現在開催中のKYOTOGRAPHIE京都国際写真祭で、植物の種子を美しいポートレート写真のように捉えたフランス人フォトグラファー、ティエリー・アルドゥアンの展示構成をデザイナーの緒方慎一郎が手がけている

BY MARI MATSUBARA

画像: ©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2023

©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2023

 今年で12回目を迎えたKYOTOGRAPHIE京都国際写真祭2024が5月12日まで開催されている。T JAPANが注目したのは、二条城二の丸御殿 台所・御清所を会場としたティエリー・アルドゥアンの展示だ。彼はパリ国立自然史博物館に収蔵されている世界中のさまざまな種子を撮影し続け、作品は2022年にフランスの出版社Atelier EXBから刊行された写真集『Seed Stories』にまとめられた。今回の展示はこの本が基になっている。

 種子は進化過程において、好ましくない環境から脱したり、新天地を目指したり、生き残るためにさまざまな変化を遂げてきた。羽根や毛を持ったり、軽さを追求してシンプルになったり、トゲだらけの鎧をまとったり、鳥に食べてもらい、運んでもらえるように魅力的な色や外見を備えたり。その驚くべき種子の姿を1点ずつ、ディテールまでくっきりとポートレートのように撮影した写真が秀逸だ。

画像: Thierry Ardouin, SAPINDACEAE — Majidea zanguebarica J. Kirk ex Oliv. Mgambo black-pearl tree ©︎Thierry Ardouin / Tendance Floue / MNHN

Thierry Ardouin, SAPINDACEAE — Majidea zanguebarica J. Kirk ex Oliv.
Mgambo black-pearl tree

©︎Thierry Ardouin / Tendance Floue / MNHN

 ところがこの写真展、最初の部屋(Room1)には写真が展示されていない。薄暗い板の間の広い空間に裸電球のようなものがいくつも吊り下がっているのが見えるだけ。近づくと、しずく型のガラスの容器にはそれぞれ異なる種類の種子が入っており、コードの先のLED豆ライトがそれを照らしている。

画像: [Room1エントランス]では種子が世界を旅するという話をもとにした、空中に浮遊するようなインスタレーション。ガラス器の中に1種類ずつ種子が入っており、豆ライトが照らしている ©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2023

[Room1エントランス]では種子が世界を旅するという話をもとにした、空中に浮遊するようなインスタレーション。ガラス器の中に1種類ずつ種子が入っており、豆ライトが照らしている

©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2023

 この写真展の会場構成を手がけた緒方慎一郎に話を聞いた。

「種子という作品のテーマから、生命の起源や万物は陰と陽で成り立っているということをコンセプトにしました。そこから、白と黒、光と影、ミクロとマクロの対比へと発展させ、そのイメージを3つの部屋に投影しています。ティエリーの作品を見せる前のイントロダクションとして、Room1では種子が世界中を旅するという彼の言葉から、空間に種子が浮遊するようなイメージを、一つ一つのガラス玉に異なる種類の種子を入れて演出しています」

「次の部屋に進むとRoom2は黒の世界です。暗闇の中に立つ、レンズが嵌め込まれた黒い直方体を覗きこんで、ティエリーのプリント写真を鑑賞します。種子というミクロな生命の神秘や、驚くべき姿形を、顕微鏡で集中して観察するようなイメージです」

画像: 目が慣れないと進めないほど暗い[Room2小宇宙 Microcosm]には黒い直方体のケースが並び、一つ一つを覗き込んで種子の写真作品を鑑賞する ©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2023

目が慣れないと進めないほど暗い[Room2小宇宙 Microcosm]には黒い直方体のケースが並び、一つ一つを覗き込んで種子の写真作品を鑑賞する

©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2023

画像: 南ヨーロッパ原産のマメ科の植物、ムーン・トレフォイルの種子の写真を、レンズ付き直方体ケースから覗く ©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2023

南ヨーロッパ原産のマメ科の植物、ムーン・トレフォイルの種子の写真を、レンズ付き直方体ケースから覗く

©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2023

「Room3は一転して白い世界。障子越しに柔らかい光が満ち溢れ、白バックで撮影され大判プリントにした種子の写真が並びます。日の光を浴びて明るく、生命力がみなぎるさまを表現しています」

画像: [Room3大宇宙 Macrocosm]は白バックで撮影された種子の大判プリントが並ぶ。昆虫を思わせる形状や、精巧なオブジェのような美しさに驚かされる ©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2023

[Room3大宇宙 Macrocosm]は白バックで撮影された種子の大判プリントが並ぶ。昆虫を思わせる形状や、精巧なオブジェのような美しさに驚かされる

©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2023

「最後の部屋のRoom4は陰と陽のミックスで、白バックと黒バックの作品両方を対峙させ、白い光と黒い屏風の対比で見せます。屏風の左4扇の作品は、九条ねぎや大原の赤紫蘇など、日本の京野菜の種子をアルドゥアンが今回のために撮り下ろしたものです」

画像: [Room4宇宙的なフォルムと人為選択 From cosmic shapes to human selection]にて。黒と白、闇と光が共存する部屋 ©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2023

[Room4宇宙的なフォルムと人為選択 From cosmic shapes to human selection]にて。黒と白、闇と光が共存する部屋

©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2023

 ふだんは自身の会社SIMPLICITY代表として、経営する東京の〈八雲茶寮〉やパリの〈OGATA Paris〉など飲食施設の空間から什器、食までをトータルにデザインする緒方にとって、写真展の会場デザインは初めての試みだったが、不安はなかったと言う。

