BY REIKO KUBO
本国のSNSが物議を醸すも、映画自体は見どころある意欲作『バービー』
1959年に発売開始されたマテル社のバービー人形を実写化した映画『バービー』は、世界中で興行収入10億ドルを突破し大ヒット中だが、日本公開を前に巻き起こった物議はいまだ収束する様子がない。原爆の発明者を描いたクリストファー・ノーラン監督作『OPPENHEIMER(原題)』(配給:Universal Pictures)と『バービー』の画像をコラージュした海外のファンアートがSNS上に溢れ、2つのタイトルを掛け合わせた「バーベンハイマー」という造語まで生まれた。そんな騒ぎの中、『バービー』のアメリカの公式X(Twitter)が肯定的なコメントをリプライしたために、批判が巻き起こったのだ。しかし本作品自体は、現代社会が抱えるさまざまな問題を提起する意欲作だ。そして映画は世界を写す窓であるから、その窓から外の人々、外の世界を見つめ、対話してゆくしか道はないと感じる。
『バービー』の監督のグレタ・ガーウィグは、ままならない高校生活を自虐的に描いた『レディ・バード』で監督デビューを果たし、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(アカデミー6部門にノミネート)で女性のさまざまな生き方を肯定した注目の監督だ。そんな彼女の最新作『バービー』は、パティ・ジェンキンス監督の『ワンダーウーマン』を抜いて、女性監督としてNO.1のオープニング記録を打ち立てている。また製作・主演は、性的暴行によって未来を奪われた女性たちを描いた『プロミシング・ヤング・ウーマン』でプロデューサー業にも乗り出したマーゴット・ロビーが務める。
この注目の二人がタッグを組んだ『バービー』は、なんと『2001年宇宙の旅』のパロディで幕を開ける。「ツァラトゥストラはかく語りき」が鳴り響く中、ミルク飲み人形で遊ぶ女の子たちの前に、モノリスのごとく金髪の巨大なバービー(マーゴット)が現れ、革命をもたらしたとさ、と語り出す。そして舞台は一転してピンク色に染め抜かれたバービーランドへ。そこは大統領をはじめ、さまざまな職業に就くバービーたちが“You Can Be Anything“を合言葉に暮らす多様性溢れる街。一方、そんなバービーたちの傍らには、ライアン・ゴズリングを筆頭にシム・リウら扮するケンたちが居並ぶ。ある日、悩みも痛みも老化もないはずのバービーが、足に異変を感じ、太股にセルライトを発見する。完璧な私にいったい何が!?とショックを受けたバービーは、その理由を突き止めるべく、ケンとともに人間の世界へ旅立つ。
人間の世界が男性社会だと知って驚くケンの心情をライアン・ゴズリングが歌い上げ、「私はいったい誰なの」とビリー・アイリッシュが切ない新曲を寄せる。その他、デュア・リパ、リゾ、KPOPからはFIFTY FIFTYといった豪華な面々の歌声もバービーたちの旅に寄り添う。ポップでカラフルな造形のなか、注目の女性タッグが現代社会への風刺とユーモアを詰め込んで「セルフ・ラブ」を訴える本作は、目を凝らして世界を見つめ、考え、行動する力への讃歌でもある。
『バービー』
8月11日(金)全国ロードショー
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かのオーストリア皇妃の知られざる1年を描く『エリザベート 1878』
19世紀、その美貌を見染められ、16歳でオーストリア皇帝の妃となったエリザベート。ロミー・シュナイダーによる映画や、宝塚歌劇団、東宝ミュージカルの題材となり、昨年もNetflixの新作ドラマがリリースされるなど、人気の高い自由奔放な皇妃。本作では、容色の衰えに怯え、伝統と格式を重んじるウィーン宮廷で孤立する、1878年、40歳のエリザベートの姿に焦点を当てる。オーストリア人監督マリー・クロイツァーと組んでヒロインを演じるのは、鬼才ポール・トーマス・アンダーソンの『ファントム・スレッド』(2017)で彗星のごとく現れて以来、話題作にひっぱりだこのヴィッキー・クリープス。
皇帝の威信を引き立てる宝石として選ばれたエリザベートは、身長172センチ、ウェスト50センチのスレンダーな体型を維持するために過激なダイエットとトレーニングを自らに課し、女官に力一杯占めさせるコルセットで心身ともに窒息寸前。さらなる悲劇が彼女を襲い、以来彼女は生涯喪服を纏い、ベールで顔を隠して生きたが、一方でハインリヒ・ハイネの詩や旅行を愛し、乗馬やスポーツに長け、共和制に傾倒してハンガリーの自治推進にも動いた。本作でカンヌ国際映画祭「ある視点部門」で最優秀演技賞を受賞したクリープスは、エリザベートの心の叫びを我々現代人のものへとつなぎながら、生まれてくるのが早すぎた皇妃の苦悩を解き放つように演じて魅せる。
『エリザベート 1878』
8月25日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下 ほか全国順次公開
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アジアの巨匠の名作が鮮烈に蘇る!『エドワード・ヤンの恋愛時代』4K/『イ・チャンドン レトロスペクティヴ4K』
今年、没後15年となる台湾の鬼才監督エドワード・ヤン。その1994年の傑作『エドワード・ヤンの恋愛時代』が4K版でスクリーンに登場する。急速な西洋化と経済発展を遂げた台北の街で生きる男女のコメディ仕立ての群像劇。夜更けのプールサイドや近代的な夜明け前のオフィスを舞台に、伝統社会と格闘しながらセルフ・ラブと自立を模索するシスターフッドの物語には、時代に先んじたエドワード・ヤンならでの眼差しが際立つ。原題は『独立時代』。ヒロインらの独立と台湾の歴史を重ね合わせた鬼才の思いが、今の世に痛切に響いてくる。
本作の上映に併せ、BBCが「21世紀に残したい映画100本」に選出した同監督の傑作『牯嶺街少年殺人事件』も期間限定で公開される。
『エドワード・ヤンの恋愛時代 4Kレストア版』
8月18日(金)より TOHO シネマズ シャンテ、新宿武蔵野館他にてロードショー
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「エドワード・ヤンの恋愛時代」公開記念 『牯嶺街少年殺人事件』上映
8月11日(金)~8月17日(木)
上映劇場:TOHOシネマズ シャンテ
また、韓国の巨匠イ・チャンドンに魅了されたフランス人監督アラン・マザールのドキュメンタリー『イ・チャンドン アイロニーの芸術』とともに、イ監督の過去作6本すべてが上映されるレトロスペクティヴも開催される。ドキュメンタリーでは、『バーニング 劇場版』(カンヌ国際映画祭の国際批評家連盟賞)からはじまり、『ポエトリー アグネスの詩』『シークレット・サンシャイン』『オアシス』『ペパーミント・キャンディ』『グリーンフィッシュ』と製作順に振り返り、作家や教師時代、さらに生い立ちも明かされる。タブーに踏み込み、そこにまがいなき生と微かな希望を奇跡のように焼き付ける映画作家の原点に触れ、その言葉を4K上映で確かめることのできる画期的な機会をお見逃しなく!
『イ・チャンドン レトロスペクティヴ4K』
8月25日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町他にて全国順次開催
公式サイトはこちら
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