19世紀と20世紀の大半において、化粧品は私たちの身体だけでなく魂まで清めるものとされてきた。私たちはなぜ、ボトルの中に再び心のよりどころを求めるようになったのだろう?

BY ALICE GREGORY, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO, TRANSLATED BY JUNKO KANDA

 オーガニック・パーソナルケアの世界市場は2025年までに250億ドル(約2兆7500億円)を超えると予測されている。マーケットが拡大するにつれ、さまざまなスピリチュアルのごった煮的な、あるいはオカルト的なアイデアに頼るメーカーの数も増えていくだろう。超常エネルギー界や電磁波の流れ、正真正銘の魔法がコンセプトとなってもおかしくない。もはや、農薬を使わずに栽培した原材料を使用しているというだけでは不十分なのだ。今日では、製品に超常のパワーが備わっていることが求められる。情報機器から発生するといわれる放射線の害を相殺する処方をなんとかひねり出そうとしている企業は多く、一方では、肌を保湿するのみならず魂にも栄養を与えるオイルを宣伝する会社もある。

 こんなふうに半ば神秘主義的に、半ば素朴に進化した化粧品の台頭は新しく思えるかもしれないが、それらがもたらすとされる効能は新しくはない。こうした製品は総じて、教育者で社会改革者でもあったオーストリアの神秘思想家、ルドルフ・シュタイナーの思想への回帰を意味している。

子どもの想像力と個性を何よりも重視するシュタイナー教育システムを考案したことで知られるシュタイナーは、1920年代にはバイオダイナミック農法普及の指導者でもあった。バイオダイナミック農法とは、西洋占星術に基づいた栽培法や、たとえば哺乳期の牝牛の糞を角の中に詰めて土中で発酵させ、できた肥料を月が沈みゆく間に穀物の上に撒く、といった手法を実践する農業哲学だ。シュタイナーの教育や農業についての考え方の核にあるのは、人智学である。シュタイナーが生みの親であるこの哲学は、科学とスピリチュアルな要素を融合したものであり、あなたのお気に入りのフェイシャルミストに使われているカモミールの花も含めて、すべての有機物は生命力をもっているという考え方を提唱している。

画像: ヴェレダ創設者であるシュタイナー博士が全身の健康を考えてレシピを考案したロングセラーアイテム。爽快感のあるトニックが頭皮の皮脂バランスを整える オーガニック ヘアトニック <100ml>¥2,000 ヴェレダ・ジャパン フリーダイヤル:0120-86-4485

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 シュタイナーは同時代人からはエキセントリックと見なされていたが、19世紀末までに一般的となった工業的手法ではなく、手作り感のある手法を採用したパーソナルケア製品のマーケットがいずれ台頭することを正しく予見していた。シュタイナーは1920年代の初め、オランダ人の婦人科医とミュンヘン出身の化学者の協力を得て、こうした原理に基づいた製薬ラボラトリー、ヴェレダを設立した。ヴェレダは自然派の化粧品や医薬品を製造したが、原材料の大半は自前のバイオダイナミック農場から調達されたものだ。

ヴェレダが誕生したのは、レーベンスレフォルムと呼ばれる「生活改革」――代替医療やヘルシーフード、裸体主義を推奨する社会運動がドイツで盛んだった頃だ。20世紀初めのドイツで見られたすべての素晴らしいものごとと同様、ヴェレダもやがてナチスによっておとしめられた。ナチス指導者の何人かが、国家が支援する有機農業をひいきにしたのだ(人智学者たちがユダヤ人と親密な関係を保っているという理由で、ヴェレダはナチス政権によって何度も閉鎖直前まで追い込まれた)。1930年までに、人智学は「国家社会主義に真っ向から反するもの」と見なされ、シュタイナーの著作はバイエルンの公立図書館から禁制本として撤去された。

 ヴェレダそのものは生き残ったが、1980年代に入ると、化粧品はスピリチュアルな健康にも責任をもつべきだという考えは片隅に追いやられ、無菌の研究室から生まれた化粧品がうたう意欲的な効能が評価されるようになった。1950年代のアメリカで加工食品ブームが起こり、家庭で焼いた全粒粉パンのような素朴でヘルシーな食べ物が古くさいと見なされるようになったのと同様に、ワンダーブレッド(アメリカを代表する精製小麦粉で作られた真っ白な食パン)に代表される工場生産の食品が現代性の象徴となり、化粧品産業もまた、人間味が希薄なものへと移行していった。

画像: 飛行機の中や花粉の時期、ハンカチに1〜2滴たらして深呼吸。抗菌・抗ウイルス作用のあるフラゴニア精油や ペパーミント精油などが気分をリフレッシュ デ・マミエール アルティテュード オイル <10ml>¥6,000 エスシー コスメティクス フリーダイヤル:0120-936-916

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 しかし今また、バームやクリームには私たちを美しくするだけでなく幸せにすることが期待されている。都塵を離れた英国コッツウォルズ地方の絵のように美しい納屋を出発点とするコスメブランド「イラ」のファクトリーでは、終日、東方の聖歌がスピーカーから流れている。同社の工場は、ヴァーストゥ(インド風水)の僧侶の指示に従って、神聖な幾何学に基づいて設計されている。やはり英国の田園地帯に拠点を置く「デ・マミエール」は、春夏秋冬、季節別のフェイシャルオイルを扱い、いずれも「新たなシーズンに肌と魂を調和させるのをサポートする」製品だとうたっている。

前述の、品質劣化を防ぐラベンダー色のガラス容器を大半の製品に採用している「セラピー・ロックス・オニール」は、“魂のためのパフューム”と呼ばれるチャクラ修復バーム(いわば“妙薬”)や、“天使のキス”と名づけられた、「生命活動にとって不可欠な保護膜、内なる自己認識を取り戻すのを助けるベール」をつくるスプレーを製造している。こうした企業はいずれも、若々しく見える肌だけでなく、とらえ難いけれどアンチエイジングと同様にパワフルな効能─すなわち“希望”を提供しようとしているのだ。それは真の意味で、私たちが自分を高めるチャンスについに巡り合えるかもしれないという希望だ。

 文化的流行現象ともいうべき今日のオーガニック・フードや地産地消のブームは、地球が火ぶくれして衰えるにつれて高まってきた。今や自然崇拝に身を投じている私たちは、南極の氷山の崩壊や年々減少するミツバチ、そのために受粉されることができなくなった花といった事象への恐怖を認識し、ほんの数年前にはありえなかったほどその緊急性を強く感じている。その理由は今さら言うまでもない。いずれも、パリ協定からアメリカが離脱することによってさらに悪化する事態だ。

世界がスピードアップし、これまでの権威が崩壊するにともなって、私たちは素朴な魔法、自然の恵みの中にだけ見つけることができるシンプルな美しさや心地よさへと回帰していく。未来がこれほど不透明な今、これは当然ではないだろうか? 私たちが小さな魔法を信じたくなるのも無理のないことだ。この世は見かけほど悪くはないと私たちを信じさせてくれる、そんなローションをほしがらない人がどこにいるだろう? ――せめてそれを肌に塗っているあいだだけでも。

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