一本の花を求め、花屋さんに立ち寄る人が増えたという。たった数カ月で変容した私たちの暮らし。花や緑とともに生きる4組から聞いた心に作用する花の物語

BY YUKO MORI, PHOTOGRAPHS BY MASANORI AKAO

宮原圭史、山下郁子|TSUBAKI
大丈夫、私たちのそばにいつも植物がある

 住宅地の一角に突如現れる大きな枝垂れ柳の前庭。奥にはさまざまな表情の植物が隠れている。花と緑をデザインするTSUBAKIの宮原圭史と山下郁子は、暮らしも仕事も同じ空間で日々を過ごす。

画像1: 花は日々の心の栄養。
人と花を結ぶプロが語る、
花と緑の作用とは

 植物に包まれたような心地よいリビングダイニングも、彼らのアトリエの一部。大胆に配された緑とそこかしこに生けられた草花から、やわらかな気配が流れる。「庭の木々や室内の植木は家族のような存在で、ともに生きることに喜びを感じています。部屋にしつらえる切り花は、まるで香水のように一瞬にして気持ちを変えてくれます。遠く離れた場所で起こっている季節の移り変わりもそばで感じられます」

 自粛期間中、仕事の中止はあっても、ふたりの心が大きく不安へと傾くことはなかった。「視界にはいつもと変わらず植物が育っていました。風に揺れ、芽吹き、花を咲かせ、移り変わる姿、そのまぶしいほどの輝きを見ていると、自然と心は前を向くものです。私たちも環境に適応して生き抜こう、と励まされることが何度もありました」

 制作も食事も、寛ぎのときも、ふたりのそばにはいつも植物がある。そして心を、整えてくれる。

画像: 宮原圭史(右)、山下郁子(左)|TSUBAKI 2014年創業。装花、造園やグリーン設計のほか、アトリエにて創作発表、アーティストの展示も行う 住所:東京都目黒区八雲4-3-5(アトリエ・予約制) TEL. 03(5726)8301 www.tsubaki-tokyo.jp

宮原圭史(右)、山下郁子(左)|TSUBAKI
2014年創業。装花、造園やグリーン設計のほか、アトリエにて創作発表、アーティストの展示も行う
住所:東京都目黒区八雲4-3-5(アトリエ・予約制)
TEL. 03(5726)8301
www.tsubaki-tokyo.jp

谷 匡子|doux.ce
花はあなたへの手紙 命の巡り

 庭先からその日の美しさを手折り束ねる。やわらかな緑のグラデーションに朝咲いたばかりの桔梗、紅一点のジニア......それらを白布で包み、糸で縫い留めるか封蠟してとじ、自ら集めた古く美しい紐やリボンを結ぶ。花はあなたへの手紙。そう思いを込める挿花家の谷 匡子(まさこ)は、花を通して命を伝える人。「花はその瞬間瞬間で輝かしさを見せてくれます。先々に不安のある時代だけれど、花を見ていると、今日が最高だという生き方をしたいと思います」

画像2: 花は日々の心の栄養。
人と花を結ぶプロが語る、
花と緑の作用とは

 一方で、輝かしさの裏側、季節の裏側も見つめたいと言う。「鮮やかな色で咲いた紫陽花が、少し時間をおくと色が抜けて、また別の美を見せてくれる。枯れた花の横から新芽が出る。その共存がとても美しい」。人も同じ。若いときにしか放てない輝きを経て、さらにもっと深い美しさが生まれる。

 谷は、「その人なりの花」と題して目の前の「あなた」のために花束をつくることがある。
「今日、その人の一番輝いている部分と花を引き合わせます。あなたの今一番いいところを、もっと好きになってもらいたい」。今のままでいい。今のままで十分だと、誰も見ていなくとも人知れず咲き、刻一刻と姿を変えていく花が教えてくれる。

画像: 谷 匡子|doux.ce 挿花家。東京にアトリエを構え、東北に畑を持ち、自ら花を育てながら四季の花の命を伝える。花の定期便「花便り」やレッスン、空間プロデュースも行う。オーダーでつくる「季節の花束」¥10,000~(送料別) TEL. 03(6421)4771 www.doux-ce.com

谷 匡子|doux.ce
挿花家。東京にアトリエを構え、東北に畑を持ち、自ら花を育てながら四季の花の命を伝える。花の定期便「花便り」やレッスン、空間プロデュースも行う。オーダーでつくる「季節の花束」¥10,000~(送料別)
TEL. 03(6421)4771
www.doux-ce.com

