ウォーホル世代の最後の生き残りのひとり、クレス・オルデンバーグ。彼は彫刻を再定義することで、アートの外見だけでなく、それを見る人たちをも永遠に変えたアーティストだ

BY RANDY KENNEDY, PHOTOGRAPHS BY PIETER HUGO, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 各地を放浪するうち、ニューヨークに挑戦する勇気が出てきたと彼は言う。1956年にニューヨークに引っ越すと、まるで街が彼を待っていたかのようだった。抽象表現主義者たちの革命は失速しつつあった。彼が移り住む前年には、ロバート・ラウシェンバーグの、一連の作品の第一作、『Bed』が発表された。絵画と彫刻の混合作品で、自身の枕とパッチワークキルトの上に絵を描き、塗料をぶちまけて、それを木のフレームの上にのせて引き延ばしたものだ。その少し前には、ジャスパー・ジョーンズがキャンバスいっぱいに星条旗を描く作品を作りはじめていた。それは国旗というアイコンを描く際に、絵画の中のイメージとしてではなく、オブジェそのものとして描いたものだった。

正統派で伝統的な教義は、マンハッタン中にある美術スタジオで次々に破壊され、オルデンバーグはその衝撃の強さを感じ取っていた。「抽象表現主義の画家たちは彼らの主張をあまり表現していないように感じたよ。私は何かを主張する作品を作りたかった。ごちゃごちゃしていてちょっぴり神秘的なものを」と彼は言った。「1959年が転機だった。私はブラシを使って絵画を描いていたんだ。物を見たままの形で描くタイプの絵をね。だが、ありがたいことにそれがまったくうまくいかなかった」

 昔からジャン・デュビュッフェのプリミティビズムや、儀礼と象徴主義を研究したジークムント・フロイトやその弟子のヴィルヘルム・シュテーケルなどの思想家に興味があった彼は、フロイトのいうイド(無意識的欲求)から直に生まれてきたような斬新な作品を作りはじめた。その中には彼がその後、繰り返し作るようになる《Ray Gun》(光線銃)の最初の作品もあった。さまざまな素材で、おもちゃのレーザー銃のような形を作るのだ。それは彼にとっては象徴的なもので、その形は今でも彼を虜にしつづけている。

スタジオの2階に上がると、彼は段ボールの作品を見つけた。そこには3つの光線銃の形をした物体が付着していた。どうやらそれは、古いレーズンクッキーのようだった。クッキーをかじって光線銃の形にしたものを糊で貼りつけたように見える。それを不思議そうに眺めながら、「何のためにこれを作ったのかわからないな」と彼は言った。彼のもうひとつの分身で、私のお気に入りは、幾何学的シンプルさを極限まで追求したネズミの頭のモチーフだ。それはミッキーや、フィルム映写機のリールを思わせる形で、モダニストが行きつく未知の世界をも予感させる。

このシンボルは、彼の"ネズミ美術館"においては、最も予期せぬ形で表現されている。小さなものやダジャレ的なオブジェにこだわった彼のコレクション(たとえば、バイブレーターと会話するプラスチックのバナナ)の数々を集めて、この美術館は彼のスタジオ内に誕生した。展示物はいつしか、居心地のいいガラス張りの展示ケースに入れられ、ついにはネズミの頭の形をした本物のギャラリー大の建造物に収められた。
 この建物をデザインしたのは、彼とヴァン・ブリュッゲンだ。このコレクションは定期的に一般公開され、1972年にはドイツのカッセルで開催されたドキュメンタ5で展示された。

 イーストビレッジに存在した美術ギャラリーシーンは5年に満たない短命さだったが、多くの成果を生み出した。伝説に残る57丁目のグリーン・ギャラリーで、オルデンバーグはポップアートの誕生に手を貸しただけでなく、パフォーマンス・アートを生み出すのにも貢献した。情熱を込めて作り上げた彫刻を舞台道具に見立てて、彼は最初の妻パティ(現在の名はパティ・ムーチャ)やルーカス・サマラス、キャロリー・シュニーマンなどの、どちらかというと名声を追い求めたいと願う仲間たちとともにパフォーマンスを行った。

そんなパフォーマンスのひとつ、《World’sFairII》(1962年)では、オルデンバーグは貸店舗の店先で、観客たちを前に、ニューヨークの摩天楼をかたどったソフト彫刻を逆さまに吊るした。パフォーマンスの多くの場面では、彼とパティがゴミだらけのフロアでぐるぐる回ったり踊ったりした。当時、詩人のフランク・オハラはそれを見てオルデンバーグのことをこう書いた。「展覧会のカタログによく書かれている『素材をマジカルで不思議なものに変身させる』という謳い文句は、ほとんどの場合事実ではないが、彼はそれを実際にやってのけるのだ」

画像: 《Five Studies of Cigarette Butts》(1966年) CLAES OLDENBURG, ‘‘FIVE STUDIES OF CIGARETTE BUTTS’’1966, FORMICA, PLASTER AND ENAMEL PAINT. PHOTO: COURTESY OF CHRISTIE’S, NEW YORK

《Five Studies of Cigarette Butts》(1966年)
CLAES OLDENBURG, ‘‘FIVE STUDIES OF CIGARETTE BUTTS’’1966, FORMICA, PLASTER AND ENAMEL PAINT.
PHOTO: COURTESY OF CHRISTIE’S, NEW YORK
 

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