世界的なガーデンデザイナー、ダン・ピアソン。10年かけてつくりあげてきた景観は、あるがままの自然と人工的な自然との境界を曖昧にしつつ、イギリスの古きよき田園風景を讃えている

BY MARELLA CARACCIOLO CHIA, PHOTOGRAPHS BY ALEXIS ARMANET, TRANSLATED BY FUJIKO OKAMOTO

 ピアソンは私たちを外に連れ出し、その光を見せてくれた。何ものにも遮られない光が降り注いでいた。段々畑の果樹園を通りすぎると、2012年に植えたというヘーゼルナッツの若い木立が見えてきた。「できるだけ早く木を植えることが大切なのです。木に刻まれた時間を感じられるから」とピアソンは言う。次に案内されたのは、ピアソンが毎週金曜日に書きものをして過ごすという、納屋を改装した書斎だ。イームズがデザインしたウッドとメタルで作られた楕円形の机が置かれている。書斎を通りすぎると、野草が生い茂る見渡す限りの牧草地が広がっていた。約5万7,000㎡の牧草地にこうして野草を定着させられたことを、ピアソンは「ヒルサイド」での最大の成果のひとつだと考えている。というのも、何十年もの間に牧草は牛に食べ尽くされ、ほとんど何も生えていない状態だったからだ。

画像: 観賞用庭園からシームレスに続く野草の牧草地に向かって、草が刈られた道を進むピアソンとモーガン

観賞用庭園からシームレスに続く野草の牧草地に向かって、草が刈られた道を進むピアソンとモーガン

 ピアソンはここを蘇らせるために、地元の在来種を追いまき(註:芽が出ていない場所に再び種をまくこと)した。イエローラトルという半寄生植物は8年も雑草に寄生して養分を吸い取って弱らせ、野生のゼラニウムやオレガノ、セイヨウカワラマツバの生育を助けてくれた。ピアソンは腰をかがめて足もとの背の低い花の生育状態をチェックした。それはスミレ色や藤色の花を穂状につけた野生のランだった。ジャイアント・ルバーブと呼ばれるブラジル原産のオニブキ(学名:グンネラ・マニカタ)が、丘の中腹まで天然の泉のように湧き出ている。ギザギザの巨大な葉は、未完成の彫刻のようでギョッとさせられる。さらに足を進めると、ピアソンが「ジャパニーズ・モーメント」と呼ぶ場所が現れる。苔むした岩やさまざまな種類のシダに覆われた手つかずの自然の中に、橋が架けられ、黄色のヒナギクや、アメシスト色の花びらにちりめんのような細かいシワのある遅咲きのカキツバタが咲き乱れている。

 ここ最近、ピアソンは日本のことばかり考えている。十勝毎日新聞社顧問の林光繁の「新聞業界が排出する大量の炭素を相殺したい」という思いから創設された「十勝千年の森」のガーデンデザインを依頼されたからである。2004年から2008年にかけて、ピアソンは北海道を拠点に活動するランドスケープアーキテクト(景観設計家)、高野文彰とともに、起伏のある丘が連なる広大な敷地の地形を生かしながら、ヤマユリやタラノキといった地域に自生する多年草を中心に、次々とガーデンを造りあげていった。その後も毎年、日本最北端の北海道を訪れてはヘッドガーデナーとミーティングを重ねている。

画像: 森の小川に架けられたオーク材の橋は、ピアソンが日本で見た橋を参考にした。思索の場所として造った4つの橋のひとつ

森の小川に架けられたオーク材の橋は、ピアソンが日本で見た橋を参考にした。思索の場所として造った4つの橋のひとつ

 ピアソンは、公共の緑地は単なる気分転換という目的を超えて、心身の健康を回復させる場所であるべきだと考えている。ピアソンのこうした緑地に対する思いが最高の形で具現化されているのが、がん患者とその家族を物心両面で支える無料の支援施設「マギーズセンター」である。イギリス国内に23カ所あるNHS(国民医療サービス)の病院の敷地内に設立されたマギーズセンターは、がん患者や家族が安らぎを得られる、いわば “避難所”の役割を果たしている。ザハ・ハディドやフランク・ゲーリーといった世界的建築家が建物の設計を手がけ、ピアソンが担当した2カ所の庭園はそれぞれ2008年と2016年に完成した。そのうちのひとつ、ハマースミスにあるチャリングクロス病院に隣接した狭い敷地に建てられたウエストロンドンセンターは、ロジャース・スターク・ハーバー + パートナーズが設計を担当した。

 ピアソンが造った「森の散歩道」に立ち並ぶ樹皮の粗いプラタナスの木が、冬になると芳しい花を咲かせるツゲ科のサルココッカと好対照をなしている。散歩道に置かれたイギリスの彫刻家、ハンナ・ベネットによるセラミックのオブジェの色もプラタナスの樹皮の色とうまく調和している。中庭のエントランスにはマグノリアメリルの白い花が咲き誇っている。ピアソンは言う。「庭は生命と再生の完璧な象徴です」

画像: 観賞用庭園のケシ

観賞用庭園のケシ

画像: オオウイキョウやアキレア「ムーンシャイン」(西洋ノコギリソウ)、黄褐色のノガリヤスなどの多年草が、向こうの暗い森を背景にくっきりと浮かび上がって見える

オオウイキョウやアキレア「ムーンシャイン」(西洋ノコギリソウ)、黄褐色のノガリヤスなどの多年草が、向こうの暗い森を背景にくっきりと浮かび上がって見える

「ヒルサイド」は野花が咲き誇る自然環境を求めて緻密に造られた庭園だが、ピアソンといえども、観賞植物の誘惑には勝てなかったようだ。母屋から見て納屋の反対側には花火のように華やかな植物が植えられた約4,047㎡の庭園がある。「人工的なもので遮られない視界を求めていた」ピアソンの希望どおり、そこは母屋からはほとんど見えない。だが、彼が納屋で書きものをしていると、ドアのガラス越しに東の苗床に植えられた奇妙な赤いヒョウ柄の米国原産のオニユリや、ピンクと黄緑の蛍光色の花を穂状に咲かせるアフリカ原産のヒメトリトマが見える。同じくユニークな姿の植物は、別名「天使の釣り竿」と呼ばれる南アフリカ原産のディエラマ。アーチ状にしなった茎に連なるようにベル型の花を咲かせる。小さな花が風に揺れるさまは何とも愛らしい。

 ピアソンはしばらく立ち止まり、履き古したブーツを草にくすぐられながら、自生種も、節くれだった老木も、風変わりで奇妙な外来種も平等に包み込む自然の包容力をしみじみと感じていた。ピアソンは言う。「『ヒルサイド』はわれわれ人間が、巨大な歯車のちっぽけな歯のひとつにすぎないことを証明している」

 

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