美術史に残る西洋絵画やリトグラフを“怖さ”を切り口に再解釈。ユニークな鑑賞方法が呼び起こす、知的な恐怖

BY MASANOBU MATSUMOTO

画像: ヘンリー・フューズリ 《夢魔》 1800-10年頃 油彩・カンヴァス ヴァッサー大学、フランシス・リーマン・ロブ・アート・センター蔵 © FRANCES LEHMAN LOEB ART CENTER, VASSAR COLLEGE, POUGHKEEPSIE, NEW YORK, PURCHASE, 1966.1

ヘンリー・フューズリ 《夢魔》
1800-10年頃 油彩・カンヴァス ヴァッサー大学、フランシス・リーマン・ロブ・アート・センター蔵
© FRANCES LEHMAN LOEB ART CENTER, VASSAR COLLEGE, POUGHKEEPSIE, NEW YORK, PURCHASE, 1966.1
 

“怖い絵”といっても、身の毛がよだつ怪物や悪魔、グロテクスな殺戮シーンを描いた地獄絵図だけではない。なかには、昼寝をしているように安らかに眠る美女や豪華な遊覧船で遊ぶ家族の姿など、一見、優美な印象さえ与えるものもある。でも、この展覧会を見終わった後、それらの作品は、やはり“怖い絵”になる。

 上野の森美術館で開催されている『怖い絵展』は、ドイツ文学者、中野京子の同名ベストセラーシリーズ『怖い絵』の刊行10周年を記念したスピンオフ企画展だ。中野はシリーズを通して、技法やモチーフだけではなく、背景にある歴史的事実から被写体に待ち受ける運命、そして絵を描いた画家自身の人生まで、多角的な視点で名画に潜む恐怖を暴いてきた。本展も、そのコンセプトを踏襲。新しく選りすぐった西洋美術作品を、文献研究に基づく“怖い”解説文を添えて展示する。“感じるままに絵を観なさい”と鑑賞者を突き放すのではなく、“怖さ”というテーマ設定をもと、観る者が絵画へのイマジネーションを膨らませるように導かれる、ユニークな鑑賞方法の提案だ。

 絶世の美女クレオパトラの最期のシーンを描いた作品も、『怖い絵展』では、彼女が美しい姿形のままに死んでいった様子を伝えるものにとどまらない。彼女が多くの奴隷や死刑囚を使って毒死の実験をしていたエピソードを知ると、静かに眠るような顔は、おぞましい欲望に満ちたものに見えてくる。

画像: ゲルマン・フォン・ボーン 《クレオパトラの死》 1841年 油彩・カンヴァス ナント美術館蔵 © RMN-GRAND PALAIS / GÉRARD BLOT / DISTRIBUTED BY AMF

ゲルマン・フォン・ボーン 《クレオパトラの死》
1841年 油彩・カンヴァス ナント美術館蔵
© RMN-GRAND PALAIS / GÉRARD BLOT / DISTRIBUTED BY AMF
 

画像: (写真左より) ウィリアム・ホガース 『ビール街とジン横丁』より《ジン横丁》 1750-51年 エッチング、エングレーヴィング・紙 郡山市立美術館蔵 © KORIYAMA CITY MUSEUM OF ART オーブリー・ビアズリー ワイルド『サロメ』より《踊り手の褒美》 1894年 ラインブロック・紙 個人蔵

(写真左より)
ウィリアム・ホガース 『ビール街とジン横丁』より《ジン横丁》
1750-51年 エッチング、エングレーヴィング・紙 郡山市立美術館蔵
© KORIYAMA CITY MUSEUM OF ART

オーブリー・ビアズリー ワイルド『サロメ』より《踊り手の褒美》
1894年 ラインブロック・紙 個人蔵
 

 風刺画のパイオニアであるウィリアム・ホガースの《ジン横丁》。質の悪い安酒ジンに溺れた廃人がメイン通りで哀れな最期を遂げるこの絵は、ロンドンの貧困街の悲惨な史実によっていっそう際立つ。オスカーワイルドの戯曲『サロメ』の挿絵であるオーブリー・ビアズリーの《踊り手の褒美》は、見るからに奇怪で恐ろしい。だが、当時、オーブリーは、戯曲本来の内容を超えてグロテクスなイメージ作りに執着。画家こそが、サロメの狂気のイメージを増幅させた張本人だという。

 展覧会の目玉は、初来日となるポール・ドラローシュの《レディ・ジェーン・グレイの処刑》だ。中央に立つ女性は、“9 Days Queen(9日間の女王)”として知られるレディ・ジェーン。政略結婚の末に女王にまつりあげられた彼女は、戴冠式の直後、のちに女王になるメアリーらの策略にはまり、反逆罪をとわれて処刑された。

画像: ポール・ドラローシュ 《レディ・ジェーン・グレイの処刑》 1833年 油彩・カンヴァス ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵 © THE NATIONAL GALLERY, LONDON.BEQUEATHED BY THE SECOND LORD CHEYLESMORE, 1902

ポール・ドラローシュ 《レディ・ジェーン・グレイの処刑》
1833年 油彩・カンヴァス ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵
© THE NATIONAL GALLERY, LONDON.BEQUEATHED BY THE SECOND LORD CHEYLESMORE, 1902
 

「本当は、レディ・ジェーンは黒い服を着ていました。しかし彼女の若さや無垢さを引き立てるように、絵のなかでは白いドレスに変更されています。この後、鉄の斧が彼女の首をすぱっと断つ。これはオペラのクライマックスのように演出された絵なのです」と、レセプションの際、中野は解説してくれた。純白の衣装や透明感のある白肌が、この後、血の色に染まっていくことを想像すると、この作品はいっそう“怖い絵”になる。また、マントや宝飾品を剥ぎ取られたレディ・ジェーンの左手の薬指に、黄金のリングが残っていることも指摘する。それに目をやると、怖さとともに悲しみや憂いの念も胸に湧き上がってくる。

 会場には、80点もの“怖い絵”が並ぶ。背筋がぞっと凍るような怖さから、悲しさや怒り、笑いさえ同居した怖さもある。そしてドラマティックで豊かな恐怖の数々は、なにより絵画を観ることの楽しさをリアルに伝えてくれる。

 

怖い絵展
会場:上野の森美術館
住所:東京都台東区上野公園1-2
会期:〜2017年12月7日(日)
時間:10:00〜17:00(土曜は20:00、日曜は18:00まで)
入場料:一般 ¥1,600、大学・高校生 ¥1,200、
中・小学生 ¥600、小学生未満は無料
TEL. 03(5777)8600(ハローダイヤル)
公式サイト

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