BY NORIO TAKAGI
イタリア・ピサの大聖堂に吊るされたランプが揺れる様子を見ていたガリレオ・ガリレイは、振り幅に関係なく1往復する時間は同じという振り子の等時性を発見した――真偽は定かではないが、広く知られる科学界の逸話である。1675年には、オランダの物理学者クリスチャン・ホイヘンスが振り子の等時性を時計に応用。振り子の動きに準じて、ゼンマイで動く歯車の動きを制御する脱進機を発明したことで、現代に至る機械式時計の基本原理は確立された。
今ある腕時計の一般的な機械式ムーブメントでは、コマ状のテンワとヒゲゼンマイから成るテンプが、振り子に代わって振動して時をカウントしている。そしてテンワの振動を受けるアンクルが、ゼンマイからの駆動伝達の終端にあるガンギ車を止める・動かすを繰り返させ、針を正確に進めている。これら機械式時計の精度を司るキーパーツであるテンワとヒゲゼンマイによる調速装置と、アンクルとガンギ車を組み合わせた脱進機は、種類は違えど長く金属製だった。それが21世紀に入ると、まず脱進機に、続いてひげゼンマイに、シリコン製が登場し始める。
半導体で使われるように、シリコンは金属よりはるかに精密なマイクロ成型加工が可能。コンピュータ上でシミュレーションした理想的な形状が得られ、かつ軽くて磁気にも強く、機械式時計をより高性能にしてくれるとあって、一気に普及が進んだ。シリコン技術は、21世紀における機械式時計の一大革命。その技術を駆使し、ゼニスは調速・脱進機構自体を革新してみせた。それが新作「デファイ インベンター」のフルオープンのダイヤルの下に潜む、「オシレーター」だ。
まったく新しい調速・脱進機構であるオシレーターは、2017年秋に10本だけ製作・発売した「デファイ ラボ」で試験的に使用された。それをより高性能に改良し、量産技術も確立。レギュラーモデルへの搭載が可能となった。日本語で振動子と訳されるオシレーターは、外周が複雑な形状の3つの円弧から成り、全体が振動して時をカウントするテンワの働きを担う。さらに各円弧に備わるビーム(板バネ)がヒゲンゼンマイの役割を果たし、1つの円弧から伸びるアームには2つの爪が突き出していて、これがアンクルとして機能する。つまりテンワ・ヒゲゼンマイ・アンクルの3つの機能を、シリコンの一体成型で叶えたのだ。