フランク・ステラのミニマリズム抽象芸術作品は、彼がまだ駆け出しだった頃、目指すべき絵画の方向性を見直す指標となった。今、キャリアの終盤にあたり、83歳のアーティストが自身の若かりし頃を振り返る

BY MEGAN O’GRADY, PHOTOGRAPHS BY DOUG DUBOIS, TRANSLATED BY HARU HODAKA

 宇宙で煌(きら)めく星々には、住所というものはない。そのかわりに座標軸がある。地球上で、星のように周囲を照らす、影響力の大きな人物にも同じことが言える。11月のあるどんよりとした朝、私はGPSを頼りに、ハドソンバレー地区の何の変哲もないビル群に向かっていた。土砂降りの雨の中、なんだか不吉な予感がしたが、道端に鋳造アルミニウムとステンレス・スチールでできた巨大な彫刻の数々を見つけたとき、きっとここに違いないと思った。作品のいくつかが、はっとするほど際立った形をしていたからだ。そして、ちょうどいい目印として、入り口を示す板に「ステラ」という名前がスプレーでペイントされていた。

画像: FRANK STELLA(フランク・ステラ)。2019年12月18日、ニューヨーク北部の彼のスタジオにて。この秋、リッジフィールドのアルドリッチ現代美術館で彼の展覧会が開催予定。ここでは50年前に彼の初の個展が開催された

FRANK STELLA(フランク・ステラ)。2019年12月18日、ニューヨーク北部の彼のスタジオにて。この秋、リッジフィールドのアルドリッチ現代美術館で彼の展覧会が開催予定。ここでは50年前に彼の初の個展が開催された

 マンハッタンから車で90分ほど北に走ったところにある、飛行機の格納庫のような形のこの建物は、過去20年間、フランク・ステラのスタジオとして機能してきた。その広大なスペースは、歩いて回るより、ゴルフカートで移動するのがちょうどいいほどで、作品を作る場とそれを展示するスペースのふたつに分かれている。私は、この空間にさまざまな種類の星があることに気づいた。一番大きな星には角が12あり、つやつやした黒いカーボンファイバーでできている。縦横それぞれ6メートル以上の大きさがあり、ぷっくりと印象的で、そこはかとなくおかしみが漂う。その隣にあるのは、うまい具合に組み合わされた木製のふたつの星のセットで、片方はチーク材、もうひとつは白樺でできている。複雑な形をしているが、工作技術は粗っぽい。ダ・ヴィンチが描いた“プラトンの立体(正多面体)”のイラストに少し似ている。より未来っぽい形をしているのは、研磨されたステンレス・スチール製のちょっと小ぶりのふたつの星だ。バックミンスター・フラーがもし巨人たちのために猫用おもちゃを作ったら、こんなふうだったろうと思えるような形だ。近くで見ると、星の一番下の角部分に備えつけの台があるのがわかる。まるで小さな靴のようだ。つまり、この星たちの足は地面に植え込まれているわけだ。

 それは作者自身も同様だ。ステラはカーキ色のパンツをはき、「チーム・ステラ」と白く刺しゅうされた青いフリースのジップアップを着ている。現在83歳の彼は、昔から気骨があり、気取らない性格で知られている。トレードマークの巻き毛と眼鏡もずっと変わっていない。この男こそが、60年前に「目の前に見えているものがすべてだ」と宣言し、ミニマリズムに有名なキャッチフレーズを与えたのだ。彼の言葉は、芸術のありうる姿や可能性を広げるためのエールであり、また同時に、アートに何が不要なのかもあぶり出したのだった。60年代からずっと、アメリカのアート界という宇宙において、北極星のような役割を果たしてきた彼は、ビジュアル表現において、アンディ・ウォーホルと同じぐらい強い影響力をもつとも言われてきた。

 一気に有名になり、自らの評判やプレッシャーに押しつぶされていった20世紀半ばの多くのアーティストたちとは違い、ステラは新しいフォルムや素材やテクノロジーを使って、常に自分を進化させてきた。平面のキャンバスに限界を感じると、ハーマン・メルヴィルの小説『白鯨』とポーランドの村々からヒントを得たレリーフ作品を作った。1980年代から90年代にかけて、彼はレースカーや、ジェットエンジンが裏返しになったような形の金属の彫刻や、鮮やかな色の物体──たとえば、三角錐や石柱をドラマティックに寄せ集め、グラフィティ風筆遣いで味つけした立体コラージュ──でキャンバスを覆った、扱いに困るような巨大な作品を作った。まるで1987年公開の映画『ウォール街』でチャーリー・シーンが演じた主人公の家に飾られていそうなテイストだ。ミニマリズム絵画のゴッドファーザーが、現代バロックの推進者に転身してしまったことは、批評家たちにとっては、長年、まったく理解できない謎だった。

画像: 《白鯨》シリーズ (1985年-’97年)より《Ambergris》(1993年) 〈註:龍涎香(りゅう ぜんこう)の意。 鯨の腸内の結石で香料の一種〉 FRANK STELLA, “AMBERGRIS,” 1993, FROM THE “MOBY-DICK DECKLE EDGES” SERIES, LITHOGRAPH, ETCHING, AQUATINT, RELIEF, ENGRAVING AND SCREEN PRINT ON TGL HANDMADE PAPER, COURTESY OF THE NATIONAL GALLERY OF ART © 2020 FRANK STELLA/ARTISTS RIGHTS SOCIETY (ARS), NEW YORK

《白鯨》シリーズ (1985年-’97年)より《Ambergris》(1993年) 〈註:龍涎香(りゅう ぜんこう)の意。 鯨の腸内の結石で香料の一種〉
FRANK STELLA, “AMBERGRIS,” 1993, FROM THE “MOBY-DICK DECKLE EDGES” SERIES, LITHOGRAPH, ETCHING, AQUATINT, RELIEF, ENGRAVING AND SCREEN PRINT ON TGL HANDMADE PAPER, COURTESY OF THE NATIONAL GALLERY OF ART © 2020 FRANK STELLA/ARTISTS RIGHTS SOCIETY (ARS), NEW YORK

 彼が何十年にもわたって作品を創造しつづけ、第一線で活躍してこられた秘密は、輝かしく燃え上がる情熱の炎をいかにうまく調節し、バランスよく使ったか、ということに尽きるだろう。私が彼に会ったのは、ちょうど彼の5人目の孫のソフィが生まれた頃だった(5人の孫がいるステラは、1978年に小児科医のハリエット・マクガークと結婚し、それ以来、彼が60年代に購入したグリニッチビレッジの家にずっとふたりで住んでいる。彼の最初の妻は芸術批評家のバーバラ・ローズだ)。彼には自傷的な衝動はまるでないようで、ドラッグなどにはいっさい手を出したことがないという。悪いことをした経験は本当に一度もないのかと聞くと、答えをはぐらかし「妻に聞いてくれ」とぶっきらぼうに言った。

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