BY MASANOBU MATSUMOTO
2013年、アート界のもっとも権威ある国際展のひとつ、ヴェネチア・ビエンナーレに招聘され、一躍、アジアの現代美術シーンを牽引する若手作家として注目を浴びたリー・キット。彼にとって日本の美術館では初となる個展『リー・キット「僕らはもっと繊細だった。」』が、東京・原美術館で始まった。
近年のリーの作品は、“サイト・スペシフィック”と呼ばれる特徴をもつ。これは美術用語で、ある特定の場所に展示されることを前提とした作品の意味。その場所だからこそアートとして成立する作品、もしくはその場が持っているパワーや価値を増幅させる作品とも言えるかもしれない。そういった“場力”のある作品を生み出すため、現地に滞在しながら制作したり、フィールドワークを行う作家もいる。今回の個展でも、リーは10日間、美術館に通って制作を行った。
もともと原家の私邸であったこの建物は、第二次世界大戦を乗り越え、GHQから返還されたのち、美術館になった。白壁であるが、いわゆる無機質なホワイトキューブの空間ではない。建物の内外に常設されているアート作品もある。そういった独自性の強い空間ならではのインスピレーションをたくさん得られたとリーは言う。そして館内の5部屋に、絵画やドローイング、プロジェクター、日用品などを配置し、インスタレーション作品を完成させた。「たとえば、MoMAの展示空間はディテールまでは覚えていませんが、原美術館は記憶に残っている。この美術館には、どこかパーソナリティ、人柄のようなものがあるのだと思います。独自のリズムがふだんとは異なる感覚を想起させるのです」
ある部屋には、壁に板がかけられ、それが鑑賞者からは絵画に見えるようにプロジェクターから絵の映像が投影されている。と思えば、別の部屋にはきちんと仕上げられた絵画がかけられており、こちらは単なるスポットライト代わりにプロジェクターの光をあてる。また、大きな窓のある部屋では、窓からの光景を記録した映像を壁に投影。本物の窓と「映像の窓」が目の前に並び、空間が増幅したかのような錯覚をある特定の場所に置かれることを前提とした作品の意味誘う。
美術館に作品を置くのではなく、美術館の空間自体をキャンバスとするようなリーの作品は、まさにサイト・スペシフィックだ。と同時に、それらの作品は、リーにとって“アートとは何か”、“絵を描くことはどんな意味があるのか”という問いかけでもあるという。「僕は学生のときからアート業界が嫌いでした。“作品の正面に当たるようにライトを当てなければいけない”とか、慣習的なルールがとにかく嫌いで(笑)。プロジェクターをライト代わりにするというアイデアは、その反動から偶然生まれたものですが、プロジェクター独特のテクスチャーが絵画に映り込むことで、絵が新鮮に見えることがあります。写真や映像が登場して、“絵画は死んだ”と言われることもありますが、(アーティストは)それを生き返らせることもできる。僕にとって作品制作は、絵画を学び直す手段でもあるのです」
原美術館の滞在制作中、リーが特に印象的に思った空間要素のひとつは、窓だという。会期中も、窓にはロールカーテンがかけられているだけで、映像作品があるにも関わらず室内には光が入る。「コントロールされた、管理された状況でしか作品が美しくない――つまり、美しく見せるために、ひとつの決まった条件下に作品を置かなければいけないというのは、僕には不自然なこと」とリーは言う。今回、展示室の多くは従来の照明装置をほとんど使用していない。窓の外の環境に左右されて、展示空間は常に変化する。リーの作品は、この美術館の中に流れる時間や、天候など周辺環境の事象をすべて引き受けながら、自然に存在するのである。
リー・キット
1978年香港生まれ。2013年に、ヴェネチア・ビエンナーレに香港代表として参加。現在は台北を拠点に、アジア、アメリカ、ヨーロッパの各地で滞在制作を行い、美術館、ギャラリー、アートスペースでの発表。過去に日本でも、シュウゴアーツで『Not untitled』展(2017年)、資生堂ギャラリーで『The voice behind me』展(2015年)を開催。日本の美術館での個展は『リー・キット「僕らはもっと繊細だった。」』が初めて
リー・キット「僕らはもっと繊細だった。」
会期:〜12月24日(月・祝)
場所:原美術館
住所:東京都品川区北品川4-7-25
開館時間:11:00〜17:00(水曜のみ〜20:00)
休館日:月曜(祝日にあたる10月8日、12月24日は開館)、10月9日
入館料:一般 ¥1,100、大学・高校生 ¥700、中・小学生 ¥500
公式サイト