和食店「八雲茶寮」をはじめとした食空間を通して、現代らしい日本文化のあり様を提案してきたデザイナーの緒方慎一郎。東京・丸の内で働く国内外のオフィスワーカーが気軽に立ち寄れる“お饅頭屋”として、このほど「HIGASHIYA man 丸の内」をオープンした。分断が進む世の中で、日本文化が世界を結ぶ”切り札“になると語る、緒方の思いを聞いた

BY KANAE HASEGAWA, PHOTOGRAPHS BY YASUYUKI TAKAGI

 八雲茶寮には料理をする台と食事をする台が一続きの一枚板のテーブルがあり、料理人が包丁でトントンと食材を切る振動を肌で感じながら、客人はできあがる料理を待つ。いつの間にかつられるように客人の手もリズミカルに動き出すこともある。それは料理人と同じように料理をしているような感覚から生まれるのかもしれない。「心に残る食事をしてもらいたい」という八雲茶寮の亭主、緒方の計らいだ。

画像: 緒方慎一郎(SHINICHIRO OGATA) SIMPLICITY代表。亭主として和食店「HIGASHI-YAMA Tokyo」をはじめ、「八雲茶寮」「HIGASHIYA GINZA」、「HIGASHIYA man」をオープン。店舗の設計から照明、什器のデザインを手がける。同時にこうした飲食店で使用するための器を日本各地の工芸作家とともに作るプロダクトブランド「Sゝゝ[エス]」を立ち上げている

緒方慎一郎(SHINICHIRO OGATA)
SIMPLICITY代表。亭主として和食店「HIGASHI-YAMA Tokyo」をはじめ、「八雲茶寮」「HIGASHIYA GINZA」、「HIGASHIYA man」をオープン。店舗の設計から照明、什器のデザインを手がける。同時にこうした飲食店で使用するための器を日本各地の工芸作家とともに作るプロダクトブランド「Sゝゝ[エス]」を立ち上げている

 緒方が作る場には、こうした配慮を随所に感じる。「他人を慮るという心の持ちようは、日本人の多くに備わっているものではないでしょうか」と、言葉を選びながら緒方は語る。たとえば客にごはんを供する際の利休箸は、気づくか気づかないか程度に湿らせて出す。ごはんを口に運んだあと、箸から離れやすくするための気づかいだ。ちょっとしたことだけれど、趣味嗜好も知らない相手が食べやすいようにという亭主の心遣いがありがたい。そんな繊細な計らいに気づくことができるのは、空間に装飾という“ノイズ”がないからだ。食の空間を手がける際、インテリアから家具、使う器に至るまで目に触れるものすべてを自らデザインする緒方は「空間が華美で凝っているとそちらに気を取られてしまいます。空間や道具は料理人の所作や心遣いを際立たせるもの」と言い、空間を作る上で陰陽の思想を取り入れ、素材や形の対比から生まれる調和を大切にしてきた。

画像: 「HIGASHIYA man 丸の内」の茶房。 茶葉の色形を見定めやすくするために、木のカウンターは炭化させて黒味をもたせた。茶を供する茶器は緑茶が映えるよう白地の器で。ここにあるものにはすべて意味がある COURTESY OF HIGASHIYA

「HIGASHIYA man 丸の内」の茶房。
茶葉の色形を見定めやすくするために、木のカウンターは炭化させて黒味をもたせた。茶を供する茶器は緑茶が映えるよう白地の器で。ここにあるものにはすべて意味がある
COURTESY OF HIGASHIYA

 こうした緒方慎一郎の美意識はいかにして育まれたのだろうか。長崎県で生まれ育ち、幼い頃から好奇心の塊だったと自ら言う緒方は中学生の頃、東京に行くと心に決める。食べるものから着るものまで、世間で何が流行っているのか我先に知りたくて貪欲に見聞きしたと言う。すでに将来は自分の店を持つという夢を抱いていたこともあり、東京では店舗を作るインテリアデザインの仕事に就く。当時は欧米文化が輝いて見えたのだろう。ほどなくして東京での暮らしに慣れると目線はニューヨークに向かった。しかし、「数年間、欧米を見て回るうちに達観した気分になったのだと思います。結果、日本文化ほど重層的な文化はないという自分なりの持論に至りました」。二十代の緒方の羅針盤の先は日本に定まった。

