カンヌ国際映画祭で二度のパルムドールに輝く名匠ミヒャエル・ハネケ監督。愛と死を描き、“衝撃のラスト”が話題を呼ぶ最新作について語った

BY REIKO KUBO

『ピアニスト』(2001年)、『白いリボン』(2009年)『愛、アムール』(2012年)といった、観る者の心を射る映画で人気の高いオーストリアの巨匠ミヒャエル・ハネケ。その5年ぶりの新作『ハッピーエンド』は、不穏なスナップチャットの映像で幕を開ける。

 やがてチャットの主である13歳の少女エヴが疎遠だった父の元に引き取られ、舞台はフランス北部の街カレーへと移る。医師の父(マチュー・カソヴィッツ)と二度目の妻と子、祖父(ジャン=ルイ・トランティニャン)、家業の建築業を引き継ぐ伯母(イザベル・ユペール)とその息子、3世代が暮らすブルジョワ家庭。エヴの視点を通して、同じテーブルを囲みながらも心通わない家族のありようと、病んだ現代ヨーロッパの姿が描き出される。さらに、愛をなくした祖父と孫娘のつかのまの魂の邂逅が衝撃の告白を引き出し、観る者の心を激しく震わせる。

 いかにも皮肉なタイトルで観客を挑発しながら、一方で観客の感受性を信じて映画を語り続ける鬼才に、すご味を増した最新作について聞いた。

画像: フランス北部カレーの瀟洒な邸宅に暮らすロラン家は人もうらやむブルジョワ一家だが……。 『愛、アムール』でも父と娘を演じたジャン=ルイ・トランティニャンとイザベル・ユペールが再共演

フランス北部カレーの瀟洒な邸宅に暮らすロラン家は人もうらやむブルジョワ一家だが……。
『愛、アムール』でも父と娘を演じたジャン=ルイ・トランティニャンとイザベル・ユペールが再共演

—— 本作は、舞台をフランスの難民問題を象徴する都市カレーにすえて、現代ヨーロッパの危機やSNSによるコミュニケーションの変化を際立たせています。一方で、これまで描いてきたテーマも随所に散りばめられている。このシナリオは、どのように組み立てられたのでしょうか。

ハネケ結局、シナリオを書いている人間は私ですから、頭にあるものは同じなのです。私の頭の中を支配しているテーマを、作品ごとにどうやって表現していくか。今までの映画と違うのは、風刺的なファルス(笑劇)の形をとったことです。

前作『愛、アムール』を撮り終えた後、愛する人を殺めてしまったとき、人はどういう風に生きていくのかを描きたいと思っていました。『愛、アムール』の終わり方は比喩的だったので、よりリアルにそれを表現したかったのです。また、ジャン=ルイ・トランティニャンという素晴らしい俳優ともう一度、ともに映画を撮りたいという思いもありました。

画像: 『男と女』『暗殺の森』などの名優トランティニャンが、『愛、アムール』に続き、『ハッピーエンド』でも“ジョルジュ”という名の、愛と死を見つめる男を演じる

『男と女』『暗殺の森』などの名優トランティニャンが、『愛、アムール』に続き、『ハッピーエンド』でも“ジョルジュ”という名の、愛と死を見つめる男を演じる

—— 監督の頭の中を支配するテーマを言葉にしてもらえないでしょうか。

ハネケ:私の映画の取り扱い説明書を語るのは嫌いなんでね(笑)。私の仕事は例えるなら、観客が会心のジャンプを飛べるスキージャンプ台を作るようなもの。皆さんになにか気づきを与えて、うまく飛んでもらいたい。映画をさまざまに解釈してもらえることは、私にとって喜びなのです。

—— 冒頭のSNS映像など、エヴァのエピソードは2005年に日本で起きたタリウム事件(※16歳の少女がタリウムを数回にわたって母親に飲ませ、それをブログで公開していた事件)がきっかけになったそうですね。またSNSの使われ方を調べるために、監督自らアカウントを作って情報収集されたそうですが。

ハネケ:ニュースで読んだ母親薬殺未遂事件は私に大きなインスピレーションを与えてくれました。SNSによってどのようなことが起こり得るかを示す好例だったと思います。あの少女はなぜSNSに投稿していたのか。匿名とはいえ、そこから犯罪が発覚して捕まるかもしれないのに。私は、注目を集めたい一方で、懺悔して罰を受けたいという欲求が無意識のうちに彼女にあったのではないかと思ったのです。若い人たちのフォーラムに寄せられた、不安と危機感が渦巻く書き込みを何百と読み、現代のSNSは昔のカトリックの教会が担っていた懺悔の役割を果たしているのではと気づいたのです。

