気候変動が日に日に加速する世界。いま、コンテンポラリーアートの旗手たちが、不安な現状に立ち向かおうと行動を起こしている。それは作品としての発表であったり、社会にメッセージを発する活動であったりと多種多様だ。環境問題におけるアートの役割についての考察を3回にわたってお届けする

BY ZOС LESCAZE, TRANSLATED BY YUMIKO UEHARA

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 環境意識の高いコンテンポラリーアートという発想自体が矛盾だという意見もある。アートの世界は、ほとんど滑稽なほど、気候変動への対応という点では力不足だ。何しろ抑えのきかない退廃的欲望の上でこそ、この商業セクターは回っているのだから。昨年11月に『アート・バーゼル・マイアミビーチ』が開催されたときには、ビーチ前に広がるビスケーン湾に停泊する船や湾内の人工島のウォーターフロントハウスに、高級シャンパンがヨットで配達されるコンシェルジュサービスが登場した。30,000ドルを支払うと、ヴィンテージもののシャンパン33種類のボトルとキャビアが届けられるのだ。美術品販売業者が芸術家を接待するディナーなら、こぶし大ほどのトリュフが添えられるのは当たり前。コレクターが有益な情報をもたらしたアドバイザーをねぎらうなら、高級ブランドのバッグを惜しげもなく配ることも珍しくない。そうした派手な消費主義を高尚な思想で包もうとするのは、むしろ自虐的と言えなくもない。

 そもそも画廊の運営は多くの場合、過剰であることが当然なのだ。容易に模倣されるのを防ぐ効果があるが、環境には有害である。『フリーズ』や『アート・バーゼル』といったアートフェアは年間を通じて世界の各都市で開催されるが、立派な仮設会場はパーティが終われば壊され、参加者はプライベートジェットで飛び去って、また別の会場に集まる。芸術産業における環境負荷軽減を目指す国際的非営利団体ギャラリー気候連合(GCC)の運営理事ヒース・ロウンズは、アートフェアは「その性質からいって、本来サステナブルではない」と述べる。「『フリーズ』のことを考えてみればわかる。あくまで一時的な催しだ。たった5日間のために小さな町をつくるようなものだ」

 GCCに加盟する画廊は、運営に伴う炭素排出量を計算し、2030年までに最低50%を削減するという誓約をする。現在は画廊だけでなく、美術館、オークションハウス、運送会社、非営利団体、芸術家、アートアドバイザーなど、700人/社が会員として名を連ねており、その一部は炭素排出量についての報告書を一般公開している。たとえばロンドンとイタリアのナポリに画廊を持つトーマス・デイン・ギャラリーは、2018~19年度の美術品の輸送に伴うCO2排出量が約100トンだったことを報告した。世界各地に14の画廊を持ち、数十人の芸術家および不動産のマネジメントを行っているスイスのギャラリー、ハウザー&ワースは、2019年に8,600トン近いCO2を排出したと報告し、そのうち半分以上が美術品の輸送によるものだったことを明らかにした。

 GCCの活動には保険会社へのロビー活動も含まれている。契約書の雛型では船便ではなく航空便の使用が必然性もなく指定されているので、その訂正を要求しているのだ。ほかにも、展示用の備品(台座など)と出荷用資材(木箱、カバー、その他の梱包資材)を画廊同士で共有し、再利用しあえるネットワークもつくっている。だが、おそらく最大の試練は、手軽な満足に慣れてしまった大物コレクターたちの意識を修正していくことだろう。船便にこだわったり、「みっともない」リサイクルの梱包資材を使ったりすると、コレクターが購入をしぶるのではないか──と、画廊経営者たちは懸念を示すのだという。ロウンズに言わせれば、これは「技術的な問題」ではなく「社会的な障壁」だ。

 さらに明白な矛盾点として、一般的に商業セクターよりも道徳的ステイタスが高いと見られている美術館という組織は、まさしく気候変動に大きく加担している民間企業からの資本に頼っている。気候変動研究者のチヴァースは、美術専門紙『The Art Newspaper』に寄稿した最近の記事で、イタリアのルネサンス期に多くの芸術品を蒐集したことで知られるメディチ家を引き合いに出しながら、「現代において芸術品で評判ロンダリングをしているのは、メディチ家ではない。企業や富豪だ」と指摘した。「化石燃料産業の大手企業や、そうした企業に資金を供給する銀行も含まれる」。多くの美術館は「過去5年間で石油会社からの後援とは縁を切った。だが、ロンドンの大英博物館を含め一部は今もBP(註:イギリスに本社を置く、石油・ガス等エネルギー関連事業を展開する企業)などの後援を受けている。気候変動に対する最大の責任を負う企業に、いつわりの社会的ステイタスを与えているのだ」

