BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

入り組んだ海岸のせいか、密やかな美しさを魅せる勝浦の海
《BUY&BAR》「THRILLER BEACH BREWERY(スリラー・ビーチ・ブルワリー)」
清冽な“乾杯ビール”を求めに

パチンコ店を改装したという、インダストリアル調の店内
ビールの好みは十人十色だが、「とりあえずはビール!」が口癖の人に味わっていただきたい店がこちら。2024年春にオープンした「THRILLER BEACH BREWERY」である。
ビール作りを手がけるのは、前身は工業系メーカーに携わっていたという笠倉大二郎氏。全く異なる業種からの転身でブルワリーに挑んだ。「ビールは最初の乾杯で、一瞬にして幸せの場作りができるツール。そんな人と人を繋げるモノ作りって、“なんか、いいな”というストレートな気持ちから、人生の舵を切りました」と語る。

美味しさを閉じ込めるように、真剣にビールを注ぐ笠倉さん

タイプの異なる3種類をテイスティング
目指したビールは、さっぱりとして香りが鼻に抜けるような“海風”のような余韻。熱を加えずに酵母の力だけで育まれた、フレッシュなビール作りを掲げている。たとえば、乳糖を用いた甘口の白ビール「極東マリブ」は、6%とやや強めの度数。熟したメロンのようなフレーバーが、魚のマリネやサラダに好適だ。「サンセットサーフマン」は、勝浦の海をエモーショナルに染める夕暮れをイメージ。芳ばしさの中にアプリコットやオレンジのエッセンスが散りばめられた琥珀色のビールで、赤身のステーキの旨みを引き立てる。「波と香りのセッション」は、スキッとした白ぶどうやココナッツの香りに包まれ、焼き魚の味わいをブラッシュアップするという。
早る気持ちを抑え、乾杯の前に目を閉じて深呼吸。記憶に勝浦の海の気配が宿ったところで、躍動感のあるビールを思い切り味わう。テイスティングカウンターでほろ酔い気分になるもよし、瓶ビールを買って宿でじっくり味わうもよし。その夜は鼻腔に抜ける風味を夢枕に、深い眠りに落ちることだろう。

丁寧に作られたビールは、1日にわずか250本しか瓶入れできないとか。ラベルデザインは造形作家・木暮奈津子さんの作品

好みの味わいをオーダーメイドで注文できる「タンクオーダー」(約1000本分)も人気。味の設計から製造までを一環して行う、小規模のブルワリーならでは
住所:千葉県勝浦市勝浦11-1
電話:0470-64-4560
公式サイトはこちら
《BUY》「勝浦塩製作研究所」
月の引力を宿した陰陽の塩

畝をつくって天日に干す、この地道な作業を全て一人でこなす
大人は美味しい塩に目がない。もっと言えば、個人的に美味しい塩を収集している。加熱調理用ではなく、グリルした肉やアクアパッツァ、サラダの仕上げに加えるミネラル感のある塩である。“塩梅”とはよく言ったもので、ひと匙の塩が料理の魅力をぐっと底上げしてくれる。
勝浦にこだわりの塩がある──と聞いて尋ねたのは、店舗をもたず、ひたすら作ることに徹している「勝浦塩製作研究所」という硬派な名称を掲げたファクトリーだ。代表を務めるのは、趣味のサーフィンで世界中の海を渡ってきた田井智之氏。各国の海水を飲むなかで、「勝浦の海水が一番美味しかった」と断言。28年前からこの地に拠点を構え“美味しい海水”の中でサーフィンを楽しみ、海への返礼として2021年から塩を作りはじめた。

晒しの上で、塩を慈しむように篩に掛ける

仕上がった海の恵みはご覧のとおり、神聖な美しさに満ちている
塩は「満月」と「新月」の2種類のみ。その名の通り、満月と新月の日にだけ海水を汲み、プリミティブな製法を貫く。まず、汲み上げた2tの海水は350ℓずつにわけ、攪拌しながら薪釜で熱する。薪をくべること1日12時間、それを4日間続けることで2tの海水はようやく理想の濃度に凝縮。約2日かけて天日干しをして、きめ細かな結晶になるよう全てを篩にかける。ようやく一息ついたところで、次の月の満ち引きが訪れる。

店舗をもたないため、地元の道の駅やオンラインで求めることができる
「満月」と「新月」にこだわる理由は、月の引力によって塩分濃度や成分までも変わるためとか。新月の塩はカルシウムが豊富で、まろやかな味わい。サラダに振りかけると野菜の輪郭が際立つ。一方、満月の塩はマグネシウム成分に富み、コクが深いため肉料理や天ぷらにフィットするそうだ。取材後に2種類の塩を買い求めたことは言うに及ばず。私の塩コレクションの中でもヘビーローテーションで登場し、料理の腕を補ってくれている。

2台の自作の釜が並ぶ工房。残念ながら見学は不可

勝浦の海水が世界一美味しいと語る田井智之氏
《STAY》「離れ 風月-FUGETSU」
愛犬と美食を楽しむオーベルジュ

メインの熟成肉はトリュフソースとスモーク岩塩で楽しむ
愛犬を連れて心置きなく旅を楽しめる「離れ 風月-FUGETSU」。ここ勝浦にオープンしたのは、2024年夏のことだ。予約が途切れない理由は指折りあげられるが、その筆頭がゲストルームで味わうフルコースにある。レストランを完備していないため、食事は事前予約制となるが、愛犬と部屋でくつろぎながらセントラルキッチンで調理したフルコースを楽しめる。
取材に訪れたのは初冬の折。マッシュルームのポタージュにはじまり、伊勢海老と玉味噌のホワイトソース、牛タンと生ハム出汁のおでん、メインを飾る熟成肉から松茸の炊き込みご飯まで。美食家の心を虜にするメニューが連なる。

入口に設けられた熟成肉専用の鮮度保存冷蔵庫。夕食への期待が高まる

石と木をテーマに据えた、洗練されたインテリア。犬が滑りにくい床材を使用するなど細部に工夫が散りばめられて
館内はパブリックスペースがなく、ゲストルームですべてが完結するように設計。キッチン付きの天井の高いリビング、ドッグランやプールを設えた開放的な庭、その庭とつながる半露天のバスルームなど、愛犬家ならずとも心惹かれる要素が凝縮している。4部屋のみというプライベート感に加え、全てが異なる趣にデザインされているため幾度も訪れる楽しみもある。一足早い春の陽射しをもとめ、房総半島の南を目指してはいかがだろう。

水風呂とお湯の浴槽を行き来しながら心身を整えたい

海辺の建物らしい開放感が心地よい
住所:千葉県勝浦市興津2492-3
電話:090-4577-8700
公式サイトはこちら
4回にわたって紹介した外房の旅。訪れる以前は「近くて遠い場所」──と感じていたが、今回の旅で心の距離はぐっと縮まった。太陽が恋しい冬にこそ、遮るもののない陽光と海風の交差する、この土地を訪れてはいかがだろう。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。
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