12月の東京・歌舞伎座では、女形の大役「阿古屋」を二人の若手俳優とトリプルキャストでつとめ、年が明ければシネマ歌舞伎の公開も控える。歌舞伎俳優・坂東玉三郎が、作品について、芸について、今の思いを語る

BY MARI SHIMIZU

解釈と表現
 先人の教えを守り伝統を受け継ぐことで質の高い芸能を維持してきた歌舞伎であるが、時代の空気を敏感にキャッチし新たな可能性を探り続ける進取の精神もまた、この演劇の大きな特色だ。

 人間の内面に着目しリアルな心理描写で近代文学の先達となった坪内逍遙作による『沓手鳥孤城落月(ほととぎすこじょうのらくげつ)』が、歌舞伎として初演されたのは明治38年のことだった。秀吉亡き後の豊臣家の没落を描いた悲劇で、後に「新歌舞伎」というジャンルにカテゴライズされることになる。

画像: シネマ歌舞伎『沓手鳥孤城落月/楊貴妃』(左)楊貴妃、(右)淀の方=坂東玉三郎 PHOTOGRAPH BY TAKASHI OKAMOTO

シネマ歌舞伎『沓手鳥孤城落月/楊貴妃』(左)楊貴妃、(右)淀の方=坂東玉三郎
PHOTOGRAPH BY TAKASHI OKAMOTO

 原作は三幕六場で構成されているが、近年は第二幕の二場と三場をフォーカスしての上演がほとんどだった。その際に大きな見どころとして着目されてきたのは、秀吉の側室・淀の方を演じる俳優の狂乱の演技だ。そのリアルな心理描写は江戸時代の歌舞伎にはなかったもので、明治期から淀の方を当たり役とした五代目歌右衛門には役づくりのために精神科病院を訪れたというエピソードが残されている。
「私は狂乱ではなく錯乱ととらえています。そしてそれは(近年上演されない一幕の)『奥殿』からすでに始まっていると思うのです」

 そうした解釈のもと、玉三郎が淀の方を歌舞伎座で初めて演じたのは2017年10月。一幕の「奥殿の場」からの上演だ。2019年1月よりシネマ歌舞伎として上映されるのは、その折の舞台である。奥殿で描かれているのは、秀頼の正室・千姫を逃がそうとした徳川方の目論見が露見し、失敗に終わる出来事だ。夫・秀頼を捨ておき、祖父・徳川家康の庇護のもと大坂城を出ようとする千姫に、秀頼の母である淀の方は見境もなく激昂する。
「戦乱の世に生まれ自分の思うように生きられなかった淀の方は、自身の人生の矛盾をぶつけているのではないでしょうか。ただただ千姫が憎いという、単純なことではないのだと思います」

画像: 『沓手鳥孤城落月』(左)豊臣秀頼=中村七之助、(右)淀の方=坂東玉三郎 PHOTOGRAPH BY TAKASHI OKAMOTO

『沓手鳥孤城落月』(左)豊臣秀頼=中村七之助、(右)淀の方=坂東玉三郎
PHOTOGRAPH BY TAKASHI OKAMOTO

 続く二幕で、千姫はついに大坂城脱出に成功する。その二幕でひとつの見どころとされてきたのが、締め込み姿で大立廻りをする“裸武者”の活躍だ。
「原作を見つめ直していく過程でわかったのは、“裸武者”のくだりは坪内先生がお書きになったのではなく、幕内のスタッフによって付け加えられたものだということでした。当時のお客さまに楽しんでいただくためには、それが必要だったのでしょう」

 庶民の娯楽として江戸時代に誕生した歌舞伎には荒唐無稽なものが多く、そうした芝居に慣れ親しんでいた観客の期待を裏切るわけにはいかなかったのだろう。裸武者の登場は慣例となり、この作品の上演が決まると、その役を「誰が演じるのか」も注目されるようになっていった。その注目の場面を、玉三郎は思いきってカットした。
「大切なのは千姫が徳川の手引きによって逃れていくという事実。それをしっかりと見せることに重きを置きました」

 場面が天守閣の糒庫(ほしいぐら)へと移ると、淀の方は正気を失った態となっている。千姫がいなくなったことを知り、その怒りが身体にも影響して癪を起こしているのである。
「けれど我が子である秀頼を目にして、ふっと我に返る。戦に翻弄され続けてきた一生のなかで、彼女にとって秀頼だけが無償の愛を注げる唯一の存在だったのです」

 しかし正気を取り戻すのは一瞬に過ぎない。錯乱する母の姿を前にして秀頼はついに、降伏と開城を決断する。
「光を当てたかったのは、大坂城の落城と母子の心情。淀の方は歴史上の人物としても歌舞伎の役としても大きな存在ですが、描きたかったのはひとりの女性としての生きざまなのです」

 歌舞伎座での上演時、いつにも増して多くの、とりわけ女性客が見入っている様子が印象的だった。従来の上演形態を見直し、ともすれば見どころが分散しがちだった物語に軸を通した成果だ。玉三郎流に筋を通したドラマが、臨場感を伴って観客の心を揺さぶったのである。

 伝統があるからこそ、こうした革新が生まれる。その両者が歌舞伎を未来へとつなぐ源となるのだ。伝統と革新、相反する要素を自在に行き来しながらしなやかに融合させているところに、玉三郎の芸の神髄がある。

歌舞伎座百三十年 十二月大歌舞伎
会期:~2018年12月26日(水)
演目:昼の部『幸助餅』『於染久松色読販 お染の七役』
   夜の部 Aプロ『壇浦兜軍記 阿古屋』『あんまと泥棒』『二人藤娘』
       Bプロ『壇浦兜軍記 阿古屋』『あんまと泥棒』『傾城雪吉原』
(※坂東玉三郎の『壇浦兜軍記 阿古屋』阿古屋役での出演はAプロ。日程は公式サイトにて)
会場:歌舞伎座
住所:東京都中央区銀座4-12-15
料金:1等席 ¥18,000、2等席 ¥14,000、3階A席 ¥6,000、3階B席 ¥4,000、1階桟敷席 ¥20,000
<チケットの購入は下記から>
電話: 0570-000-489(チケットホン松竹)
チケットWEB松竹
公式サイト

シネマ歌舞伎『沓手鳥孤城落月/楊貴妃』
2019年1月12日(土)より、東劇ほか全国の映画館にて公開
料金:一般 ¥2,100、学生・小人 ¥1,500
公式サイト

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