 美術館側は、たいていこんなふうに反論する──企業からの支援に交換条件は求められていない、スポンサーが展示内容に影響を与えることはない、と。だが現実問題として、文化遺産を守るという使命をもつ主な機関のほぼすべてが、程度の差はあれ、地球環境の破壊に関与している民間企業や個人によって何らかの形で支えられている。活動家はこれを「有害な慈善活動」と呼ぶが、特にニューヨークでは、文化財保護に関わる人物の人権侵害と見られる行為に抗議が殺到することが多い。2019年には、ホイットニー美術館の評議員を務めていたウォーレン・カンダースが、自身の経営する会社が催涙ガス兵器を製造していることを糾弾され、評議員を辞任した。同年にソロモン・R・グッゲンハイム美術館とメトロポリタン美術館は、依存症問題が深刻化している鎮痛剤オピオイドを広めたという理由で、当該の製薬会社を所有する富豪サックラー家からの寄付を拒否する方針を決めた。さらに2021年には、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の理事長を務めていた投資家レオン・ブラックが、性犯罪で起訴されたジェフリー・エプスタインとのあいだに財政面で近しいつながりがあったことを芸術家や活動家から批判され、理事長選に再出馬しないことに同意した。

 美術館運営側の人権侵害行為は糾弾されるというのに、いつになったら、それと同じくらいの激しい怒りが彼らの環境危機対策にも向けられるようになるのだろうか。たとえばメトロポリタン美術館では、入館する際に正面入り口に置かれたラスベガス風の噴水のそばを通らなければならないことに対するバッシングが起きた。2019年に死去するまで気候変動の存在を否定し続けた富豪、デイヴィッド・コークが噴水周辺の工事費用を出しており、噴水広場にコークの名前がついているからだ。グリーンピースによれば、コークは「世間を科学コミュニティに対して反発させる取り組みに、積極的に資金を提供していた」人物だ。昨年春には、MoMA理事として多くの寄贈もしているコレクター、パトリシア・フェルプス・デ・シスネロスを非難するデモが何件か起きている。彼女の夫で実業家のグスタボ・シスネロスが、13カ国で金および銅の採掘を行う金鉱会社バリック・ゴールドの顧問会議メンバーであるからだ。関連した抗議活動の代表的メンバーであり、彫刻家でインスタレーション・アーティストのマイケル・ラコウィッツは、「バリック・ゴールドがどんな会社で、シスネロス家のような人々がどんな存在であるかを考えると、そこに見えてくるのは明らかな環境破壊行為だ」と述べる。「南米・中米で、コミュニティまるごと、あるいは土地や河川の各地が汚染されている現実が見えてくるはずだ」

 だが、メトロポリタン美術館の噴水に対するバッシングはほんの一時期だけだったし、ニューヨークにあるその他の美術館では、理事が採掘事業や化石燃料産業とつながりがあっても、特に糾弾される様子はない。投資家ダニエル・オックが経営するヘッジファンドは、リビア、チャド、ニジェール、ギアナ、コンゴでの予備採掘の権利およびエネルギー利権を確保するため、これら諸国の政府高官に賄賂を支払ったとして海外腐敗行為防止法違反で4億1,300万ドルの罰金を科せられた。だが、オック自身は今もデ・シスネロスと並んでMoMA理事を務めている。ホイットニー美術館の役員スーザン・K・ヘスは、夫が原油および天然ガスの調査・生産・売買を行うヘス・コーポレーションのCEOを務めているが、彼女も立場を降ろされてはいない。環境をテーマにした展覧会が、掲げる理念とは裏腹な資金供与を受けたものであるならば、そのイベントはアート界の倫理的不一致を覆い隠す煙幕にすぎないのではないか。パフォーマンス・アーティストとして、主にアート界の硬直した体制を批判する活動をしているアンドレア・フレイザーは、「今のクリティカル・アートやポリティカル・アートは、そうした芸術分野を自画自賛しながら、自分は善人として闘っているのだ、歴史の正しい側にいるのだ、という自己表現の仕事をしています」と批判する。「私たちが問題を解決する立場にいるとは思いません。むしろ問題に加担している側ではないでしょうか」

