BY MASANOBU MATSUMOTO
『あるがままのアート』|東京藝術大学大学美術館
鬼なのか、はたまた別の架空の動物なのか。棘がたくさんついた生き物の土偶は、澤田真一による作品だ。18歳のときに陶芸に出会った彼は、いわゆる美術や工芸の専門的な教育を受けず、自由に創作を行ってきた。展覧会で発表するためでもなく、売るためでもなく。しかし一転、その作品がキュレーターの目にとまったことで、2013年に国際的な現代アート展ベネチア・ビエンナーレで展示され、一躍世界的に注目を集めた。

澤田真一《無題》制作年不詳
COURTESY OF THE SPECIAL EXHIBITION “ART AS IT IS: EXPRESSIONS FROM THE OBSCURE”
こうした作品は「アール・ブリュット」と呼ばれ、いま、アートシーンの大きな潮流のひとつになっている。この言葉はフランス人画家ジャン・デュビュッフェが提唱したもので、正規の美術教育を受けていない人、とりわけ自閉症やひきこもり、高齢になって仕事をリタイアしたのちに生きがいとして創作を行なっている人たちの作品を広く指す。アール・ブリュットの概念を軸に、人知れず、またアートのトレンドやマーケット的な戦略にとらわれず、自分の思うままに制作を行なっている作家たちに光を当てた展覧会が『あるがままのアート』展だ。

長恵の作品展示風景
PHOTOGRAPH BY MASANOBU MATSUMOTO
長らく福祉施設で働いてきた長 恵は、退職後、絵画制作に没頭する。描かれるのはハンドベルを持った独自のキャラクター「天子」。「ドラえもん」に着想を得たものだというが、クリスチャンである長の信仰心が覗く被写体だ。こうした絵画はじつは、果物を運送するダンボール箱など身近なものに描かれている。長の日々の延長線上にこうした創作がある証だ。
渡邊義紘の動物のオブジェは、落ち葉でできている。冬の初めクヌギの葉が落ち始めたとき、渡邊は山でなるべく大きく柔らかい葉っぱを広い、干からびないうちに作品をつくるのだという。ネズミ、牛、蛇、ヤギといった干支シリーズに加え、サイやゾウなども。ヒヅメから尻尾まで丁寧に再現した動物たちが、会場では一緒に行進しているかのように展示され、鑑賞者の目を楽しませる。

渡邊義紘《折り葉の動物たち》2003年-
PHOTOGRAPH BY MASANOBU MATSUMOTO
こうしたアール・ブリュット的な実践をいち早く取り入れてきた福祉施設が日本にはある。鹿児島県の「しょうぶ学園」だ。ここにある「布の工房」では施設の利用者とともに布や刺しゅうを使ったnui projectを行なってきた。高田幸恵もその作家のひとり。会場には、さまざまな色の糸を縫い付けた着物のほか、テキスタイル作品が並ぶ。

高田幸恵《無題》2006年
PHOTOGRAPH BY MASANOBU MATSUMOTO
人はなぜものをつくるのか。それはどういった欲望の現れなのか——。こうした“あるがまま”の作品は、芸術とは何か、ひいては人間とは何かといった根源的で本質的な問いを見る者に突きつける。なおこの展覧会は、障害や距離時間などの制限を超えてアートを楽しむための施策を行なっている。ひとつはオンラインでのバーチャル作品鑑賞。またカメラ付きロボットを遠隔操作しながら会場の様子を楽しめる「ロボット鑑賞会」も実施されている。