BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY WATARU ISHIDA

超歌舞伎 Powered by IOWN『世界花結詞』源朝臣頼光=中村獅童
12月の歌舞伎座では、中村獅童が二つの話題作に挑む。ニコニコ超会議から生まれ、十周年を迎えた超歌舞伎が『世界花結詞』として歌舞伎座に帰還。古典歌舞伎の世界観と最先端のデジタル技術が融合した壮大な物語が、超歌舞伎5作品の見どころを凝縮して描かれる。
一方、第二部では落語でも親しまれる名作『芝浜革財布』に出演。怠け者の魚屋政五郎を獅童が勤め、女房おたつを寺島しのぶが演じる。笑いと涙が交錯する夫婦の情愛を描いたこの舞台は、獅童の友人でもある梶原善の歌舞伎初出演も話題を集めている。古典から新たな表現まで、いま獅童が舞台に立つ意味を聞いた。

超歌舞伎 Powered by IOWN『世界花結詞』袴垂保輔=中村獅童
2025年12月11日、歌舞伎座にてインタビュー
──超歌舞伎は初演から10周年を迎えました。2023年12月の歌舞伎座公演の際に「一区切り」という言葉を使われていたのが印象的でしたが、そこから先を見据えた今、超歌舞伎をどのように発展させていきたいとお考えでしょうか。
中村獅童(以下獅童):前回の歌舞伎座での公演で「一区切り」と言ったのは、終わらせるという意味ではなくて、次に進むための節目だという感覚でした。超歌舞伎は、ここまでの10年で一つの形がしっかりできたと思っていますし、お客様に育てていただいたコンテンツだと思っています。だから今は、「これまでと同じことを続ける」よりも、どう更新していくかを考える段階に来ています。今回が“第2期・超歌舞伎”だとすると、これまでの作品で培われた良い部分やお客様が愛してくれた瞬間や記憶を大切にしながら、新しい表現につなげていきたいと思っています。
演技そのものは、第一回目からの約束事として、歌舞伎の古典的な演技法からはみ出さないようにすることを念頭に置いて、“古典と最新テクノロジーとの融合”を大切にしてきました。そこがブレてしまうと、何とコラボレートしているのかがわからなくなってしまいます。ですから、終盤でライブのノリでお客様を煽ったり、音楽で盛り上げたりするという演出をしていますが、今回は『楼門五三桐』の「南禅寺山門の場」や『関の扉』などを取り入れて古典作品へのオマージュを散りばめているので、歌舞伎通の方にも楽しんでいただける構成になっていると思います。
超歌舞伎は「新しいことをやるための場所」ではあるけれど、根っこは変えてはいません。「過去へのリスペクト、未来へのロマン」という言葉をモットーに、先人達が培った型などの要素といった古典歌舞伎の演技法を軸にし、その上で、テクノロジーや演出の部分で、時代に合わせた挑戦を続けていく。そのバランスを、これから先も大事にしていきたいですね。
──今回の作品では、中村時蔵さん、中村歌昇さん、中村種之助さん、尾上左近さんといった若手の俳優の方々が新たに加わっています。超歌舞伎の舞台に、これまでとは違う化学変化のようなものは生まれていますか。
獅童:超歌舞伎はとても特殊な演目なので、受け取り方や考え方はいろいろあると思っています。ただ、実際に声をかけてみると、皆さんとても前向きでした。今回出演している時蔵、歌昇、種之助は小川家(獅童さんの親戚)のメンバーで、種之助は前回の超歌舞伎にも参加しています。これまでの流れを知っている存在がいることで、舞台の空気が自然とつながっていく感覚がありました。
左近くんについても、歌舞伎『刀剣乱舞』の時に自分から手を挙げて参加したいと(尾上)松也くんに立候補の意を伝えたほどで、実は初音ミクさんが理想の女性だというくらい、この世界観に親しみを持っていたそうです。そうした素直な熱量が、今回の舞台にもよい形で表れていると思います。 今回は構成として、若い世代を前に出すことを意識しました。『関の扉』などは歌昇と左近くんに任せ、時蔵には“ここぞ”という場面で登場してもらう。その役割分担によって、舞台全体に新しい流れが生まれていると感じています。
歌舞伎界で最も人数の多い小川家だからこそ、こうした場では積極的に声をかけ、次につなげていきたい。その思いが、今回の超歌舞伎にははっきり表れていると思います。

