BY NAOKO ANDO
永青文庫は、とくにこの時期におすすめしたいアート散歩の行き先の一つだ。何しろ、美術館へのアプローチが素晴らしい。緑がしたたる木々のアーチをくぐりながら、美しく整えられた玉砂利を踏み進むと、細川侯爵家の家政所(事務所)として建てられた、昭和初期の建物が見えてくる。
ここで6月23日まで開催されているのが「殿さまのスケッチブック」だ。細川家熊本藩6代藩主の細川重賢(1720〜1785年)は、中国の本草学の影響を受けた博物趣味に熱中した大名のひとり。重賢の姉が嫁いだ高松藩主の松平頼恭(よりたか)とともに、採集したり飼育したりした動植物を彩色で写生し、その情報をメモした「博物図鑑」作りに熱中した。頼恭の図譜から重賢の図譜に転写されたものもあるとの指摘もある。
重賢、頼恭を中心に、こうした博物趣味の大名たちがサロンのように集い、写生図の貸し借りをして見聞を深めた。その様子を想像すると、まるで野球カードや怪獣カードを交換する小学生のよう。何という可愛らしさだろう!
殿さまの名誉のために付け加えると、重賢は税制や刑法の改正、行政機構の見直しを行い、自らも粗衣粗食を実践して、財政難にあった藩政を建て直した名君だったという。
ろうそくの原料となる櫨(はぜ)や紙の原料となる楮(こうぞ)の育成、養蚕などの産業を奨励し、藩校を設立し、庶民にも入学を許して学問を広め、医学校「再春館」や薬園「蕃滋園(ばんじえん)」も開いた。加えて、自ら漢学を学び、俳諧に没頭し、能楽や鷹狩りも頻繁に行ったそうだ。
好奇心旺盛で行動的な“デキる”殿さまが、誠心誠意仕事をこなす合間に「博物図鑑」を開き、頬をゆるめて心をときめかせる。その姿を想像しながら展示を見ているこちらは、殿さまに憧れる江戸時代の町娘にでもなった気分になるではないか。
うっかり脳内がタイムトリップしてしまうのには、展示室にも理由がある。昭和初期の建物には蔵の扉などが残され、展示ケースもクラシックだ。しんとした館内で、思う存分、妄想的鑑賞を楽しむことができる。
これらのスケッチは、記された地名と年号から、参勤交代の道中だったことがわかるものもあるという。また、写生だけでなく、花や葉の実物を採集して押し花や標本にすることもあった。やはりこれらも地名と年号の記録から、参勤交代の合間に採集に勤しんでいたことが明らかだ。九州から江戸までの長い道のりは、大切な仕事とはいえ、博物学的な興味からいえば「たまらない」愉しさに満ちていたことだろう。
なかでも、個人的に「そうそう、集めたくなるよね!」と殿さまの気持ちが痛いほどよくわかるのが、この《白鶴浜吹寄》だ。小さな桜貝などの二枚貝や巻貝の貝殻を分類した木箱は、ビーズやボタンのコレクションのよう。いつまででも眺めていられる。
展示を存分に味わった後は、細川家ゆかりで熊本にあった妙解寺(みょうげじ)から運ばれた石門をくぐり、肥後細川庭園へ。目白台の高台から庭を一望することができる。勾配のある散策路を下ると、回遊式の池と松聲閣が。庭園内にはベンチがふんだんに置かれているので、目白駅前で買ってきたおやつをここで食べながらのんびりするのもいいだろう。
おすすめは、そのまま庭園を散策した後に神田川を渡り、地下鉄メトロ早稲田駅まで約12分歩くルート。来た道を戻って目白台三丁目のバス停に向かうには、急勾配の坂を登らなければならないので注意が必要だ。
**「殿さまのスケッチブック」
会期:~6月23日(日)
会場:永青文庫
住所:東京都文京区目白台1-1-1
公式サイトはこちら