有色人種への差別が合法だったジム・クロウ法施行時代には人種隔離政策が全米に波及し、アフリカン・アメリカンの人々はプールや海や娯楽の場から締め出されていた。そんな時代にロングアイランドのサグ・ハーバーという場所に、自分たちの海岸コミュニティをつくった先駆者の黒人家族たちがいる。今ここに住む大人の多くは、子ども時代をここで過ごしてきた。この地には100年にわたるアメリカの不屈の精神と特権と人種間の対立の歴史が詰まっている

BY SANDRA E. GARCIA, PHOTOGRAPHS BY JON HENRY, PRODUCED BY TOM DELAVAN, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 現在、SANSの住宅地には、サマーキャンプのような独特な雰囲気がある。街灯は少なく、歩道がない道は砂だらけだ。鹿が餌を求めて裏庭をうろつく足音が聞こえ、落葉が空気中を舞ってカサカサと音をたてる。家の外観はそれぞれ特徴があるが、同じ歴史を共有している統一感がある。まったく新しく改装された家ですら、この地にずっとなじんでいたような佇まいがあり、子どもたちがここで育ったような形跡を感じさせる。それぞれの家族がともに経済的、人種的な試練を克服し、家庭内のゴタゴタも乗り越えてきた。この家並みは、この一帯の土地を開発した人たちの不断の努力を感じさせる。

 サグ・ハーバーで最初に家を購入した黒人家族たちは、いまだに存在する黒人と白人アメリカ人の間の経済格差を超越することができたのだ(公共政策研究の非営利団体であるブルッキングス研究所の調べによると、2016年時点で、白人家族の資産価値の平均は、黒人家族の約10倍だった)。開拓者であるサグ・ハーバーの黒人住民たちは、世代を超えて富を蓄える機会をつかんだだけでなく、さまざまなことをお互いに学び合った。子どもたちがどの学校や大学に進学すればいいか、どの地域の土地を買うべきか、どんな芸術家を支援すべきか。さらに選ぶべき職業や、ともに参入すべき産業は何かなどを学び合ったのだ。

画像: ソーシャルワーカー兼心理療法士で作家でもあるローラ・レネ・タッカー

ソーシャルワーカー兼心理療法士で作家でもあるローラ・レネ・タッカー

 この居住区に住むことで、この国の最初の黒人中流家族たちは、真の意味で、自分たちの身分が受け入れられ、激励される場所で、どうやって富を築くことができるかを学ぶ機会を与えられた。白人が大多数を占める、その他ほとんどの東海岸の海浜コミュニティでは、黒人は疑われ、怒りや嫉妬の対象になり、最悪の場合、激しく拒絶されていた。サグ・ハーバーの住民の中の何家族かをみてみると、そのほとんどが80年間にわたって、1~2世代を通じて家を維持し続けており、さらにお互いの家族が親密な関係で結ばれていることがわかる。たとえば、マイケルとスーザンは、お互い子ども時代をこの同じ区画で過ごした者同士が結婚し、今も同じ土地に住んでいるパターンだ。そんな夫婦がここには10組ほどいる。彼らは成長してから再会し、この黒人居住地とその歴史への尊敬の念をともにシェアすることで惹かれ合った。そして彼らはこの居住地の光を灯し続けることに全力を尽くしてきた。毎年、夏がやってくるたびに、彼らの次の世代である若い10代の子どもたちは、自分たちの海辺の伝統や仲間意識を築いていく。夏が終わって、彼らがニューヨークに戻ってもその関係は続く。至るところにコミュニティの概念の共通理解と尊敬があふれている。それは、お互いの存在こそが、自分たちが持っているもののすべてだという認識だ。

 リチャード&ドロシー・グランジャーは、ロングアイランドのグレンコーブに住む歯科医夫妻で、1950年代の初めにサグ・ハーバー・ヒルズにやってきた。彼らの娘のビバリー・グランジャーは現在70歳で、歯科医の職を引退し、陶芸家である。彼女は両親がここに家を建てた前年に生まれた。彼女はその同じ土地に約232㎡の2階建ての家を建て直し、サグ・ハーバーで育った元医師の73歳の夫、アロイシウス・クイジェットと一緒に住んでいる。グランジャーは母の死後、2003年にこの家を改装した。四角い窓をいくつか外壁に埋め込んでアクセントにし、家の前に広がるプライベートビーチとその先に広がるサグ・ハーバー湾を見渡せるようにスライド式のガラスのドアもつけた。1951年に当時の家が建てられたときは、質素なつくりで電気の配線が完全ではなく、暖房も不十分だった。当時、彼女は家々の敷地を通り抜けて、友達に会いに森に行ったのを覚えている。

画像: 長年の住人で陶芸家のビバリー・グランジャー。彼女の両親から受け継いだ海辺の自宅の前で

長年の住人で陶芸家のビバリー・グランジャー。彼女の両親から受け継いだ海辺の自宅の前で

 彼女は家と家の間の境界線がどこなのかまったくわからなかった当時のことを思い出す。この区画に住むすべての子どもたちの面倒は、住民の大人全員でみていた。もしグランジャー家の前で子どもがすりむけば、傷ついた足で家に入ってきて、絆創膏を貼ってもらって出てくることができた。もしどこかの家の母親が海岸にいれば、そこにいるすべての子どもたちに目を配った。
「ここでは愛されているなと感じていた。今まで、ほかのいろんなコミュニティに住んできたけれど、あの感覚は、普通ではないことがわかっていたし、とてつもなく素敵だった」。そう言うのは54歳のブルック・ウィリアムズだ。彼女は子ども時代にアジュレスト近郊で夏を過ごし、今は小さな家をサグ・ハーバーに所有している。そこで49歳の夫のジョッシュ・リバーソンと娘のアダとともに夏を過ごしている。「私たちのこの土地へのプライドや、友人や家族が成し遂げてきたさまざまな業績への誇り、そしてお互いの間にある絆と思いやり。それはみんなひとつの大きな愛からきている」と彼女は言う。

画像: ブルック・ウィリアムズと彼女の娘アダ

ブルック・ウィリアムズと彼女の娘アダ

画像: ブルック・ウィリアムズとジョッシュ・リバーソンの台所

ブルック・ウィリアムズとジョッシュ・リバーソンの台所

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