BY NAOKO AONO, PHOTOGRAPH BY YASUYUKI TAKAGI, EDITED BY JUN ISHIDA

ベルリン<ピエール・ブーレーズ・ザール>作曲家、ピエール・ブーレーズの名をとったホール。自身も音楽好きなフランク・ゲーリーとのコラボレーションによるもの
COURTESY OF GEHRY PARTNERS, LLP
<サントリーホール>では、当時サントリー社長だった佐治(さじ)敬三と直接話す機会もあった。佐治は豊田の提案に対し、どんなことでも「いいじゃないですか、やりましょう」と答えたという。「佐治さんは『私はあなたの提案を聞くためにお金を払ってるんだ』と言うんです。こう言われたら、『本当にこれでいいんだろうか』と常に自問自答して、最高のものをつくらなくてはならない。『やってみなはれ』という言葉の神髄はこういうことなのか、と思いました」
豊田は設計にあたってコンピュータでのシミュレーションを行う。彼が所属する会社で独自に開発したプログラムを使用したものだ。10分の1の模型をつくって音響データを測定することもある。模型といっても、たとえば天井の高さ20メートルのホールなら高さ2メートル。ちょっとした会議室ぐらいの大きさになる。実験としてはかなり大がかりなものだ。「客席の特定のエリアだけエコーが遅れて聞こえてくるようなことがあってはならない。コンピュータだけではそこまでの精度で検証することができないのです」こうして念には念を入れてつくったホールでも、最初はオーケストラのメンバーから「聞こえない」「今までのものと聞こえ方が違う」などとクレームが入ることがよくあったという。

<ウォルト・ディズニー・コンサートホール>の内部模型
ALL CREDIT GOES TO NAGATA ACOUSTICS

実際のホール。この模型で音響のシミュレーションを行なった
COURTESY OF GEHRY PARTNERS, LLP
「サントリーホールでもディズニー・コンサートホールでもそう言われました。彼らは『聞こえない』と思うと大きな音で演奏するようになる。そんなときは『小さな音で演奏して、ほかの楽器がどう聞こえるか注意してみてください』と言うことにしています。ディズニーではそう言って2週間後にまた訪ねたところ、楽団員から『どこを変えたのですか』と聞かれました(笑)」
もちろん、豊田は何も変えていない。「そのホールに慣れて、意識が変わっただけなんです」と彼は言う。ホールはそれ自体が巨大な楽器のようなものだ。ベストの響きを実現するにはホールごとに微妙に音のバランスを変える必要がある。豊田が模型で音響をきめ細かく分析しているように、演奏するほうも細心の注意を払って、それぞれのホールの響き方を感じ取らなくてはならないのだ。