画像: 祖父ジョルジュが娘エヴを書斎に呼ぶシーンは、『ハッピーエンド』のクライマックス。完璧を求めるハネケ監督によって、リハーサルにリハーサルが重ねられた MICHAEL HANEKE © 2016 – SCHOEMITZ / GAVRIEL

祖父ジョルジュが娘エヴを書斎に呼ぶシーンは、『ハッピーエンド』のクライマックス。完璧を求めるハネケ監督によって、リハーサルにリハーサルが重ねられた
MICHAEL HANEKE © 2016 – SCHOEMITZ / GAVRIEL

—— トランティニャン演じる祖父と孫娘エヴァが対峙する、まさしく“告解”の場面は観ているほうも心が震えました。トランティニヤンも素晴らしいですが、エヴ役のファンティーヌ・アルドゥアンの表情も見事で。彼女はオーディションで選んだのですか。

ハネケ:たくさんの少女に会った中で、ファンティーヌの秘密をたたえたような顔に惹かれたました。役柄からして、一点の曇りもない表情より影のある方がふさわしい上に、彼女は子どもでありながら大人の顔も持っていました。実際に演技をしてもらったところ非常に才能があることもわかったので、彼女に決めました。

画像: エヴ役に抜擢されたファンティーヌ・アルドゥアンは、2005年ベルギー生まれ。昨年公開された『少女ファニーと運命の旅』ではヒロインの妹役を演じた

エヴ役に抜擢されたファンティーヌ・アルドゥアンは、2005年ベルギー生まれ。昨年公開された『少女ファニーと運命の旅』ではヒロインの妹役を演じた

——『ハッピーエンド』が出品された昨年のカンヌ国際映画祭では、『ザ・スクエア 思いやりの聖域』や『女は二度決断する』など、ヨーロッパの問題を描いた作品が目立ちました。『ハッピーエンド』も、この流れのひとつと位置づけられるでしょうか? それともこれまで一貫して描いてきた心の闇や、無関心という罪を追求した末の『ハッピーエンド』でしょうか。

ハネケ: 答えは後者。私の昔からのテーマを扱っています。映画というものは、ダークサイドを扱うことにより、また対立によりドラマが生まれます。いつの時代からか、メインストリーム映画といわれるエンタメ系映画が生まれましたが、戦前、戦後を問わず、映画作家なら、その時々の社会のダークサイドに常に光を当てきたはずです。そして私たち人間は常に社会と対峙している。人間についてシリアスに描こうとすれば、それは必然的に社会を描くことにもなる。

 でも私は社会派映画を作ることには興味がないのです。むしろ人々の感性を刺激するような作品を作りたい。社会的なシステムを語るよりも、登場人物や彼らの心情を通してものごとを語る方が効果的だと思うからです。

画像: MICHAEL HANEKE © BRIGITTE LACOMBE PHOTOGRAPHS: © 2017 LES FILMS DU LOSANGE - X FILME CREATIVE POOL ENTERTAINMENT GMBH -WEGA FILM - ARTE FRANCE CINEMA - FRANCE 3 CINEMA - WESTDEUTSCHER RUNDFUNK- BAYERISCHER RUNDFUNK- ARTE - ORF

MICHAEL HANEKE © BRIGITTE LACOMBE
PHOTOGRAPHS: © 2017 LES FILMS DU LOSANGE - X FILME CREATIVE POOL ENTERTAINMENT GMBH -WEGA FILM - ARTE FRANCE CINEMA - FRANCE 3 CINEMA - WESTDEUTSCHER RUNDFUNK- BAYERISCHER RUNDFUNK- ARTE - ORF

ミヒャエル・ハネケ(MICHAEL HANEKE
1942年生まれのオーストリア人監督。ウィーン大学で哲学、心理学、演劇を学び、ドイツのTV局に勤務。1989年に『セブンス・コンチネント』で監督デビューし、『ピアニスト』はカンヌ映画祭グランプリと主演女優、男優賞を受賞。『白いリボン』『愛、アムール』で二度にわたってカンヌ映画祭パルムドール最高賞を受賞

『ハッピーエンド』
2018年 3 月3 日(土)、角川シネマ有楽町ほか全国順次ロードショー
公式サイト

 

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