ヴィンテージ・ディーラーのロバート・コーワンとサリマ・ブーフェルフェル。古きよきものを求めて世界を飛び回るふたりが、これまでに見つけた最大の宝物は、1860年代築のアドべ(日干しレンガ)造りのフラットハウス。その静謐な家を訪ねた。

BY EVIANA HARTMAN, PHOTOGRAPHS BY DEAN KAUFMAN, PRODUCED BY COLIN KING, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO

画像: アリゾナ州ツーソン、ヴィンテージクローズのディーラー、ロバート・コーワンとサリマ・ブーフェルフェルの住まい。裏口の扉から、サボテンに囲まれた庭へ。

アリゾナ州ツーソン、ヴィンテージクローズのディーラー、ロバート・コーワンとサリマ・ブーフェルフェルの住まい。裏口の扉から、サボテンに囲まれた庭へ。

 評判のヴィンテージショップ「デザート・ヴィンテージ」のオーナー、サリマ・ブーフェルフェルとロバート・コーワンは、モード界で一目置かれる、服飾史のエキスパートである。ともにアリゾナ州ツーソン出身、ふたりは大学時代のアルバイト先だった、アリゾナ大学の向かいにある古着チェーン店「バッファロー・エクスチェンジ」で知り合った。ブーフェルフェル(36歳)は芸術家や学者が多い家系に生まれ、学校劇で衣装づくりに関わってから、スタイリングに興味をもつようになった。コーワン(33歳)の家族は代々裁縫職人で、彼は13歳の頃独学で裁縫の技術を身につけた。早くからヴィンテージファッションに関わる仕事がしたいと考えていたふたりは、ブーフェルフェルのお気に入りだった地元のヴィンテージショップが2012年に売却されたとき、店の名前を変えずにそのまま引き継いだ。ショップでは、あまり知られていないブランドやデザイナーの服(ジャン・ヴァロンやマイケル・ヴォルブラヒトのイブニングドレス、『ワーカーズ・フォー・フリーダム』の80年代のジャンプスーツ)だけでなく、貴重なレアアイテム(マリアノ・フォルチュニの"デルフォス・ドレス"や、ヴィクトリア朝時代のマタドールジャケット[註:闘牛士が着るような刺しゅう入りボレロジャケット])まで取り扱う。オープンから11年、エドワード朝時代のロンドンから、2000年代の東京まで、時代も出どころも異なる約5,000点のヴィンテージ・コレクションに、世界のモード界が熱い視線を送っている。デザイナーやスタイリストたちは、このショップで仕事で必要なアイテムやアイデアを得るだけでなく、自らが着る服も見つけていく。

画像: メインベッドルームの漆喰の壁はあえて修復していない。ヴィンテージのレコードホルダーはベッドサイドテーブルに。絵とヘビの木製彫刻はアーティスト、イシ・グリンスキーの作品。

メインベッドルームの漆喰の壁はあえて修復していない。ヴィンテージのレコードホルダーはベッドサイドテーブルに。絵とヘビの木製彫刻はアーティスト、イシ・グリンスキーの作品。

 アーカイブを探り、ディーラーや個人コレクターからヴィンテージウェアを仕入れるために世界中を飛び回りながら(昨年はNYのロウアー・イースト・サイドに2軒目の路面店をオープンした)、ふたりは今も地元ツーソンにとどまっている。長い恋愛期間を経た後、親友でビジネスパートナー、またハウスメイトとなった彼らは、数千年前の建築技術が活かされたフラットハウスに暮らしている。1860年代のテリトリアル・スタイル(註:スペイン領だったサンタフェで18世紀に生まれた建築様式)を象徴する、アドべ造りの家である。ツーソン中心部のすