クラシック音楽と美酒。指揮者・野津如弘が、時間芸術の交錯がもたらす発見を自在に綴る。第12回は、宇宙の律動を描く音楽と、星を映すほどに澄んだ酒が誘う、真夏の夜の夢へご案内

TEXT BY YUKIHIRO NOTSU, ILLUSTRAION BY YOKO MATSUMOTO

夏の宵、空を見上げて
宇宙の鼓動と調和を五感で味わう

画像1: 夏の宵、空を見上げて 宇宙の鼓動と調和を五感で味わう

 夏の夜空を見上げてみると数多くの星が瞬いている。仕事柄、旅が多いのだが、ひと仕事を終えて次の目的地に向かう途中、山あいの温泉地を訪れた。夕飯を食べ終えて風呂に行くために外に出ると、満天の星空という言葉がまさにぴったりの光景が広がっていた。都会では見ることのできないその光景を、しばし風呂のことなど忘れ、ただただ眺めていた。

 現代のように街が明るくなかった時代、人々は今以上に星空と対峙していたのだろう。星は、旅人や航海の目印として重要な役割を果たし、学問や信仰の対象となり、人々を魅了した。そして、古代ギリシアの科学者・哲学者たちは天体が音楽を奏でていると考えた。

「星の運行や星座にはある秩序があり、その秩序は人間の感覚だけでなく、人間の身体のバランスを含む森羅万象を統一している」という考え方は、「ハルモニア」と呼ばれ、その祖は三平方の定理でお馴染みのピュタゴラスである。「ハーモニー」の語源となった古代ギリシア語の「ハルモニア」には、物事の調和といった意味のほかに「連結」という意味もあり、「音階」のこともまた「ハルモニア」と呼んだ。現代では「ハーモニー」というと「和声」という意味合いで捉えられるので、「音階=ハルモニア」には違和感を覚えなくもないが、とにかく古代ギリシア人はそう考え、天体の運行と音階を結びつけ、そこには一定の規則が存在すると唱えたのだ。

 こうした思想は、時代を経て、16世紀後半から17世紀前半に活躍したドイツの天文学者ケプラーにも受け継がれた。1619年に出版された『宇宙の調和』の中で、彼はそれぞれの星には固有の音階があって、その音階を奏でながら宇宙のハーモニーを紡いでいると述べている。その理論自体はとても複雑で難しいものだが、宇宙が音楽を奏でているとは、なんと想像力豊かで、ロマンチックな思想だろうか。

画像2: 夏の宵、空を見上げて 宇宙の鼓動と調和を五感で味わう

《世界の調和》《惑星》から《星屑パレット》まで、
天体の奏でる浪漫を描く名曲たち

 さて、我々には聴こえないこの宇宙の音楽を、実際に音にしてみようと試みた音楽家をご紹介しよう。一人目は、ドイツの作曲家パウル・ヒンデミット(1895-1963)。オペラ《世界の調和》(1936-1957)は、前述のケプラーを主人公とした作品で、終幕では登場人物が皇帝は太陽、ケプラーは地球、ワレンシュタイン将軍は木星、というように象徴的に表されている。第二次世界大戦後の平和な世界への祈りが込められたこの作品を改編した交響曲《世界の調和》は、「楽器の音楽」「人間の音楽」「天体の音楽」の3楽章からなり、オペラの世界観を凝縮した内容の音楽を聴くことができる。

 二人目は、イギリスの作曲家グスターヴ・ホルスト(1874-1934)。管弦楽組曲《惑星》(1914-16)は彼の代表作であり、7つの惑星を描いた作品だ。とりわけ「木星〜喜びをもたらすもの」の中間部のメロディーが美しく、後に詞が付け加えられてイギリスの愛国歌となっている。日本でも、平原綾香のデビュー曲(歌詞:吉元由美)としてクラシックファン以外でも耳にした方も多いだろう。