超歌舞伎 Powered by IOWN『世界花結詞』袴垂保輔=中村獅童
──『芝浜革財布』には今回、初役として挑まれています。また、『文七元結物語』に続いて寺島しのぶさんとの共演となりますが、この作品に出演することになった経緯や、今感じている手応えについて教えてください。
獅童:『芝浜革財布』は、寺島しのぶさんと同い年で、普段から親しくしていることもあって、自然な流れで話が進んでいきました。前回、山田洋次監督が演出してくださった『文七元結物語』でご一緒した際に、楽日のご挨拶で久しぶりに(七代目尾上)菊五郎のお兄さんとお話しする機会があり、しのぶさんが行くなら自分も、という気持ちで伺ったのがきっかけです。
そのときに、菊五郎のお兄さんから「『魚屋宗五郎』を歌舞伎座でやったらいい。俺が教えるから」と声をかけていただきました。『魚屋宗五郎』といえば、菊五郎劇団や中村屋の方がなさる演目だという印象があるので、正直、それまで自分がその役をやるとは思っていませんでした。その後、2024年6月の歌舞伎座公演で行われた初代中村萬壽、六代目中村時蔵の襲名披露と、五代目中村梅枝、初代中村陽喜、初代中村夏幹初舞台という“小川家祭”ともいえる公演で、『魚屋宗五郎』を初役として勤めさせていただき、今年の4月にも初めての出演となった「四国こんぴら歌舞伎大芝居」で続けて勤めさせいただきました。お兄さんがよくおっしゃっている「世話物は回数を重ねることで自分のものになっていく。とにかく経験だ」というお言葉が心に残っているので、『芝浜革財布』も同じように、時間を空けずに重ねていくことの大切さを実感しています。今回の『芝浜革財布』は、そうした流れの中で、菊五郎のお兄さんが話してくださったことが、ひとつの形として実現した舞台だと思っています。
──政五郎の女房おたつ役の寺島しのぶさんや飲み仲間の錺屋金太役の梶原善さんとの共演を通して、どんなことが印象に残っていますか?
獅童:今回は寺島しのぶさんと友人の梶原善さんという、歌舞伎俳優ではないお二人が加わったこともあって、稽古の仕方自体をいつもとは変えました。歌舞伎の稽古は、これまでの感覚だと3、4日で立ち上げることも多いのですが、今回は早くから稽古を始めて、半月ほどかけて本読みも3回行いました。転換をどうスムーズにするか、場面と場面をどうつなぐかを、細かく話し合いながら積み重ねていったんです。
例えば、本来は暗転幕を下ろしてシーンとする場面も、すぐに「かっぽれ、かっぽれ」という音楽を入れたり、暗転幕を使わずに、自分たちで茶碗を並べて宴会を始めるようにしたりしました。また、最後の場面では女房おたつが、本来ならこれまでの化粧とは変えて白塗りをしてから出てくるところを、しのぶさんは「私はここは白くしない方がいいと思う」と提案してくれました。白塗りをしないことで準備の時間を短縮し、転換を早める。その判断一つで、芝居全体の流れが途切れないんですよね。
「いつも一緒に飲んでいる仲間だ」という匂いがなければ芝居が立ち上がらないという(七代目尾上)菊五郎のお兄さんの助言もあって、特に力を入れたのは、政五郎の仲間たちが集まる友達の場面です。あそこは、善さんが加わったことで、ただ酒を飲んでいるだけではなく、「ここはこうした方がいいんじゃないか」「この間は詰めた方がいい」と、稽古の中でいろいろなアイデアが生まれてきました。結果的に、あの場面は一番稽古したと思います。
正式な稽古の初日には、菊五郎のお兄さんにもその試みをすべて見ていただきましたが、「面白ければいい」と受け止めてくださった。その一言で、僕らが考えてきたことが間違っていなかったと確信できた。歌舞伎俳優が「『芝浜』はこういう芝居だ」と思い込みがちなところに、第三者の視点が入ることで、新しい風が吹いたんですね。今回の『芝浜革財布』にははっきりと反映されていると思います。

