BY MARI SHIMIZU
コロナ禍による5カ月間の休演を経て、歌舞伎座が昨年8月に公演を再開してまもなく1年になる。“新しい生活様式”での公演は、各部一演目の四部制、出演者もスタッフも完全入れ替え制でのスタートだった。上演に直接携わらない者の楽屋への立ち入りは家族もスタッフも禁止。客席と楽屋を完全に分離し、客席収容率50パーセントでの公演はその後も続いている。この一年を市川猿之助さんが振り返る。
「出演者同士の楽屋内行き来も禁止のため、楽屋入りしたら先輩の部屋に挨拶にうかがうというこれまでの常識も一変。共演者と舞台で初めて顔を合わせるのも、大向こうのかからない静まり返った客席もかつて経験のないことでした。最初こそ戸惑いましたが、戻れない過去を羨んでも何も始まりません。その時の状況下でできることを考え、最大限に努力していくだけです」
猿之助さんにとって「非常に大きかった」のは、11月に変化舞踊『蜘蛛の絲宿直噺(くものいとおよづめばなし)』を上演できたことだという。これは源頼光の土蜘蛛退治を題材とする、猿之助さん得意の早替りがふんだんに盛り込まれた舞踊だ。
「早替りは手伝ってくれるスタッフやお弟子さんの力があって初めて成り立つものなんです。密にならないよう注意し、感染防止対策を徹底して取り組んだ結果、無事に千穐楽を迎えられたことで一歩先へ進めたように思います」
あどけない女童で登場したかと思えば、小姓姿の若者となり、色町の女性や太鼓持ちを経て華やかな傾城へ。そしてそれらすべての正体である女郎蜘蛛の精となるまで、さまざまな姿や演技で楽しませてくれた猿之助さん。その陰には、鬘や衣裳、小道具などを担当する人々がカーレースのピットクルーさながらに、すばやく無駄のない動きで連携し早替りをサポートしていたのである。そしてその熟練のスキルは、実践の場を重ねることで磨かれていく。
「その意味においても重要な出来事でした」
その『蜘蛛の絲』がこの7月、歌舞伎座で早くも再演されている。ポスターやチラシに記された演目名には、「再びのご熱望にお応えして」というフレーズが添えられている。
「あの時にコロナ禍にもかかわらず劇場までお越しくださったこと、そしてまた観たいと思ってくださったお心、さらにその思いを届けてくださったこと、一つひとつすべてをありがたく思います。四部制が三部制となり、各部の演目数や出演者の人数、上演時間などは前回よりも緩和されました。前回を踏まえてより華やかにお見せいたします」