緑豊かな軽井沢の森にたたずむ別世界からやってきたような建築。 何の制約も受けずに、ありのままの存在を表現している

BY HANYA YANAGIHARA, PHOTOGRAPHS BY MIKAEL OLSSON, TRANSLATED BY FUJIKO OKAMOTO

 東京から新幹線で1時間ほど北西へ向かうと山あいの町「軽井沢」に到着する。道中の車窓には、ここを訪れる旅行者なら誰もが知っているハッとするほど美しい風景が小さく現れては消えてゆく。そこここに柿の木が見え、黒い枝はオレンジ色に熟した実の重さで今にも折れそうだ。ひび割れた朱色の鳥居はピンクがかった肌色に色あせ、トタン屋根の工場が続き、低層アパートのベランダには洗濯物が並んでいる。

画像: ランドアート 日本画家の千住博の依頼を受けて、建築家の西沢立衛が設計した「軽井沢千住博美術館」。千住の代表作「ウォーターフォール」は、日本の多くの公共施設に展示されている

ランドアート
日本画家の千住博の依頼を受けて、建築家の西沢立衛が設計した「軽井沢千住博美術館」。千住の代表作「ウォーターフォール」は、日本の多くの公共施設に展示されている

 人々は列車から見える田舎町の風景を軽井沢に期待する。だが、そこで目にするのは実用本位のこぎれいなコンクリートの駅。明るい照明に照らされたコンビニエンスストアがあちこちにあり、アイスクリームから着圧ソックスまで売っている。まさに現代日本の縮図のような街並みだ。とはいえ、どこか日本ではないような、外国にいるような感じがする。まるでヨーロッパ中央部やニューイングランドにあるような、こざっぱりした中産階級の通勤者たちの住む町。ジョン・チーヴァーの小説に出てくる、グレーのスーツ姿のビジネスマンたちが、金曜の晩には、そのジャケットをたたんで腕にかけて列車から降りてくる郊外の町を思わせる。

 日本にいながらこの隔絶感はどこからきているのか。ひとつには軽井沢のあまり日本的ではない景観がある。田畑より松の樹林に囲まれた一帯は季節によってその姿を変え、冬になれば軽井沢駅のすぐ後ろに控える10カ所ものゲレンデが活躍する。さらに、とんがり屋根の居心地のよいコテージは、白い漆喰のファサードが木製の格子で飾られている。

こんなふうに「アルプスの美を体現した町」として自らのアイデンティティを確立してきたことも軽井沢をほかの場所とは一線を画す存在にしている。緑豊かな西洋風の町をつくろうという、ある種のジャパニーズドリームから生まれた「軽井沢」。誰もが認める魅力あふれる理想郷「軽井沢」は正真正銘の「快適さの代名詞」といえるだろう。

画像: TNAによる「方の家」 アシのように細い支柱は、笹が地面からまっすぐ伸びているさまをイメージさせる。 ガラスのカーテンウォールで覆われた壁のない家にはほとんど仕切りがない

TNAによる「方の家」
アシのように細い支柱は、笹が地面からまっすぐ伸びているさまをイメージさせる。 ガラスのカーテンウォールで覆われた壁のない家にはほとんど仕切りがない

 ここ何十年もの間、皇族や富裕層が、夏になると蒸し暑い東京から避暑に、冬にはスキーや数多くのミネラル豊富な天然温泉につかりに軽井沢を訪れている。1957年の皇太子明仁親王(現天皇)と一般人だった美智子さま(現皇后)の軽井沢のテニスコート―試合は美智子さまの勝利―の出会いは有名なエピソードだが、その後も皇室一家はほぼ毎年軽井沢で夏を過ごしている。1970年代には、ジョン・レノンと美智子妃と同じく裕福な旧家出身のオノ・ヨーコも数カ月をここで過ごした。ごく最近の噂では、ビル・ゲイツが軽井沢に豪邸を建築中だという。

 軽井沢で本当に興味をそそられるのは風景でも、そこに滞在する有名人でもない。目をみはるような斬新なデザインの別荘が何軒も建てられていることだ。多くは著名な日本人建築家の設計によるもので、そのひとつに山口誠の「多角形の家」がある。古びたスチールやガラスで造られたブルータリズム的な空洞の建物が、まるで宇宙船から切り離されたポッドのように森に囲まれた丘の上に建っている。

画像: 建築家・山口誠が設計した音楽家二人のための多角形の別荘 (2003年完成、床面積約68平方メートル)主としてスチール、ガラス、コンクリート、白い壁で囲まれた空間には家具がほとんど置かれていない。山口の言葉を借りれば「室内と屋外が緩やかに融合した建物」

建築家・山口誠が設計した音楽家二人のための多角形の別荘
(2003年完成、床面積約68平方メートル)主としてスチール、ガラス、コンクリート、白い壁で囲まれた空間には家具がほとんど置かれていない。山口の言葉を借りれば「室内と屋外が緩やかに融合した建物」

飯田善彦建築工房による「御水端N山荘」はコンクリート、ガラス、カラマツ材で造られ、切妻の印象的な屋根は古代スカンジナビアの帆船を思わせる。TNA(武井誠 & 鍋島千恵)による「廊の家」は回廊式の廊下に各部屋が水平に配置され、正面玄関は廊下に通じる落とし戸のような役目を果たしている。この空中に浮かぶドーナツ状の家は、床の下に広がる森を1階とすれば、家そのものは屋根裏になる。ここを訪れた人は驚きと感動を覚えるに違いない。

画像: 祈りの空間 飯田善彦建築工房による切妻を強調した「御水端N山荘」の開放的なテラス。窓は切妻屋根の形状に合わせて設置され、寝室のロフトから森を一望することができる

祈りの空間
飯田善彦建築工房による切妻を強調した「御水端N山荘」の開放的なテラス。窓は切妻屋根の形状に合わせて設置され、寝室のロフトから森を一望することができる

数ある魅力的な別荘の中でも、飛びぬけた力作がTNAの「輪の家」だろう。森の奥深くに建っている小さな塔。木材とガラスを交互に積み重ねることで風景を輪切りにしているようだ。夕暮れの空がダークブルーに染まる頃、「輪の家」には明かりが灯る。黒い板の部分は夜の闇と同化して、光の帯だけが何層にも重なっているように見える。

 人口2万人にも満たない軽井沢にはこうした斬新な別荘が十数軒ほど存在する。いったいなぜ「建築の実験場」として軽井沢が選ばれるのか。価値観やライフスタイル、好みなどのサイコグラフィック(心理学的属性)において、先進的建築で知られる米国のラーチモントやケネバンク、アクィナと軽井沢が似ているからというわけではないだろう。

「軽井沢の知られざる楽しみ方。独創的な建築群を堪能する<後編>」 へ

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