「まず食べたいものありきで旅先を決める」という贅沢な視点がいま、観光や食のシーンで熱い注目を集めている。日本各地で脚光をあびる大人のためのデスティネーションレストランを、ガストロノミープロデューサー・柏原光太郎が厳選して案内。第10回は、鮒ずしから熊鍋まで、記憶に残る奥深い味わいを提供する滋賀県の「徳山鮓」へーー

BY KOTARO KASHIWABARA

画像: 熊の炊き込みご飯、びわ鱒の卵添え

熊の炊き込みご飯、びわ鱒の卵添え

 はじめて「徳山鮓」を訪れたのは十年以上前だった。当時から発酵食材を駆使した料理の美味しさが評判で、予約もなかなか取れなかったのだが、常連の友人からお誘いいただいての訪問だった。

 滋賀県長浜市の北部にある余呉湖。琵琶湖に隣接する小さな湖だが、その湖を見下ろす高台に徳山鮓がオープンしたのは2004年。いまは和風オーベルジュとも呼ばれるが、料理旅館と言ったほうがわかりやすいだろう。美味しい料理をいただいたあとにゆっくり風呂に入り、部屋でくつろいで寝て、翌日の朝ごはんを楽しむスタイルの宿である。

画像: 訪れたのは、今シーズン一番の雪の日

訪れたのは、今シーズン一番の雪の日

画像: ベランダから余呉湖を眺める

ベランダから余呉湖を眺める

 主人の徳山浩明さんは同地で生まれ育ち、京都の料亭で修業を積んだのちに帰郷。地元の国民宿舎で料理長を務めていたときに、発酵研究の第一人者である小泉武夫先生と出会った。先生との親交を通じ、発酵食品の奥深さに目覚め、生家を改築。発酵を主とした料理を出す徳山鮓を開店したのである。

画像: 店主の徳山浩明さん

店主の徳山浩明さん

 地元の食材を徹底的に活かした料理が有名で、山からは猪や熊、鹿、湖や近隣の川からはうなぎや鮒、カニ、ワカサギ、鮎、イワナなどが届き、さらに四季折々の山菜、キノコ、野草を駆使する。もちろん四季に応じて料理は変わるのだが、なかでもこの店を有名にしたのが鮒ずし(鮓)。ちなみにすしは「寿司」「鮨」「鮓」とさまざま書かれるが、発酵させた保存食は鮓と表記されるのが一般的なため、徳山鮓の店名もそこから来ている。

 琵琶湖周辺に生息する煮頃鮒(ニゴロブナ)をご飯、塩に漬け込んで発酵させた「熟れずし」の一種で、滋賀県の琵伝統的郷土料理とされる。冷蔵庫のない時代に、貴重な栄養源だった魚を長期間味わうために考えられた保存法で、カルシウムや乳酸菌、タンパク質などの栄養素が豊富な半面、その発酵臭が苦手な人も多い。私も以前、滋賀県で仕事の会食で鮒ずしをまるごと一尾出されたときがあった。身はともかく、臭いがすごい頭から尾まですべてを食べるには覚悟が必要だと思ったのだが、同席者が滋賀県生まれで鮒ずしが大の好物だといって、ほとんどひとりで平らげてくれたことを思い出す。

画像: 鮒ずしにはワインジュレを添えて

鮒ずしにはワインジュレを添えて

 しかし徳山鮓の鮒ずしは発酵臭を抑え、乳酸菌の旨さを感じる分かりやすい味で、ここから鮒ずしの虜になった人も多い。私も最初にうかがった時、皿に並んだ鮒ずしの薄切りがとても食べやすく、それでいて熟れずしのうまさが表現されていたことに驚いた。

画像: 鯉の刺身

鯉の刺身

画像: 鯖のなれ寿司、カチョカバロチーズ添え

鯖のなれ寿司、カチョカバロチーズ添え

 その徳山鮓にひさしぶりに訪れた。冬の真っただ中、余呉湖の周辺は雪景色におおわれ、一番美しい季節だ。この季節のスペシャリテは熊鍋で、脂の乗った素晴らしい熊肉をしゃぶしゃぶでいただいたのだが、私はそれよりも、鮒ずしが以前よりも洗練されたことに感激した。当時の徳山鮓の料理とはまるで違う食後感だったのだ。

