彼が垣間見せた素顔は機知に富み、ひと癖もふた癖もあり、心を打つ情感をたたえていた。それは彼が写し出す世界にぴったりと重なっていた

BY AUGUSTEN BURROUGHS, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

画像6: PHOTOGRAPH BY WILLIAM EGGLESTON

PHOTOGRAPH BY WILLIAM EGGLESTON

 僕たちはエグルストン・トラストのオフィスを後にして彼のアパートへと向かった。入った途端、目に飛び込んできたのは、黄色の縁取りがされた真っ赤なプラスチックのプレートだ。白いゴシック体の大文字で警告のメッセージが書かれている。

「このアパートの住人は、アルコールが原因の病気を患い、最近入院していました。現在治療中でアルコール の一日あたりの摂取量が規定されています。もしも規 定量以上のアルコールを持ち込むと、彼の命は危険に さらされます。入出者の名前はすべて記録されており、 われわれはこの警告に背く人を訴えます。エグルストン家」。こんなものを見れば動揺せざるをえない。僕は胸が張り裂けそうだった。僕自身が数十年間、身体が震えたり、蜘蛛の幻覚を見たりするようなアルコール依存症だったから。玄関を通り抜ける間、僕の頭には グルグルといろんな思いが駆け巡っていた。「僕もこのプレートが欲しい」とか「アルコール依存症者に飲酒を許す治療法なんてあるのか? 僕が酒に溺れていたとき、そんな治療をする医者はどこにいたんだろう」とか。

 アルコールが撮影の妨げになったことはあるかどうか、僕は聞いてみた。彼は「酒を飲んだあとに撮影で きたためしは一度もない」と打ち明けた。「単にできないのさ。もしかしたら......いや、やっぱりなぜかはわからない。酔っぱらったせいで写真が撮れなくなるの ではなく、1、2杯飲んだだけで撮影する気がまるで失せてしまうんだよ」。エグルストンは、ベーゼンドルファーのコンサートグランドピアノの前に置かれた椅子に腰かけた。氷とバーボンが注がれ水滴のついたタ ンブラーが焦げ跡のあるコースターに載って、ピアノ のフレームに直接置かれている。その横には、休みなく灰を受ける灰皿。グラスに手を伸ばし、ちびちびと音を立てながらバーボンをすするうちに、彼の身体が 明らかに緩んでいくのがわかった。その安堵感のよう なものを僕はとてもよく知っている。「まずはこれを飲 み干すとするか」と彼は僕に向かって言った。しかし一杯飲み終えると、すぐまたもう一杯飲みたくなる。 一杯つき合わないかと誘われたが、僕はもう酒は飲まない、いったん飲み出すとやめられなくなるからと断 った。彼は「まあ、私はやめようと思えばやめられる が、あともう一杯ってところかな」とつぶやいた。

 水滴のしたたる飲み物をピアノの上に置いて、エグルストンはブロードウェイ・ミュージカル『ショウ・ボート』のナンバー「オール・マン・リバー」を弾いている。だが、この曲だとわかったのは一部だけで、その他は彼の器用な指使いに導かれて、さまよったり曲がりくねったり、探検に出かけたりした。始まりも終わりもわからないまま20分ほど演奏が続いたが、音がはずれたことは一度もなかった。

「あなたって天才ですか?」と僕は聞いた。するとピアノの鍵盤から指をパッと離して宙に浮かせ、彼はくるりとこちらを向いた。まるで僕が「あなた、トイレットペーパー使ってます?」とでも聞いたみたいに、 露骨に“信じられない!”という表情をして。彼の眼はグレーがかった青色で、瞳孔のまわりだけはハチミツ色を帯びている。その眼が僕の眼を捉えた。ため息まじりに、哀れむような声でもの憂げに彼は答えた。「ああ、そのとおりさ」。エグルストンが言いたかったメッセージは明らかだった。“一日じゅう私といたのに、まだわからなかったのかい?”

ALL WILLIAM EGGLESTON IMAGES: ‘‘UNTITLED’’ FROM ‘‘THE DEMOCRATIC FOREST,’’ CIRCA 1983-1986 ©EGGLESTON ARTISTIC TRUST. COURTESY DAVID ZWIRNER, NEW YORK/LONDON

 

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