BY MASANOBU MATSUMOTO, PHOTOGRAPHS BY YASUYUKI TAKAGI
7月1日、美術家ジョシュ・スパーリングは、六本木にあるアートギャラリー「ペロタン東京」で、2日後からはじまる個展の作品設営の真っただなかにいた。ニューヨークから運んできた木箱から、彼はカラフルで奇妙な“スクイグル(くねくねした線やかたち)”のオブジェを取り出し、図面を見ながらひとつひとつ壁に掛けていく。一面がガラス張りになったこの展示スペースは、ビルの中庭からのぞき見ることができ、通行人の多くは立ち止まって、徐々に完成していく色鮮やかな展示風景に、興味深そうに目を向けていった。
ひと目で人の関心を惹くほどの視覚的なインパクトがある――この作品は、ジョシュの代名詞“スカルプチャー・ペインティング(絵画と彫刻の要素をミックスさせたもの)”の新作だ。彼は、木板を切り出して立体的に成形し、さらにキャンバスで覆ったシェイプト・キャンバスと呼ばれるモチーフをいくつも使って、グラフィカルなインスタレーション作品に仕上げる。企業のグラフィックデザイナー、また木工ワーカーとしてもキャリアを積んだジョシュの、2つのスキルを融合した表現スタイルだ。
「また、“絵画的経験”も僕の作品の重要な要素のひとつ」とジョシュは説明する。「僕は子どもの頃からずっと画家を目指し、いわゆるオーセンティックな絵画も描いてきた。キャンバスという絵画の伝統的な素材を用いているのは、自分の作品が過去の絵画史と繋がったものであるという意志表明であり、これは絵画の新しい挑戦でもあるんだ」
抽象的で遊び心にあふれた彼の作品は、特にフランク・ステラの作品をはじめ60年代から70年代に隆盛したミニマルアート、80年代に流行したデザイン集団「メンフィス」のオブジェや家具からインスピレーションを得ているという。さらに、街中に見られる抽象的なサイネージやポップ的なもの、SF映画に登場するようなグーギー建築(戦後、LAで生まれた幾何学的な建築スタイル)にも。
「僕は1984年生まれ。わかりやすく言えば、90年代にMTV(ポップミュージックビデオを放送する音楽専門チャンネル)を観て育った世代なんだ。そのときに観たビデオ・コンテンツには、たとえばメンフィスに影響を受けたものも多くあって、それらのイメージは僕の頭に焼きついている」とジョシュは付け加える。
その意味で、彼の作品は、20世紀初頭にはじめて抽象絵画を自覚的に描いたワシリー・カンディンスキーのような作品とは趣が異なると言えるだろう。カンディンスキーは、絵画の中で、現実にはない幾何学的な配置の美しさを探求した。一方、ジョシュのアートは、過去の美術史的なエレメントに加え、そうした抽象的なモノがすでに日常に存在する現代の、さまざまな要素を練りあげながら生み出されている。彼の作品が、同時代的であり、また新しい抽象芸術のムーブメントを暗示させるものとして注目を集めているのは、おそらくそのためだ。