BY KYOKO SEKINE
東京都中央区兜町にある東京証券取引所の裏手。静かな通りに面し、大きな看板も出さず、アンティークなビルを利用した斬新なホテルがオープンした。デザインホテルやこだわりのホテルが多い東京だが、こちらは今までとは違う独立系ブティックホテルだ。コンセプトづくりや細部にまで、3名の若武者たちの意思が貫かれたホテル造りには何かを超越したかのような印象がある。

ここはまるでロンドンかと思う印象、これがホテルの前景。右は控えめなエントランス、表には小さなホテルサイン
その主人公3名とは、それぞれに起業家でもある青年たちだ。ホテルの企画・開発・運営を行う岡雄大さん、ブランディングやプロモーションを担当した松井明洋さん、東日本橋・馬喰横山のホステルCITANの仕掛け人でもある本間貴裕さんら3名は、それぞれの感性と頭脳と行動力を結集。ホテル造りのビジョンとして掲げたのは「街づくりに貢献する会社へ」という熱い思いである。ホテル開業と共に、日本橋兜町・茅場町の再活性化を図ろうというプロジェクトが立ち上がった。
3名に話を聞くと、それぞれに溢れ出る“思い”が止まらない。質問の一語一句に対し、視線をそらさず真摯に向き合い語らってくれる彼らへのインタビューは興味深かった。さまざまな視点での話もあるが、ここではスペースも限られているため、ホテル造りや、ホテルについてご紹介しよう。

1923年築、今は歴史的建造物となった重厚感のあるかつての銀行。まさかこれがホテルになるとは……
始まりの始まり、このホテル開業に至るきっかけは、東京証券取引所のビルなど、兜町界隈の不動産を広域に所有する「平和不動産」からの相談だったという。「日本橋兜町を国際金融都市としてより元気にしていきたい」という意思に賛同したのがこのプロジェクトのスタートだ。建物は、1923年築の元銀行だった「兜町第5平和ビル」。ヨーロッパの都市に見るような頑強で重厚感あふれるビル自体は解体せず、躯体を残す方法で、館内をすっかりリノベーションした。
パリ・セーヌ河岸に立ち並ぶ19世紀初頭の建物のように、今では再建が困難な貴重な躯体が残され、新たな息吹が吹きこまれたことにも価値があろう。当然ながら彼らはオーナーとして、耐震改修工事等の建物の安全面の向上も含め、「K5」の誕生と共にある近未来に、エリア全体の魅力を高め、街の活性化をさらに進めるべく行動中である。

上質感のある客室フロア。懐かしさも感じるタイル張りの廊下は、窓に面しているため自然光が入り明るい
ホテル名「K5」の意味はシンプルでわかりやすい。建物名の「兜町第5平和ビル」から、KABUTO(兜)のK、第5の5を組み合わせている。建物内は複合型施設とし、“マイクロ・コンプレックス”という考え方を貫いた。2階から4階はホテルの客室、1階は飲食フロアとなっている。感度の高い人たちが集まる都内の人気レストラン「Kabi」から派生した、新しいレストラン「CAVEMAN(ケイヴマン)」が朝食メニューとディナーコースを提供。ホテル滞在客が楽しめるのはもちろん、同時に外部からの来客も受け入れている。同フロアには話題のコーヒーショップ「SWITCH COFFEE」もあり、田中 開さんと野村空人さんがプロデュースするライブラリーバー「青淵-Ao(アオ)」も出店した。地下1階にはビアホールがあり、ニューヨークのクラフトビールブランド「ブルックリン・ブルワリー」のフラッグシップ店「B(ビー)」が開業し、これまでの日本のホテルらしからぬ店舗づくりと、他にはないフードフロアの展開が楽しめる。

緑の中のカフェ「SWITCH COFFEE」
こだわりのコーヒー、シングルオリジンのドリップなど。営業時間は7:00〜17:00

シックでアンティーク感のあるライブラリーバー「青淵‐Ao」の一角。リラックスできる空間ではお茶や漢方にフォーカスしたカクテルも味わえる。営業時間は15:00〜25:00(LO 24:30)※ 月曜17:00~
客室は20〜80㎡で全20室。テーマとなるのは「都市における自然との共存」であり、空間デザインに採り入れたのは“Returning to the Nature(自然に帰る)”という考え方だという。五感に訴えるべく緑を多く配し、上質な客室空間が生まれた。彼らは部屋を“シンプル”と形容するが、私にはそうは思えない。むしろ、客室内のこだわりを知れば知るほど凝っている。また、斬新な発想ながらデザインが尖り過ぎていないこと、さらに天井が高く開放感があるのも快適だ。そこに使い勝手の良さが加わり、とても上質感が漂っている。このインテリアやプロダクトデザインは、ストックホルムを拠点として活躍する、3名の建築家のパートナーシップ「CLAESSON KOIVISTO RUNE」率いるデザインチームが担当している。

「K5 Loft」<80㎡>
最上級スイートルーム。4.5mの天井高も印象的。植物が置かれ、ダイニングテーブルやミニキッチンも設えられている。採光も充分、“新しさとアンティーク”調和が美しいK5のフラッグシップ

「K5 Loft」<80㎡>
天井から下がる藍染めのカーテン、和紙づかいのランプ、「NATURAL FOUNDATION」の自然派バスアメニティ、そしてレコードとプレーヤーが置かれるなど繊細なこだわりはすべての客室に共通

最上階にあるスイートに置かれる大きなバスタブ
PHOTOGRAPHS: COURTESY OF K5
彼ら3名から聞いた話のすべてを書ききれないのが残念だが、日本にもこうして、「ホテルとは…こうあるべき」という垣根を取り払い、積極的に自分たちの思いを具現化する空間が誕生し始めているのだ。ホテル造りにも次第に世代交代が起こり、日本独自のホテル文化が築かれていくのかもしれない。感度の高い若い力が、ホテルを基地に地域活性化に挑む姿は頼もしく見える。
せきね きょうこ(KYOKO SEKINE)
ホテルジャーナリスト。フランスで19世紀教会建築美術史を専攻した後、スイスの山岳リゾート地で観光案内所に勤務。在職中に住居として4ツ星ホテル生活を経験。以来、ホテルの表裏一体の面白さに魅了され、フリー仏語通訳を経て、94年からジャーナリズムの世界へ。「ホテルマン、環境問題、スパ」の3テーマを中心に、世界各国でホテル、リゾート、旅館、および関係者へのインタビューや取材にあたり、ホテル、スパなどの世界会議にも数多く招かれている。雑誌や新聞などで多数連載を持つかたわら、近年はビジネスホテルのプロデュースや旅館のアドバイザー、ホテルのコンサルタントなどにも活動の場を広げている
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