超歌舞伎 Powered by IOWN『世界花結詞』袴垂保輔=中村獅童

超歌舞伎 Powered by IOWN『世界花結詞』碓井貞景丸=中村陽喜 坂田公平丸=中村夏幹

超歌舞伎 Powered by IOWN『世界花結詞』源朝臣頼光=中村獅童
──七代目尾上菊五郎さんのご指導からは、どんなことを学び得ましたか?
獅童:今回の稽古では、稽古場に七代目菊五郎のお兄さんがいらして、長テーブルの席について最初からすべてをご覧になったんです。率直な気持ちとして「オーディションじゃないけれど、まずはここを突破しなきゃいけない」という緊張感がありました。僕たちが考えた演出や芝居について、「それはやめた方がいい」と言われたら、元に戻す覚悟もしていましたから。でも結果的に、「面白ければいいよ」と、こちらが考えてきたことをすべて受け止めてくださった。稽古初日にしては、かなり思い切った内容をお見せしたと思いますし、共演者たちも相当緊張していました。
しのぶさんにとっても、父親の前で歌舞伎の芝居の稽古を見てもらうのは生まれて初めての経験だったそうで、彼女が「いつかは歌舞伎を演じてみたい」という思いがあったことを知っているからこそ、おたつを演じる姿を横で見ながら、自分も胸に迫るものがありました。
また、僕自身、これまで「こうやりなさい」と言われたら、教えてくださった通りにやるのが当たり前だと思ってきました。でもお兄さんは、「獅童くんとしのぶが演じるんだから、俺の通りじゃなくてもいい」とおっしゃったんです。さらに、友達役についても「外から人を呼ぶのもありだよ」「たとえば落語家さんを入れるという考え方もある」と、歌舞伎以外の俳優さんが入ることにもとても柔軟でした。今回の試みは、決して僕の発案だけではなく、菊五郎のお兄さん自身が考えてくださったことです。
『魚屋宗五郎』をご指導いただいた時にも、それを強く感じました。「どこから本格的に酔っていけばいいのか」と僕が聞いたら、「それを考えているうちはダメだな。そんなものは決まっていない。獅童でいいんだよ」と言われました。また、『極付幡随長兵衛』を高麗屋の兄さん(松本白鸚)に教わった時にも「獅童くんの幡随院長兵衛でいいんだよ」とおっしゃっていたことを覚えています。世話物は、とくに要を外さなければ、誰かの演技をなぞる必要はない。いちばん大切なのは、型ではなく、心で演じることなのだと、改めて教えていただいた気がしています。
──12月はご子息の中村陽喜くんと中村夏幹くんが2作品に出演されていますが、彼らにはどんな期待を抱いていますか?
獅童:喜と夏幹が、この先どのように歌舞伎俳優として生きていくのかは、正直なところまだわかりません。ただ、あの子たちが二十歳くらいになった時にも、「超歌舞伎」という表現がきちんと残っていてほしい、という思いはあります。
初音ミクさんは年を取らない存在ですし、僕たちがこの世を去った百年後には、このコンテンツはもっと進化しているかもしれない。今の表現が「昔はこんなことをしていたらしいよ」と語られる時代が来る可能性もある。そう考えると、超歌舞伎は時間を超えて続いていくものだと思っています。
陽喜と夏幹は、古典を積み重ねた上で超歌舞伎に入るのではなく、先に超歌舞伎を経験するという逆の順序でスタートしました。だからこそ、「古典の形を身につけないで、超歌舞伎の舞台に立ってもダメなんだよ」ということは、繰り返し伝えています。
「学校の勉強と同じで、基礎が何より大切で、踊りでいえば、足を割った時の体の向きや手の位置などに、格好の良い“決まり(型)“というものがあるから、それを体で覚えなさい。それを体で覚えることが古典であり、一度身につけたものは一生の財産になる。今できることは大人になっても当然できるし、今できなかったことは、ずっとできない。だから一気に全部ではなく、ひとつずつクリアして、型を自分のものにしていく。これが古典だよ」と伝えました。
そんな彼らにとって、10月の『義経千本桜』で(片岡)仁左衛門のお兄さんと共演させていただいたことは、本当に大きな経験だったと思います。子どもなりに、「とてつもない役者だ」ということが分かるようで、その緊張感を味わいながらも、「また一緒に舞台に立ちたい」と言うほど、仁左衛門のお兄さんにすっかり魅了されたようです。
緊張もしたけれど、それ以上に楽しかった。その経験を糧に、これからも一つ一つ課題を乗り越えていってほしい。型を身につければ、それは一生ついてくるものですから、二人の成長を、これからも見守っていきたいと思っています。

