TEXT AND PHOTOGRAPHS BY YUKARI KOMAKI
サマルカンドの次は西へ、ブハラの街を訪ねることにする。朝早くホテルを出てサマルカンド駅へ。ホームのベンチに腰をおろしたとたん、滞在証明書(レギストラーツィア)をホテルから渡されていなかったことに気がつく。慌てて旅行代理店に電話したところ、ホテルの人が駅まで届けてくれることに。証明書がなければ出国のときに面倒なことになる。なんとか列車が出発するまでに手に入りますようにと、ドキドキしながら待った。まったく、いつも何かしらのハプニングがあるものだ。だからこそ旅は面白いのかもしれないが。発車直前、ようやく書類が届く。ホテルの人にありがとう!と叫びながら電車に飛び乗る。さあ、一路ブハラへ!
約1時間半でブハラに到着。旧市街の入り口にある、こぢんまりとしたホテルへ向かう。ダブルベッドがよかったのだが、予約がとれたのはシングルベッドのツインの部屋。簡素ながら清潔な部屋だ。部屋に入りほっとひと息。さて、どこを回ろうか。ブハラの旧市街は半日もあれば回ってしまえるほど小さな街だ。気ままにのんびり回ることにする。
ブハラはシルクロードの交易の拠点として栄えたオアシスの地で、サンスクリット語で「修道院」を意味する。1220年にチンギス=ハンの襲来によって町は破壊されたが、16世紀にウズベク人のシャイバーン朝により復興。以降、ブハラ=ハーン国(ブハラ=アミール国)の都として栄えた。19世紀後半、ロシア帝国によって征服され、同帝国の植民地に組み込まれた。ロシア人たちはムスリムたちが住む旧市街を避け、新たに新市街地(ウズベク語ではカガン)と称する近代都市を作った。それゆえ、ブラハの旧市街地は今も歴史的な姿をとどめており、1993年にはブハラ歴史地区として世界文化遺産に登録された。
ホテルを出て少し歩いていくと突然、巨大なミナレット(塔)が目の前に現れる。ブハラのシンボル、カラーン・ミナレットだ。ミナレットを中心に、塔とつながるカラーン・モスク、塔の真下にあるミル・アラブ・メドレセ(神学校)を擁するこの広場は、パイ・ミナル(ミナレットのふもと)と称される。カラーンとはタジク語で大きいと言う意味だけあって、建造物はもう圧倒的な存在感! サンドベージュ色の素朴なレンガで造られたミナレットが、雲ひとつない青空に高くそびえるさまは、なんとも壮麗で美しい。この塔は1127年に建てられたものだ。1220年にこの地を征服したチンギス=ハンは、見せしめのためか、抵抗した街やその建造物を次々と破壊した。だが、このミナレットだけは、あまりの美しさに感動し、破壊を禁じたのだ。だから私たちは現在、この壮大な姿を目にすることができるのである。
かつてはミナレットの上に明かりが灯され、砂漠を渡る隊商の道標になったと伝えられている。45.6メートルの高さからの明かりは、道なき道を進む隊商に安らぎを与えたに違いない。一方で、塔の上から罪人を生きたまま袋に入れて投げ落とすという恐ろしい刑が19世紀後半まで行われていたため、この美しいカラーン・ミナレットは死の塔としても知られるようになった。夜になると、ライトアップされたミナレットがなんとも言葉にしがたい妖艶な表情を見せるのは、亡霊たちのなせる技なのだろうか。
ミナレットを過ぎてしばらく進むと、右手にアルク城の城壁が見える。アルクとは「城塞」の意味で、歴代ブハラ=ハーンの居城だった。紀元前4世紀頃から存在していたそうだが、何度も破壊されては建て直し、現在の城は18世紀に再建されたものだ。1920年のソビエト赤軍の爆撃で木造部分はほぼ破壊され、現在は城壁と石造り部分が残るのみで、中は博物館になっている。
ウズベキスタンに来てからほとんど日本人の旅行者を見ることがなかったのだが、アルク城でめずらしく出会う。はじめに20代の男性、そのあとすぐに40代の男性、どちらも私と同じくひとり旅の最中だという。“旅は道連れ”よろしく、揃って早めのディナーに行くことに。
選んだ行き先は、地元で人気のレストラン「Chinar(チナル)」。ウズベキスタンの人々は大勢で大皿の食事をとり分けて食べる。何種類も並ぶサラダは、好きな分だけ皿にとる方式。ウズベキスタンはサラダの種類が豊富で、どれもおいしいのだ。キュウリやセロリ、玉ねぎのさっぱりしたサラダやビーツのシンプルなサラダを皿にとる。サワークリームを添えたマンティ(蒸し餃子)やプロフ(ピラフのようなもの)なども美味だが、私には少々オイリーだと感じるメニューにも、付け合わせに野菜がたっぷりあるのはうれしい。
ウズベキスタンは基本は砂漠地帯だが、首都タシケントの東には天山山脈がそびえ、川がいくつも流れている。そのため農業が発展し、葉野菜も豊富なのだ。レストランにはウズベキスタンのワインもあり、少々脂っこくもある料理に合う白を選ぶ。さわやかでフルーティな味わいに満足。ひとりではなかなか何皿も食べられないので、こうやって何人かと集まって食べる夕食はおいしく、楽しいものだ。お互いの旅の無事を願い合いつつ、また会えたらね、と別れる。