BY MARI SHIMIZU
東京・浅草の地で初春に歌舞伎公演を行うようになってから2020年で40周年となる。その「新春浅草歌舞伎」は、いつしか若手歌舞伎俳優の登竜門といわれるようになり、不定期に世代交代を繰り返しながら出演者と年齢の近い若い歌舞伎ファンを獲得してきた。
出演する若手俳優たちの中で、いまリーダー的立場にあるのが尾上松也さんだ。テレビやミュージカルなどでも活躍し、話題の新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』ではユパ役を好演。そんな松也さんが、新年の浅草で挑むのは古典の大役だ。どんな思いで役に取り組むのだろうか。
まず、古典歌舞伎でも屈指の人気を誇る『寺子屋(てらこや)』。出演者同士で意見交換をするなかで、上演したい演目として毎年のように候補に上がっていたものだという。松也さんは今回、その主役である松王丸を演じる。
「先輩方の素晴らしい舞台が、みんなそれぞれに強く印象にありますので。松王丸と源蔵は立役(男役)なら誰もがぜひ演じてみたいと思うお役だと思います」
古典の三大名作のひとつ『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』。『寺子屋』はその中でも最も有名な場面だ。物語の舞台となるのは、武部源蔵という人物が営む寺子屋。天下を狙う悪人、藤原時平の陰謀で失脚した菅丞相(菅原道真)の息子・菅秀才を、源蔵は秘かに匿っている。それが時平方に知れ、菅秀才の首を差し出すように命じられた源蔵が、思案にくれるところから芝居は始まる。
「以前に二度、源蔵のお役を経験したことで松王丸への興味が増し、松王丸も演じてみたいという気持ちがより強くなりました」
時平の使者として寺子屋へやって来るのが松王丸だ。筋を明かしてしまうと、松王丸は本心では菅丞相に心を寄せ、何とか菅秀才を助けたいと思っている。また菅丞相に一方ならぬ恩義を感じている源蔵が菅秀才を手にかけられないこともわかっている。そこで松王丸が下した結論は、我が子の小太郎を、素性を隠して寺子屋へ送り込むこと。新しく寺入りした小太郎の姿を見た源蔵は、菅秀才の身替りにすることを思いつく。実は松王丸の決断は、源蔵の行動を見越してのことだったのだ。
「とはいえ松王丸には、源蔵が実際にどうするかはわかりません。源蔵にとっては、身替り首が見破られるかもしれないという一か八かの作戦。互いに本心を隠し、様子を探り合いながらの心理戦で、緊張感のある芝居が続きます。そこに非常に歌舞伎らしい魅力を感じます」
『寺子屋』という物語を源蔵として二度生きてみて、「他人の子を手にかけてしまう源蔵のほうが、その心理はより複雑なのでは」というのが現時点での思い。
「すべてが突発的な出来事で瞬時に判断していかなければならない源蔵と違って、松王丸は我が子の命を差し出す覚悟を決めて乗り込んできているわけですから。ですが、実際に松王丸の立場に立ってみなければ本当のところはわかりません。直面するひとつひとつの場面で、何を感じそして何を思うのか……。表面上はあくまでも時平側の立場で、言葉と心情が一致しないなかでそれを見せていくのは非常に難しいことだと思います。だからこそ、やりがいのあるお役なのだと思います」