「もともと日本文化は長い歴史の中で、その時々に海外からもたらされた様式や風習を自国の風土に合わせて置き換えることで育まれてきました。何かに固執することなく、物事を柔軟に受け入れてきた日本人の心は、主義主張がぶつかり合い、人と人との緊張が高まる今の世の中で多くのヒントを与えてくれるのではないでしょうか?」こうした考えのもと、緒方は日本文化を伝えるために“食”を起点にした場づくりを目指してきた。文化というと伝統芸能など高尚なたしなみを想像しがちだが、それでは及び腰になりがちだ。「食は、異なる文化背景をもつ人にも共感してもらえる形で日本文化を表現するために最適な様式。信条の違いによって食習慣に違いはあっても、多くの人にとって食は日常の営みですから」と言う。

画像: [暖簾をかがんでくぐると意表を突く高い天井の空間が広がる。高低、銅板と白木など空間のそれぞれの要素が対比によって引き立つ。入って正面に配されたのは茶房でも使用される「Sゝゝ[エス]」のプロダクト

[暖簾をかがんでくぐると意表を突く高い天井の空間が広がる。高低、銅板と白木など空間のそれぞれの要素が対比によって引き立つ。入って正面に配されたのは茶房でも使用される「Sゝゝ[エス]」のプロダクト

そうした思いが形になったのが「HIGASHI-YAMA Tokyo」や「八雲茶寮」などの和食の店だ。「食はそれをいただく器から空間、そして料理人のふるまいに至るまで、多くの日本文化の要素が絡む総合芸術です。気に入った器を買って大事に棚に飾っておくことも喜びでしょうが、食事をしたときの椀の口当たりがよかったりすると心が満たされるものです。すると自分の普段の生活にもそれを取り入れようと思い、習慣化していきます」。文化とは習慣の積み重ねだ。

 このように食を通して日本文化を伝える上で緒方が心がけているのは、スタイルを現代に置き換えること。日本茶にしても、古くは薬として煎じて飲んだ頃から、抹茶、煎茶と飲み方は変化してきている。「過去には戻ることができないのですから、その時々の暮らしにあった様式を提案することが必要です。

画像: 「HIGASHIYA man 丸の内」では「茶方會(さぼえ)」による産地や品種の異なる約50種類の茶葉が揃う。奥の茶房ではこれらのお茶の新しい味わい方を提案してくれる

「HIGASHIYA man 丸の内」では「茶方會(さぼえ)」による産地や品種の異なる約50種類の茶葉が揃う。奥の茶房ではこれらのお茶の新しい味わい方を提案してくれる

つまり、100年後は100年後の別の様式があるかもしれません」と言う。その取り組みのひとつに、「茶方會(さぼえ)」を通した日本茶の新しい楽しみ方の提案がある。現代における喫茶の様式を創造し、継承をしていくことを目的とする茶方會では、日本各地より茶葉を厳選し、茶を淹れるための道具とともに、茶房という体験の場を創造している。それは、現代にアップデートした茶の湯と言えるのではないか。むろん、安易に考案された現代風アレンジとは異なり、伝統的な茶の湯がそうであるように、五感に響くお茶の楽しみ方を長年の探求の末、創造したものだ。

 こうしたお茶の楽しみ方について、「“日本”の文化と声高に押し付けるつもりはありません。紅茶やコーヒーはどこの国の文化ということを気にすることなく世界各地で飲まれています。同じように日本茶も、世界中で飲まれる茶文化として浸透してほしい」と緒方。緑茶文化が日本独自のものという縛りを越えて、パブリックドメイン(文化的共有資産)として世界に親しまれる日が来るかもしれない。

画像: 「HIGASHIYA man 丸の内」外観 COURTESY OF HIGASHIYA

「HIGASHIYA man 丸の内」外観
COURTESY OF HIGASHIYA

HIGASHIYA man 丸の内
住所:東京都千代田区丸の内1-4-5 三菱UFJ信託銀行本店ビル1F
営業時間:11:00~20:00(茶房 LO 19:00)
無休
電話:03(6259)1148
公式サイト

 

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