「気持ちよくご飯を食べるための空間とは?と考えるのと、美しい写真をどのような環境で鑑賞するのがいいかを検討するのは、根本的にはそれほど変わりはないと思っています。また、以前に東京大学所蔵の学術標本を公開する〈インターメディアテク〉の内部空間をデザインした経験が、今回に役立ちました。こうした博物学的なテーマは自分が好きな分野でもあります」

画像: 京都アサヒ米のポートレート ©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2023

京都アサヒ米のポートレート

©︎ Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2023

 ティエリー・アルドゥアンは種子の写真を撮り続けてきた理由をこう語る。
「もともと農業をテーマに何か作品を作れないかと考え、その切り口を探していました。フランスはご存じの通り農業大国ですから。ある時、農家向けの種苗カタログを見たとき、リンゴなら10種類ぐらいしか載っていないことに気づきました。本来リンゴの品種は700以上あるはずなのに、ほんの一部だけしか流通していないのはなぜだろうと。一方で、非合法に種子を交換し栽培している人もいます。生産性を高めるために、収穫物から種子を取らずに翌年またカタログから種子を購入することや、人間の都合の良いように品種改良をしてきた歴史にも目を開かされました。最初はジャーナリスティックな視点から関心を持った『種子』というテーマを、自分は写真家なのだから、美しいポートレートとして追求し提示しなければと考えたのです」

 日頃しげしげと見つめることのなかった種子の思いもよらぬ形や、彫刻のような美しさを発見させてくれるアルドゥアンの写真作品。その魅力が自然光を生かした古建築の中、緒方の演出によってさらに浮き彫りにされた展示になっている。

画像: ティエリー・アルドゥアン 1961 年生まれ。ティエリー・アルドゥアンは 1991 年にフランスの写真集団 Tendance Floue(タンダンス・フルー)を共同設立。科学者としての教育を受けていたが、1995 年から写真に専念し、人間と自然のつながりをテーマに、中判や大判のカメラを使い、よりゆっくりとしたプロセスへの回帰を試みている。〈Nada〉(2004 年)では、スペインの風景における人間の手の痕跡を写し取った。〈Farmlands〉(2008 年)では、道具と土、自然と文化が行き来する関係を掘り下げた。〈Seed Stories〉では、アルドゥアンは科学機器を使い、自らの作品を限りなく小さなものへと拡張している。現在はパリを拠点に活動し、アート、科学、自然の接点を探求し続けている。 ©Meyer Tendance Floue

ティエリー・アルドゥアン
1961 年生まれ。ティエリー・アルドゥアンは 1991 年にフランスの写真集団 Tendance Floue(タンダンス・フルー)を共同設立。科学者としての教育を受けていたが、1995 年から写真に専念し、人間と自然のつながりをテーマに、中判や大判のカメラを使い、よりゆっくりとしたプロセスへの回帰を試みている。〈Nada〉(2004 年)では、スペインの風景における人間の手の痕跡を写し取った。〈Farmlands〉(2008 年)では、道具と土、自然と文化が行き来する関係を掘り下げた。〈Seed Stories〉では、アルドゥアンは科学機器を使い、自らの作品を限りなく小さなものへと拡張している。現在はパリを拠点に活動し、アート、科学、自然の接点を探求し続けている。

©Meyer Tendance Floue

画像: 緒方 慎一郎 (おがた しんいちろう) SIMPLICITY代表/デザイナー。長崎県生まれ。1998年、SIMPLICITY設立。「現代における日本の文化創造」をコンセプトに、和食料理店「八雲茶寮」「HIGASHI-YAMA Tokyo」、和菓子店「HIGASHIYA」、プロダクトブランド「Sゝゝ[エス]」などを展開。「OGATA」を創業し、2020年フランスに「OGATA Paris」を開店、世界への展開を始める。自社ブランドのみならず、建築、インテリア、プロダクト、グラフィックなど多岐に渡るプロジェクトにおいて、デザインやディレクションを行う。2011年、東京大学総合研究博物館「インターメディアテク」の空間デザイン。同 特任准教授に就任。著書に『HIGASHIYA』(青幻舎)、『喰譜』(東京大学出版会)、『拈華』(青幻舎)、『OGATA』(Rizzoli)。 ©PIERRE BAELEN

緒方 慎一郎 (おがた しんいちろう)
SIMPLICITY代表/デザイナー。長崎県生まれ。1998年、SIMPLICITY設立。「現代における日本の文化創造」をコンセプトに、和食料理店「八雲茶寮」「HIGASHI-YAMA Tokyo」、和菓子店「HIGASHIYA」、プロダクトブランド「Sゝゝ[エス]」などを展開。「OGATA」を創業し、2020年フランスに「OGATA Paris」を開店、世界への展開を始める。自社ブランドのみならず、建築、インテリア、プロダクト、グラフィックなど多岐に渡るプロジェクトにおいて、デザインやディレクションを行う。2011年、東京大学総合研究博物館「インターメディアテク」の空間デザイン。同 特任准教授に就任。著書に『HIGASHIYA』(青幻舎)、『喰譜』(東京大学出版会)、『拈華』(青幻舎)、『OGATA』(Rizzoli)。

©PIERRE BAELEN

[展覧会情報]
ティエリー・アルドゥアン「種子は語る」
会期:4月13日(土)〜5月12日(日)
会場:二条城 二の丸御殿 台所・御清所
住所:京都府京都市中京区二条城町541
時間:9:30〜17:00(最終入場16:00まで)無休
料金:¥1,200(別途二条城入城料¥800必要)
Presented by Van Cleef & Arpels
In collaboration with Atelier EXB

京都国際写真祭 KYOTOGRAPHIE 2024
会期:2024年4月13日(土)〜5月12日(日)
会場:京都市内各所
公式サイトはこちら

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