BY MIKA KITAMURA, PHOTOGRAPHS BY YUKO UEHARA
釣瓶のように落ちて行く夕暮れ、家への道をたどる途中に温かいスープをいただけるお店があったなら……。そんな妄想をかなえてくれるビストロに、最近、出合うことができた。
大きな一枚板のカウンターに、広々としたオープンキッチン。オーナーの藤澤進大郎さん、侑子さん夫妻がふたりで料理を作っている。進太郎さんは神楽坂「ビコック」で、侑子さんは代々木上原「ル・キャバレ」でそれぞれシェフを務め、今年1月に夫妻で独立、ここ「松㐂」をオープンした。
メニューはコース一本。いまどき珍しいプリフィクススタイルだ。「お好きなものをしっかり味わってほしいから、コースであっても料理を選んでほしい」という思いが込められている。それぞれ4種類の中から、前菜とメインを選ぶ。前菜より先には、「アミューズ」と呼ばれる突き出しが2皿運ばれてくる。
アミューズのふた皿目として必ず登場するのが、「スープ・オ・ピストゥ」。これが夫妻の気持ちを伝えてくれる「ひと皿」だ。
2009年から2010年にかけての1年間、進太郎さんと侑子さんは、南仏はニース近くの二ツ星レストラン「オステルリー ジェローム」で働いた。
「このスープをまかないで食べて、しみじみ美味しかったんです。お母さんたちが作り続けてきた南仏の郷土料理ですね。自分たちがお店を始めたら、必ずこのスープを出そうと決めていました」
季節野菜といんげん豆、ベーコンをコトコト煮たスープ。仕上げにピストゥ(バジルペースト)を加えるのが特徴だ。「松㐂」のそれは、数種類の野菜が一緒に煮込まれているのに、野菜ひとつひとつの味が際立ち、スープそのものがとてもクリア。雑味のない優しい味わい。料理人さんたちに信頼の厚い岩手・石黒農場から取り寄せたホロホロ鳥のスープがベースになっている。ひと匙いただくごとに、身体に染み渡っていくのが実感できる。
もともとは家庭の味だが、夫妻は食材にこだわり、プロの技を加味して、「洗練」を加えた。藤澤さんたちの、ゲストに対するもてなしの心が、このひと皿にこもっている。
「このスープでまず、ひと息ついてほしいんです」
はい、ひと息もふた息もつけます。その日の疲れが溶けていく。さあ、これから美味しいもの、いっぱい食べるぞ! とテンションの上がる瞬間だ。
その後に続くのは、季節感をしっかり取り入れた前菜。初夏ならとれたてのアスパラガスやアーティチョーク、秋ならきのこ、冬なら……。杏、桃、ぶどう、いちじく、柿、いちごなどの季節のフルーツをブッラータチーズと合わせたカプレーゼも見逃せない。メインディッシュのメニューには、クスクスや仔牛のカツレツ、赤ワイン煮込みなどのビストロ定番料理が並んでいる。進太郎さんがセレクトしてくれる自然派ワイン(ヴァン・ド・ナチュール)に、どれもがとても合う。
近所にあったらいいなと心から思えるお店。そういうお店に多々出合ってはきたのだが、かなり遠いこともしばしば。でも、このお店は、私のほんとにご近所なのです。申し訳ありませんが、バンザイ!
夜9時以降はアラカルトでも頼めるので、このスープとワインだけでも幸せになれる。心もお腹も満たしてくれるスープ、「松㐂」にあります。
松㐂(まつき)
住所:東京都中野区中野2-33-3
営業時間:18:30〜24:00(閉店) 不定休
プリフィクスコース¥5,000
上記にデザートをプラスしたコース¥5,600
電話: 070(3274)3730
公式サイト