デジタルなコミュニケーションが主流になった時代に、なぜ人々はハンドメイドのものに魅了されるのか。サンフランシスコで、いまも手描き看板を制作する「ニュー ボヘミア サインズ」のオーナー、デーモンが語ったこと

BY MASANOBU MATSUMOTO, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO

 ショップやレストランの入り口に掲げられた看板から、窓面のデコレーション、店内のメニューボードや交通案内などのパブリックなサインまで――。本当の意味で、職人による“手描き”のサインがアメリカ・サンフランシスコの街並みを彩っていたのは1980年代までのことだ。

「現在、通りで見られる看板のほとんどは、インクジェットプリントやビニール製のシートを使った“バイナル・グラフィックス”と呼ばれる手法で描かれたもの。おおよそ80年代半ばに、手描きは機械にとって代わられたんだ」と、看板屋「ニュー ボヘミア サインズ(New Bohemia Signs)」のオーナー兼サインペインター、デーモン・スタイヤーは語る。

 デーモン率いるニュー ボヘミア サインズは、サンフランシスコでもっとも長く営業している手描き看板屋だ。もともと地元民に愛されるサインショップであったが、2013年に公開された、アメリカの伝統的なサインペインターたちを追ったドキュメンタリー映画『サイン・ペインターズ』、また同名の書籍にも取り上げられ、いまや現役看板職人たちが敬愛するショップのひとつになった。

「“もっとも長い手描き看板屋”というのは、ちょっと語弊があるかな。前のオーナーがニュー ボヘミア サインズをオープンしたのは1992年。そして1999年に前オーナーがショップを畳もうとしたとき、僕がこの店を受け継いだんだけど、もっと古くから創業している看板屋はほかにもある。そういった老舗がみんな、手描き以外の手法で看板を作るようになって、ハンドペインティングだけのサインショップとしては、結果、いちばん長くなったということさ」

画像: DAMON STYER(デーモン・スタイヤー) アメリカの伝統的な手描きサイン「ニュー ボヘミア サインズ」のオーナー兼ペインター。撮影場所は、デーモンの弟子である中原真也のサインショップ「 モダン ツイスト サインズ(Modern Twist Signs) 」の工房にて。今回のワークショップも中原が企画したもの

DAMON STYER(デーモン・スタイヤー)
アメリカの伝統的な手描きサイン「ニュー ボヘミア サインズ」のオーナー兼ペインター。撮影場所は、デーモンの弟子である中原真也のサインショップ「モダン ツイスト サインズ(Modern Twist Signs)」の工房にて。今回のワークショップも中原が企画したもの

 われわれはサインペインティングのワークショップを行うために来日したデーモンに、話を聞く機会を得た。そこで「なぜ、手描き看板にこだわるのか?」「手描き看板の魅力はなにか?」と立て続けに問うと、彼は「僕自身、そもそも興味があったのは、“看板”ではなく、“手描きであること”なんだ」と意味ありげに答えた。

 というのも、彼が看板を描くようになったいきさつは、多くの看板職人とは少々異なる。サンフランシスコの美術大学で絵画を学んだデーモンは、もともと芸術家を目指していた。ただ、他のアーティストの卵たちと同じように、どうやってアートの道を進んでいったらいいのか、わからなかった。とにかくクリエイティブな場所に身を置こうと、さまざまな工房に弟子入りを申し込むが、なかなかうまくいかない。そんなとき、ふと訪れたのが、自宅から4ブロックほどの近所にあったニュー ボヘミア サインズだった。

「そこで、当時のオーナーと話をしていたら、“明日からうちに来れば?”って。文字にはまったく興味はなかったけど、モノを美しく描くスキルはあったし、それをさらに磨くことができると思った。彼らのハンドペインティングはすでに評判だったしね。こう言ったらなんだけど、当初、ニュー ボヘミア サインズは、僕にとって都合のいい就職先だったんだ」

画像: サンフランシスコの酒屋の看板 COURTESY OF NEW BOHEMIA SIGNS

サンフランシスコの酒屋の看板
COURTESY OF NEW BOHEMIA SIGNS

 つまり、デーモンは“看板職人”を目指していたのではなく、“ペインター(絵描き)”のひとつのあり方として看板に注目したというわけだが、彼には先見の明があったとも言える。というのも、2010年代以降のD.I.Y.のムーブメントやストリートカルチャーの盛り上がりもあり、手描きによるサインペイントはいま、ある種のアート性を見出されている。実際、過去にはデーモンらニュー ボヘミア サインズのサインペイントを紹介するエキシビションがギャラリーで開かれ、また同ショップの出身者にはアートの分野で活躍している人も多いそうだ。
「最近はアート的な関心から、うちで働きたいと門を叩く若者も増えているんだ。手描きでペイントするという行為は、時代に逆行した古い制作方法かもしれない。でも、そこには新しいニーズや価値もあるということさ」

 

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