

画像: (写真左)ショールームのあちこちに季節の花々が飾られている。大理石をモザイク状に配した床は店舗でも見られるデザイン(写真右)建物内のカフェスペース。17世紀にマザラン枢機卿が使っていたという小部屋は、壁や天井のディテールを保存している PHOTOGRAPHS BY YUJI ONO

(写真左)ショールームのあちこちに季節の花々が飾られている。大理石をモザイク状に配した床は店舗でも見られるデザイン(写真右)建物内のカフェスペース。17世紀にマザラン枢機卿が使っていたという小部屋は、壁や天井のディテールを保存している
PHOTOGRAPHS BY YUJI ONO

 秋冬コレクションは、より落ち着いた機能的なムードが季節的なお約束だが、最もシンプルに見えるデザインの中にも、温かさが宿っていることがわかる。そしてセリーヌの衣服が女性の身体を包む慎み深さは、まるで処女マリアの受胎告知のように服とそれを着る人との間に聖なる関係をつくり出す。つまり、誰かほかの人の目を惹くためのデザインではなく、着る人自身のためのデザインなのだ。

 セリーヌの服を着る女性は、他人の称賛を浴びるために着飾るのではない。彼女自身の喜びのためだけにそれを着る。そしてそんな女性の判断は正しく、ファイロはそれを十分すぎるほどわかっている。「私たちが使う素材は最上のもので、それを変える気はまったくありません」

 私がファイロに最初に会った5年前に彼女はそう言った。そして重要なのは、今もそれがまったく変わらないことだ。品質に関しては、妥協が入り込む余地を決して許さない。

画像: 2016年 3 月にパリで発表された2016-’17年秋冬コレクション、 バックステージでとらえたショット 。大きな襟がメンズライクなシャツ ©CÉLINE

2016年 3 月にパリで発表された2016-’17年秋冬コレクション、 バックステージでとらえたショット 。大きな襟がメンズライクなシャツ
©CÉLINE

「カッティングを完璧にすることも重視し、そこに多くの時間を費やしています。それがうまくいくと、喜びで満たされます。セリーヌのアトリエで働いている多くのスタッフはフランス人で、一流のブランドで働いた経験がある人ばかり。彼らが体得した手仕事の技は、ほかの場所では見られないものです」

 彼女のその言葉に噓はない。ファイロは常に自分の発言に責任をもとうとしてきた。普遍的なものと卓越した職人技をうまく組み合わせ、そこにファッションを進化させる先見性を加え、まわりをあっと驚かせる新しさを常に目指してきた。そんな彼女の能力は、誰もまねできないほど抜きんでている。

 伝統的な美しさが光るセリーヌのクロンビーコート、マスキュリンなシャツ、チュニック丈のドレスやスカート、完璧な仕立てのテーラードジャケットやパンツなどにも、常に新鮮な仕掛けがなされている。たとえば、太陽のような明るいイエローとエメラルドグリーンを多用した色使いが今シーズンのコレクションに幸福感を加えている。また、ドローストリングのケープや、甘くフェミニンなゆったりとしたコクーンシルエットのアウターもある。セリーヌの靴やバッグ、ジュエリーやアクセサリーは、やわらかな感じに遊び心が加わり、陽気で、喜びに満ちている。そしてそれを裏打ちするのが、厳選されたデザインや素材、そして細部まで徹底してこだわり、最上のものを提供しようとする姿勢だ。

画像: (写真左)トップスはヴィスコースジャージーのロングチュニック、パンツはハリ感のあるウールジャージーと、素材の違いと色のグラデーションで遊んだシンプルなルック(写真右)色の異なる2枚のコートを重ねて縫い合わせたかのような 防水加工のマッキントッシュ ©CÉLINE

(写真左)トップスはヴィスコースジャージーのロングチュニック、パンツはハリ感のあるウールジャージーと、素材の違いと色のグラデーションで遊んだシンプルなルック(写真右)色の異なる2枚のコートを重ねて縫い合わせたかのような 防水加工のマッキントッシュ
©CÉLINE

画像: 背中の部分に丸い膨らみをもたせたラムスキンのコート ©CÉLINE

背中の部分に丸い膨らみをもたせたラムスキンのコート
©CÉLINE

「ファッションや服を作ることというのは、誰にでもできるし、同時にあらゆる人に向けての活動だと思っています。さまざまな人を受け入れるという態度が、今という時代を生きるには必要です。ファッションの才能は誰にでもあるものではないかもしれないけれど、才能があれば、それは周囲にも自然と伝わるはずです」とファイロは言う。

 そして、彼女がそんな才能をもっていることには、疑問をはさむ余地がない。彼女はこうも言うのだ。

「ファッションを通して自分の言いたいことを伝えたいという気持ちは、どういうわけか、昔から常に私の中にありました。私は有名になることを本能的に恐れています。どうしてそういうふうに感じるのかわかりませんが、名が知れることを心地よいと思ったことは今まで一度もありませんでした。人の目につかない存在でいることが好きなんです。誰にも自分の存在を気づかれずに歩き回るのは最高だし、そんな自由を失いたくない。それに、自分の口で何か言うより、服のほうがずっと雄弁に語ってくれると思っていますから」

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