BY MASANOBU MATSUMOTO
道草展:未知とともに歩む|水戸芸術館 現代美術ギャラリー
この数年のアートシーンのホットワードのひとつに「人新世(じんしんせい)」がある。ノーベル賞化学賞受賞者でもある大気化学者パウル・クルッツェンと藻類生態学者のユージーン・ストーマーが提案した、地質学における新しい時代区分だ。旧来、氷河期が終わってから現代までを「完新世」と呼んできたが、人間の活動が地質を変えるほどまで大きな影響を及ぼしており、もはや現代は「完新世」ではない、約一万年続いた自然環境を人は違うものに変えてしまった、というのだ。
極端に言えば、人間の手はすでに地質レベルまで入っており、手付かずの自然は存在しない。そういった「人新世」の時代で、私たちは生態系をどう捉えていくべきだろうかーー動物や植物と人の共存関係、水や二酸化炭素のあり方、目に見えない放射線やブロックチェーンでの取り引きなども含めて、“新しいエコロジー”と呼ぶべき考えに基づいたアート作品が近年、国際的なシーンで注目を集めているのである。
水戸芸術館 現代美術ギャラリーで開催中の『道草展:未知とともに歩む』は、植物への関心やフィールドワークから生まれた現代美術作品を通して、人間がその環境とともに歩んできた道のりを考察するものだ。例えば、人為的撹乱が多い土地に生きる植物(人里植物)を創作源としてきたロイス・ワインバーガー。使われなくなった駅の線路に、自作の庭で育てた雑草を植えるなどのアクション的作品でも知られる作家だ。本展では、ワインバーガーの思考のプロセスを巨大な地図に書き直した《フィールドワーク》など、作家の象徴的な作品を紹介。また美術館の屋外には、人の手が入らないように四方をロープで囲った野生の庭《ワイルド・エンクロージャー》を展示。ワインバーガーは今年4月に他界。これが遺作となった。
韓国のアーティストグループ、ミックスライスの《つたのクロニクル》は、ダム建設や都市開発で他の場所に移植された植物を捉えたビデオ作品。ウリエル・オルローは、3つの映像作品を中心に展示する。そのうちのひとつ《マファヴケ対王冠》は、南アフリカの地域で実践されている薬草療法をテーマにしたもの。薬草を販売する伝統療法師と、医薬品の販売促進のためそれを法で裁こうとする西洋人との裁判の模様を描いた作品で、植物を取り巻く歴史や政治、植民地時代の権力構造が生んだ歪みに目を向ける。
上村洋一の《息吹のなかで》は、北海道大学の協力を得て取り組んだ知床半島の流氷の調査をベースにしたインスタレーション。真っ暗な空間の中に、温暖化によって現在ではほとんど聴くことができなくなってしまった「流氷鳴り」を人の呼吸や口笛で再現したサウンドが響き渡る。
「道草」というネーミングも面白い。植物と人間の豊かな関係、また「未知」なる未来に対して進むべき道を暗示させる言葉だ。ちなみに哲学者のダナ・ハラウェイは、こうした不確かで変化に富んだ現代を“まごつき期”と呼んだ。人は今までにない状況に直面したとき、どう対応していいのかわからず、まごまごしてしまうというのだ。この“まごつき期”において、実はアート作品のもつ道草的な役割が重要性を帯びてくる。アーティストたちが作品を通じて提示する新鮮な視点。正しい解決法になるのかは別として、いつもとは違う思考のルートでモノの見方を変えてみると、意外な発見があるモノだ。道草のすすめを本展は提案する。
道草展:未知とともに歩む
会期:〜11月8日(日)
会場:水戸芸術館 現代美術ギャラリー
住所:茨城県水戸市五軒町1-6-8
開館時間:10:00~18:00
※ 入場は閉館の30分前まで
休館日:月曜
入場料:一般 ¥900、高校生以下・70 歳以上無料
電話:029(227)8111
公式サイト