『芝浜革財布』魚屋政五郎=中村獅童

『芝浜革財布』魚屋丁稚長吉=中村陽喜(左) 酒屋小僧平太=中村夏幹(右)

『芝浜革財布』魚屋政五郎=中村獅童
伝統と革新。その両方を獅童流に体現してきた歩みは、いまもまったく揺らぐことがない。
七代目尾上菊五郎、そして松本白鸚から世話物の役を伝授された際、いずれも獅童の個性を尊重する姿勢が貫かれていた。それは、歌舞伎の伝統が内包する一つの答えでもあるのだろう。
獅童はこれからも、自ら描くビジョンを一つずつ確実に形にしていくはずだ。今月上演されている二つの演目も、回を重ねることで、より一層「中村獅童にしかできない表現」へと進化していくに違いない。その行方を、ぜひ劇場で確かめてほしい。
中村獅童(NAKAMUEA SHIDOU)
東京都生まれ。1972年生まれ。1981年に歌舞伎座『妹背山婦女庭訓』で二代目中村獅童を名乗り初舞台。歌舞伎俳優として活躍する傍ら、2002年に公開された映画「ピンポン」で注目を集め、以後、映像作品への出演も多数。2015年に絵本を原作とした新作歌舞伎『あらしのよるに』を上演し、再演を重ねる。2016年には、バーチャルシンガーの初音ミクとコラボした超歌舞伎を上演して共演を重ね、さらに倉庫やライブハウスではオフシアター歌舞伎『女殺油地獄』を新演出で上演するなど、新しいスタイルの歌舞伎にも挑んでいる。
「十二月大歌舞伎」
第一部 11:00開演
超歌舞伎十周年記念
十年のキセキをつなぐ決定版!!
超歌舞伎Powered by IOWN『世界花結詞』
第二部 14:45開演
一、 『丸橋忠弥』
二、 『芝浜革財布』
第三部 18:10開演
一、『与話情浮名横櫛 源氏店』
二、『火の鳥』
※中村獅童さんは、
第一部の『世界花結詞』と第二部の『芝浜革財布』に出演します。
会場:歌舞伎座
住所:東京都中央区銀座4-12-15
上演日程:2025年12月4日(木)〜26日(金) ※10日、18日は休演
問い合わせ:チケットホン松竹 TEL. 0570-000-489
チケットweb松竹
二月花形歌舞伎
『あらしのよるに』
11:00開演、16:00開演
会場:博多座
住所:福岡県福岡市博多区下川端町2-1
上演日程:2026年2月7日(土)〜20日(金)
※9日、10日、13日、16日、18日、20日は11:00の部のみ上演
※12日は休演、11日11:00、15日16:00の部は貸切。
問い合わせ:博多座電話予約センター TEL 092-263-5555
博多座オンラインチケット
山下シオン(やました・しおん)
エディター&ライター。女性誌、男性誌で、きもの、美容、ファッション、旅、文化、医学など多岐にわたる分野の編集に携わる。歌舞伎観劇歴は約30年で、2007年の平成中村座のニューヨーク公演から本格的に歌舞伎の企画の発案、記事の構成、執筆をしてきた。現在は歌舞伎やバレエ、ミュージカル、映画などのエンターテインメントの魅力を伝えるための企画に多角的な視点から取り組んでいる。
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