 現代人が時間の流れというものに対して鈍感になっているのだとすれば、鑑賞者に「おまえはどんな未来を望んでいるのか」と問いかけてくる作品こそ、現代で最も強い発信力をもつ芸術作品と言えるのではないだろうか。今、まさに未来の見通しが不透明になっている時期に、そうした問いを放つ作品も存在している。

 そんな考えが念頭にあって、私は今年2月、ドイツのハルバーシュタットという辺境の町に赴いた。旅の目的は、世界で最もスローな曲の演奏会に行くこと。なんと21年前に演奏が始まり、今もまだ序盤が奏でられている最中なのだ。音楽家ジョン・ケージが作った「Organ2/ASLSP」という前衛的な曲で、2001年に演奏が始まり、終わりは2640年を予定している。もともとは1985年にピアノ用に書かれた曲だが、テンポの指示がなかなか挑発的だった。「As slow as possible(可能な限り最大限にゆっくり)」演奏しろというのだ。ハルバーシュタットの廃教会に、この曲を演奏するための特注の小さな木製オルガンがある。ペダルに砂袋をぶらさげることで、深く低い7音の和音を2020年から響かせ続けてきた。だいたい数年おきに次の和音へ移るので、今年2月、その場面に立ち会う人々が集まったのである。まるで皆既月食を待つときのように、ハラハラし、同時に恭(うやうや)しい気持ちをわかちあいながら、新しい音を待つ。中世に建てられた教会の中に漂う冷たい空気が、人々の緊張とともにふるえている。

画像: ジョン・ケージの曲「Organ2/ASLSP」のオルガン演奏は2001年に始まり、約640年間続く © JOHN CAGE ORGAN FOUNDATION, HALBERSTADT, PHOTO: RONALD GЕTTEL.

ジョン・ケージの曲「Organ2/ASLSP」のオルガン演奏は2001年に始まり、約640年間続く
© JOHN CAGE ORGAN FOUNDATION, HALBERSTADT, PHOTO: RONALD GЕTTEL.

 ジョン・ケージは1987年にこの曲をオルガン用に仕立て直した。彼の死から数年がたった1998年に、作曲家、オルガン奏者、哲学者、音楽学者らのグループが、木製オルガンの耐久年数を踏まえて最大どれくらい「ゆっくり」演奏できるか、という限界について議論を始めた。こうしてスタートした演奏プロジェクトが無事に最後まで奏で続けられるかどうかは、数世代にわたって人間たちが協力しあい、オルガンの面倒をみていくことができるかどうか、そこにかかっている。オルガンと、オルガンが置かれた聖ブキャルディ教会は、いずれもマグナカルタ(註:1215年に制定され今も効力をもっているイギリスの憲章)よりも古く、維持するためには保全の手を入れていかなければならない。演奏を聴く者は、必然的に、自分の寿命をはるかに超える時間の流れに思いを馳せる。何しろ自分の曾・曾・曾・曾孫すらも最後に立ち会うことのない演奏なのだ。オルガンは、まだ生まれてもいない他者との絆を象徴している。和音のひとつひとつが、次の和音を奏でられるような未来を確実に守ってほしいと訴えかけている。

 今から618年後、演奏がついに終わりを迎える頃には、ハルバーシュタットの町は水没しているかもしれない──と、社会科学の元大学教授ライナー・O・ノイゲバウアーが指摘する。彼はこのプロジェクトをあずかる財団の代表を務めている。水の底でないとしたら、砂漠になっているかもしれない。台風で教会が倒壊しているかもしれない。過去20年間でも、とりわけ強い風が吹いたときに屋根の一部がはがれ、タイルがオルガンのそばに落下したこともあった。しかしノイゲバウアーは、この演奏はきっと生き残り続けると信じている。偉大な芸術は私たちを可能性と結びつける、と彼は語る。

 ついに、見守る私たちの前で、次の和音へと切り替わるときがきた。地元の音楽祭開催事務局長を務めていたウーテ・シャルツ=ローレンツという白髪の女性が、G#の音を響かせていたパイプの砂袋をそっとはずした。オルガンの低音が変わり、よりやわらかな新しい音となった。今後2年間、この和音が廃教会で響いていくのだ。観衆は耳を傾け、音の変化を喜ぶ声をあげた。

 ハルバーシュタットにおけるオルガンプロジェクトが物理的に、あるいは財政的に、この先も生き残るのかどうかは、実際問題としてノイゲバウアーにもわからない。だが、彼が思うに、その不確実性も曲の一部だ。オルガンのほうをさしながら、彼はこう言った。「これが、私が思う希望なのです」

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