ニューヨークで活躍した芸術家たちのアトリエが、かつての住人がいなくなった今もなお、その姿を保ち続けている。

BY M.H. MILLER, PHOTOGRAPHS BY JASON SCHMIDT, TRANSLATED BY YUMIKO UEHARA

「動く、動く、動く、ただひたすらに動く――いかなる代償を払ってでも、貪欲に」。作家ヘンリー・ジェイムズは、ロウアー・マンハッタンをそんなふうに描写した。1904年のことだ。20年ぶりに訪れた故郷の街は、ほとんど見覚えのない場所だったという。彼が家族と住んでいた西14丁目の建物は、現在では1階にスポーツ用品を主に扱うショップ「フットロッカー」が入っている。

画像: マンハッタンのクーパースクエアで今も保全されている、画家トム・ウェッセルマンのアトリエ。壁にはウェッセルマンの絵。画材を置いた台も、2004年に彼が亡くなった当時とほぼ変わっていない。 PAINTINGS ON WALL, FROM LEFT: TOM WESSELMANN, “STILL LIFE #35,”1963, OIL AND COLLAGE ON CANVAS; TOM WESSELMANN, “GREAT AMERICAN NUDE #53,” 1964, OIL AND COLLAGE ON CANVAS PHOTO ASSISTANT: ZACK GARLITOS

マンハッタンのクーパースクエアで今も保全されている、画家トム・ウェッセルマンのアトリエ。壁にはウェッセルマンの絵。画材を置いた台も、2004年に彼が亡くなった当時とほぼ変わっていない。

PAINTINGS ON WALL, FROM LEFT: TOM WESSELMANN, “STILL LIFE #35,”1963, OIL AND COLLAGE ON CANVAS; TOM WESSELMANN, “GREAT AMERICAN NUDE #53,” 1964, OIL AND COLLAGE ON CANVAS

PHOTO ASSISTANT: ZACK GARLITOS

 ニューヨークは過去にしがみつくということをしない。だが、それにしては意外なトレンドが、この街のあちこちで生まれている。芸術家の仕事場が入念に保全されているのだ――その場所で作品を生み出した当人が、すでに何年も前に亡くなっている場合でも。たとえば、由緒ある新聞『ヴィレッジ・ヴォイス』の旧社屋――同紙は廃刊となり、今は1階で日本の焼き肉レストランが営業中――と同じブロックに、トム・ウェッセルマンのアトリエがある。2004年に73歳でこの世を去ったアメリカの画家だ。アンディ・ウォーホルやクレス・オルデンバーグと同時代を生きた彼は、消費文化のシンボルーーイタリアンドレッシング「ウィッシュボーン」のボトル、エスプレッソコーヒー「カフェ・バステロ」の缶など――をアートに取り入れる手法のパイオニア的存在だった。超然としたミニマリズムで裸婦を再構成した作品もあり、TVディナー(註:ワンプレートに盛られた一人用の冷凍食事セット)や、ビルボード広告に象徴される大衆文化に慣れきった人々に訴えかけていた。彼が1995年から住み始めたクーパースクエアのアトリエは、本人の死後、妻クレア・ウェッセルマンによって維持された。そして今も、生前から働いていた同じ数人のスタッフが、このアトリエで、ほぼ同じ勤務時間で活動している。見学の応対をしてくれたウェッセルマンの元助手、ジェフリー・スタージェスは、「キャリアを続けるために、これが一番自然な形だったと思っています」と話した。「みんな離れずにとどまりましたし、クレアもそれを望んでいました。トムは亡くなりましたが、私たちはここに仕事があるのです」

画像: ウェッセルマンによるスケッチ。彼は独特の裸婦表現で有名になった。 TOM WESSELMANN, “STUDY FOR SUNSET NUDE WITH FLORAL BLANKET,” 2003, CHARCOAL ON PAPER

ウェッセルマンによるスケッチ。彼は独特の裸婦表現で有名になった。

TOM WESSELMANN, “STUDY FOR SUNSET NUDE WITH FLORAL BLANKET,” 2003, CHARCOAL ON PAPER

 死去当時、『The Times』紙の訃報は、ウェッセルマンを「ポップアート界のきわめて優れた追随者」と表現した。しかしその後の21年間で作品の評価が高まり、今では戦後の重要な画家という認識が確立している。かつて酒の卸売業者が所有していた建物で、今も使われているアトリエを見ていると、まるでウェッセルマンはちょっと昼食に出ているだけ、という気がしてくる。画家の存在がありありと感じられるのだ。インターホンにはウェッセルマンの名前が残っているし、棚には彼が制作中に作った段ボールの模型が並んでいる。壁を飾るのは、キャリアのさまざまな段階で手がけてきた作品だ。現在、ウェッセルマンが遺した作品の展覧会を取り仕切っているスタージェスが、フロアの一角を示した。ウェッセルマンが主に絵を描いていた場所の壁際には、飛び散った絵の具の跡がある。作業中に使っていた青いゴム手袋もある(「TW right」と「TW left」という実用的なラベルもそのまま)。大小さまざまな刷毛を缶に入れて収めた木箱は、開けるとかすかなテレピン油の匂いがした。「僕たちにとって、何もかも完全に現役です」とスタージェスは話す。

画像: 刷毛でいっぱいの画材入れ。画家が使った青いゴム手袋には、左右の区別が記されている。

刷毛でいっぱいの画材入れ。画家が使った青いゴム手袋には、左右の区別が記されている。

――後編に続く

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