「そう感じていただけましたか。十数年前は夫婦ふたりで自分たちの料理を確立するために、山に入り、食材を探し、がむしゃらにやってきました。鮒ずしも漁師をしていた父の作っていたものを見よう見まねで自分の料理にしたんです。しかしいまは3人の子供たちが大きくなり、料理の世界に入ってくれた。彼らと一緒にチームを作り、これまで自分に欠けていたところを息子たちに託すことが出来るようになったのです」

画像: 熊のパイ包み、発酵からすみ、赤カブ、ジビエの骨ソース

熊のパイ包み、発酵からすみ、赤カブ、ジビエの骨ソース

画像: 菊芋とじゃがいものペースト

菊芋とじゃがいものペースト

 徳山さんには息子がふたりと娘がいるが、いまは全員、徳山鮓で働いている。長男の翔太さんが発酵系料理を担当し、長女の舞さんは地元の学校を卒業してから京都の割烹で5年ほど修業して戻ってきたのだが、そこで知り合った料理人の那由多さんと結婚し、彼は娘婿として徳山鮓に入った。次男の敬介さんはフランスに留学し、食文化全般を学び、いまはジビエ系を担当。

「いまのメニューは全員がひとつにならないと完成しない料理で、3、4年前からこのシステムに変わっていきました。全体のメニューは私と長男で考えるのですが、彼はデータを駆使し、過去の同じ季節のメニューをたたき台にして提案してくれる。私も『私の料理を土台にしておまえたちの考えを入れればいい』と話しています。たとえば鮒ずしも進化していて、いまはジュレをかけていますが、今日のものは日本人のニュージーランドワイン生産者のワインを使ったものです」

画像: マスカルポーネとすっぽんの茶わん蒸し

マスカルポーネとすっぽんの茶わん蒸し

画像: 焼きすっぽんに肝ソースを添えて

焼きすっぽんに肝ソースを添えて

 たしかにいまや徳山鮓は日本料理の範疇を超えて「徳山料理」としか言いようのない、オリジナルなものに進化している。

 この日は、マスカルポーネチーズとすっぽんの茶わん蒸しから始まり、鯖の熟れずしにはカチョカバロチーズを合わせ、熊のパイ包みは真ん中に発酵からすみを射込む。発想だけでなく、食材のマリアージュが日本料理ではないのだ。

画像: 熊鍋の熊肉。左がメス

熊鍋の熊肉。左がメス

画像: 熊鍋は脂が美味

熊鍋は脂が美味

画像: 熊鍋の出汁を使った蕎麦がことのほか旨い

熊鍋の出汁を使った蕎麦がことのほか旨い

 メインの熊鍋は、地元で獲れ80キロほどのだったが、息子さんが自ら仕留めることもあるそうだ。独自の発酵出汁で熊をしゃぶしゃぶするのだが、メスとオスで肉の味がこんなに違うのかと驚いた。コース最後には、そのスープを使った蕎麦が出されるのだが、これを食べるためだけでも、来た甲斐があったと感激する味だった。

 熊の季節が終わると、花山椒、そして鮎や鰻へと余呉湖の豊饒な食材は移り変わるのだが、徳山さんは今後、さらなる変化を考えている。

画像: 鮒ずしの飯を使ったアイスクリーム

鮒ずしの飯を使ったアイスクリーム

「彼らにはいま、3年のあいだで花山椒に変わる食材を探せと指示しています。私自身もそれがなになのかが楽しみです。私はいつも、記憶に残るものを作りたいと思っています。それは料理だけでなくてもいい。ここ数年、宿泊部屋を増築しましたが、それだっていいんです。記憶に残ってくれれば、もう一度、徳山鮓を訪れたいと思ってくれるに違いないのですから。これから徳山鮓は地産地消から余呉を育てることに舵を切ろうと思っています。食材をただいただくだけでなく、育てることから始めたいのです」

画像: 左から長男の翔太さん、浩明さん、女将の純子さん、次男の敬介さん

左から長男の翔太さん、浩明さん、女将の純子さん、次男の敬介さん

 そこには、徳山さんから息子さんたちの代に続く「徳山鮓2.0」に通じる道がはっきりと見えている、と私は感じた。

徳山鮓
滋賀県長浜市余呉町川並1408
公式サイトはこちら

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柏原光太郎
ガストロノミープロデューサー。文藝春秋で「文春マルシェ」創設を経て、「日本ガストロノミー協会」会長、「食の熱中小学校」校長、「Luxury Japan Award 2024」審査委員などを務める。近著に『ニッポン美食立国論 ―時代はガストロノミーツーリズム』『東京いい店はやる店』。

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