市村美佳子|緑の居場所デザイン
季節のエネルギーを纏う花。ユーモラスに風を通して

 市村美佳子の花は、自由で色彩豊かだ。切り花が無邪気に羽を広げたように生き生きと踊る。オレンジのガラスにブルーの紫陽花のコントラスト。華やかなダリアやバラに、控えめなミソハギが伸びやかな気配を添える。都心の古いマンションの奥、時代も場所もさまざまなルーツの家具や花器が集められ、秘密の魔女の小部屋のよう。目がその探検に忙しい。

画像3: 花は日々の心の栄養。
人と花を結ぶプロが語る、
花と緑の作用とは

 国内外のヴィンテージの器を集めて個展「花瓶専門店」を時折開く市村は、花器は少しくらい個性の強いほうが、どんな花も受け止めてくれる、と教えてくれた。ユーモラスににぎやかに。バランスや「上手に」生けることに気を取られず、花が気持ちよさそうに、風が通るように生けることが大事だ、と。

「花を生ける行為そのものが、本来は気持ちのいいものです。朝、水切りして生け替えると、こざっぱりして自分も整った感じがします。花には、心の深いところに届く力があります。芽吹きの爆発するエネルギーや、花咲くとき、新緑のとき、枯れるとき、それぞれの季節のエネルギーを纏っている。それが人を癒やし、元気にします」

 散歩中に見つけた草花一本でも十分だ。持ち帰って気に入りの器に挿すことを、習慣にしてみよう。

画像: 市村美佳子|緑の居場所デザイン オーガニックフラワーやハーブ、神事のための檜の森など、花材への真摯なまなざしをもち活動する。レッスンは随時 住所:東京都港区南青山6-1-6 TEL. 03(3406)9883 www.midorinoibasho.jp

市村美佳子|緑の居場所デザイン
オーガニックフラワーやハーブ、神事のための檜の森など、花材への真摯なまなざしをもち活動する。レッスンは随時
住所:東京都港区南青山6-1-6
TEL. 03(3406)9883
www.midorinoibasho.jp

渡辺邦子|El Sur
花一輪のやり取りが、互いを励ましてくれる

 夕暮れ前、家路を急ぐ人々の往来が増える頃、緑に包まれた花屋さんを訪れる客が後を絶たない。軒先は野葡萄をついばむ小鳥のさえずりにあふれ、温かな光の漏れる店内に一歩踏み入れば、モーブ色のシックなアンティークローズやカラー、それに蔓や実や小さく可憐な花々が、ロマンティックな部屋いっぱいに出迎えてくれる。東京・西荻窪の路地に佇む「El Sur(エルスール)」は、この30年、住民たちを見守ってきた。店主の渡辺邦子が、庭づくりに親しんだ父から自然と学んだ美意識とともに、大好きな白を主役に揃えた花を売る。

画像4: 花は日々の心の栄養。
人と花を結ぶプロが語る、
花と緑の作用とは

 今年の春は特別に、花を求めて訪れる人たちが増えた。そして「花のある生活がこんなにいいものだったなんて」「心が慰められます」と声をかけてくれる。その声に店もまた励まされ「うれしくて涙が出ます。そのピンポンがとても幸せ」と渡辺は言う。

「たくさん買わなければなんて負担に思わないで。花一輪でも、それがテーブルにあって、心がふと癒やされることに意味があるのです。アイビーの小さな鉢はいかが。蔓を切って花瓶に挿し、目に触れる場所にポンと置く、それだけで気持ちも変わります」
 今日も花を求める人を待ち、店を開ける。

画像: 渡辺邦子|El Sur 長年ファッションの店頭で勤めたのち、1990年、一軒家を改造し未経験で花店「El Sur」をオープン。個人邸の庭のデザインも手がける 住所:東京都杉並区西荻南3-4-6 不定休 TEL. 03(3247)5359 www.elsur-hananotabi.com

渡辺邦子|El Sur
長年ファッションの店頭で勤めたのち、1990年、一軒家を改造し未経験で花店「El Sur」をオープン。個人邸の庭のデザインも手がける
住所:東京都杉並区西荻南3-4-6
不定休
TEL. 03(3247)5359
www.elsur-hananotabi.com

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