 三人目は、現代イギリスの作曲家フィリップ・スパーク(1951- )。その名もずばり《宇宙の音楽》(2004)で、宇宙の誕生から現在、そして未来までを壮大に描いた。元々はブラスバンドのために書かれ、後に吹奏楽版に編曲された。起伏に富んだ内容で、吹奏楽コンクールや演奏会で頻繁に演奏される人気作品となっている。

 吹奏楽つながりで、日本人の作品もご紹介しよう。酒井格(1970- )の《The Seventh Night of July(たなばた)》(1988)は、なんと作曲家が高校生の時の作品。中間部のデュエットは織姫と彦星の伝説を元に、当時、酒井が所属していた吹奏楽部の後輩のために書かれた。
 若き作曲家の吹奏楽愛にあふれる名作で、今日でも中高生に愛奏されている。

 芳賀傑(1989- )もまた星にまつわる作品を多く書いている。《星屑パレット》は2016年に作曲された《水面に映るグラデーションの空》の最後のコラールを改編した作品。第6回クー・ド・ヴァン国際交響吹奏楽作曲コンクールでグランプリを受賞した本作は、2011年の東日本大震災、そして2015年に作曲家が留学していたパリの住居の近くで起きたテロの犠牲者に捧げるために書かれた。

 先日、高瀬川沿いの店で飲んでいると川面に映る星屑のように蛍が乱舞していた。戦後80年を迎えるこの夏、改めて世界平和を願い、これらの曲に耳を傾けたい。

丸肥沃な土地と豊かな地下水に恵まれた愛知県の知多・阿久比町。古くから良質な米どころ、そして蛍の里として知られるこの地で、大正6年より酒を作り続けている蔵元、丸一酒造。こちらのお酒は、仕込み水に使われている井戸に映る星から「星泉」と命名。昔ながらの酒蔵で、杜氏・蔵人の手仕事で丁寧にこまやかに作られるお酒は、華やかな吟醸香が鼻孔をくすぐり、優雅な味わいにふんわりと満たされるも、後味はすっきり清々しく、切れ味よし。口に含めば夏の宵の風景が浮かびあがる、なんとも洗練された粋なお酒である。「令和3年金賞大吟醸 ほしいずみ」720ml ¥4,510(※在庫僅少)
COURTESY OF MARUICHISHUZO

丸一酒造株式会社
TEL.0569-48-0003
公式サイトはこちら

<参考文献>
西原稔・安生健『数学と化学から読む音楽』(ヤマハミュージックエンタテインメント、2020年)

画像: 野津如弘(のつ・ゆきひろ)●1977年宮城県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、東京藝術大学楽理科を経てフィンランド国立シベリウス音楽院指揮科修士課程を最高位で修了。フィンランド放送交響楽団ほか国内外の楽団で客演。現在、常葉大学短期大学部で吹奏楽と指揮法を教える。明快で的確な指導に定評があるとともに、ユニークな選曲と豊かな表現が話題に。 公式サイトはこちら

野津如弘(のつ・ゆきひろ)●1977年宮城県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、東京藝術大学楽理科を経てフィンランド国立シベリウス音楽院指揮科修士課程を最高位で修了。フィンランド放送交響楽団ほか国内外の楽団で客演。現在、常葉大学短期大学部で吹奏楽と指揮法を教える。明快で的確な指導に定評があるとともに、ユニークな選曲と豊かな表現が話題に。
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画像: マツモトヨーコ●画家・イラストレーター 京都市立芸術大学大学院版画専攻修了。「好きなものは各駅停車の旅、海外ドラマ、スパイ小説、動物全般。ときどき客船にっぽん丸のアート教室講師を担当。 公式インスタグラムはこちら

マツモトヨーコ●画家・イラストレーター 京都市立芸術大学大学院版画専攻修了。「好きなものは各駅停車の旅、海外ドラマ、スパイ小説、動物全般。ときどき客船にっぽん丸のアート教室講師を担当。
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