BY KANAE HASEGAWA
エルメス──
過去と今をつなぐ職人技と創意工夫

エントランスから広がるレンガ、スレートを敷き詰めた街路のような空間
©Maxime Verret
エルメスは新作のホームコレクションを発表した。エルメスのアーカイブに保管されるヘリテージアイテムの数々を展示するとともに、それらからヒントを得て、新たにデザインされた家具やオブジェを同列する展示となった。会場に入ると、床にX字を象るようにレンガ、木片、スレート、敷石などを精緻に敷き詰めた大地を彷彿とさせる空間が広がる。フランスの職人たちが1か月かけて制作したという。何世紀もの昔、西洋社会ではこれらで家を建てていたであろうと思うと、ホームコレクションを象徴するエントランスだった。

アーカイブに保管されたヘリテージアイテムとエルメスの新作ホームコレクションを並列した展示
©Maxime Verret
印象的だったのは、ホームコレクションと着想の元となったヘリテージピースとの意表をつく関連性だった。新作のランプコレクション「ヴォルティージュ・ドゥ・エルメス」の着想源となったのは、アーカイブに保管された鞭や手綱、障害競技で馬が飛び越えるポールだ。1980年代製の鞭に用いられたレザーの編み込み技法が、細いポールを連想させる支柱に、レザーを巻き付ける技となって新作のランプを生み出した。

ランプ「ヴォルティージュ・ドゥ・エルメス」。バイカラーのレザーを編み込んだ支柱、真鍮の台座、
リネンのランプシェードはレザーで縁取るなど手が込んでいる
制作: Studio Hermès 2024
ヒントとなったのは1980年代の狩猟用鞭。鹿角のフック、シルバーの継ぎ手、マウント部分は編み込みのヴァッシュ・トレッセ
Hermès Conservatoire of Creations
©Maxime Verret
あるいは、手で槌目を施したシルバーのネックレスからヒントを得て、新作のラウンジチェア「ディアパゾン・ドゥ・エルメス」が生まれた。ネックレスに施された槌目の技を観察して、アルミニウムの家具を作ろう、というデザイナーの発想の飛躍には驚くが、椅子の座面と背面を覆うレザーのたわみ加減に、エルメスらしい皮革加工の技の妙を見ることができる。

ラウンジチェア「ディアパゾン・ドゥ・エルメス」。槌目仕上げのアルミニウム、座面と背面はライニングのないブライドルレザー。サイズ: H77×W65×L59 cm
制作: Studio Hermès 2024
ヒントとなったのは槌目仕上げのシルバーネックレス「ティムール」(2002年)
Hermès Conservatoire of Creations
©Maxime Verret
ヘリテージアイテムの用途に魅了されて生まれたものもある。アーカイブに保管されている筒状のレザーバッグに数か所穴が空いた「マンジョワール」。1949年に制作されたこのバッグ自体、消防士が使用する金属製のバケツの形から着想して生まれた。そして今回、アーカイブ「マンジョワール」の形と、競馬のジョッキーのユニフォームの柄から着想して、レザーをアップリケのように縫い合わせた新作のバケット「ダービー」が誕生した。レザーアップリケの技法は主にエルメスのバッグ製作時に使われているテクニック。一枚一枚のレザーを丁寧に、細心の注意を払いながら組み立てる必要がある。アップリケの技法だけでなく、ベース部分と本体を接合するバイアスステッチや表と裏のパーツの組み立て、さらにサドルステッチ、エッジの仕上げなど、エルメスの職人が持つ、バッグ、馬具づくりのノウハウを駆使することで生まれたものだ。

バケット「ダービー」。両面ともヴォー・エプソン、外側レザーアップリケ、サドルステッチ、フルグレインレザーのベースはバイアスステッチによる縫い合わせ。サイズ: Ø31×51cm
制作: Studio Hermès 2024
手前に着想の元となったバッグ「マンジョワール」(1949年)。グリーンのボックスカーフ
Hermès Conservatoire of Creations
©Maxime Verret
エルメスにとって過去と今をつなぐもの。それはいつのときも素材、手仕事の技、そして創意工夫であることを、時代を隔てたオブジェたちが語りかけた。
(いずれも日本での販売時期は未定)
エルメスジャポン
TEL. 03-3569-3300
グッチ──サバト・デ・サルノが称える
イタリアンデザイン黄金時代
自社のアーカイブという枠を超えて、歴史的デザインに乗せてブランドの今を伝えていたのはグッチだった。グッチは、クリエイティブ・ディレクターのサバト・デ・サルノの企画による、イタリアンデザインの黄金時代を称える展示「グッチ デザイン アンコーラ」を開催した。

グッチ、モンテ・ナポレオーネ通り店で開催された「グッチ デザイン アンコーラ」展のエントランス
COURTESY OF GUCCI
グッチは、共同キュレーターであるミラノのクリエイティブ・エージェンシーP:Sの代表者ミケーラ・ペリッツァーリ氏とともに、メイドインイタリーの家具やガラス製品の中から、際立った個性を放つ歴史的なアイテムを5つ選び、サルノが生み出した新生グッチを象徴する赤色「ロッソ アンコーラ」仕立てにした特別仕様を発表した。選んだのは、1960年にデザインされたフラワーベース、1972年に初めてデザインされたソファなど、最初のデザインから半世紀以上を経た今でも古めかしさを感じさせない、アイコンだ。

イタリアの5つのブランドに依頼して制作した、ロッソ アンコーラ仕立てのイタリアンデザインのアイコン
COURTESY OF GUCCI
たとえば、オリジナルはイタリアの建築家のマリオ・ベリーニによって1972年にデザインされ、 2022年にタッキーニ社が製品として復刻したソファ「Le Mura」がロッソ アンコーラ色で発表された。「Le Mura」は、単体あるいはベルトでつなぎ合わせることで二人掛け、三人掛けなど、生活様式の変化に合わせて理論上は無限に拡張するモジュール式のソファだ。部屋の間取りや、暮らし方に応じてユニットをフレキシブルに組み合わせる、という1972年のベリーニの先進的なアイデアは、現代においてまさに求められているもの。中世ローマの城壁をイメージしたというデザインは堂々とした存在感を持つが、丸みを帯びて愛嬌も感じる、一度見たら忘れない、アイコニックなソファだ。

マリオ・ベリーニによる「Le Mura」タッキ―ニ社製(1972年、復刻版 2022年)
¥3,520,000
COURTESY OF GUCCI
1921年創業、ムラーノガラスで知られるヴェニーニ社製から1960年に登場したフラワーベース「オパッチ」も、ロッソ アンコーラ色のガラスとなって登場した。建築家のトビア・スカルパがデザインした「オパッチ」は、ガラス職人が息を吹き込んだそのままのようなシンプルな造形でありながらも、東洋磁器の壺をも思わせる、エキゾチックな魅力を放つ。流行やファッションから切り離されたアイコニックなデザインだ。

トビア・スカルパによるフラワーベース「オパッチ」、ヴェニーニ社製(1960年―復刻版 2021年)
¥187,000
COURTESY OF GUCCI
一年で生産を終えてしまうものではなく、アイコニックな家具や照明のように長年にわたって暮らしに馴染み、世の中に残るものを作りたいと思うのは、サルノだけではないだろう。「グッチ デザイン アンコーラ」の試みを見ると、歴史ある家具ブランドやホームコレクションの持つヘリテージへの憧れとともに、そうしたブランドと協働して新たなアイコンを生み出したいというグッチの想いが感じられた。
グッチ クライアントサービス
TEL. 0120-99-2177
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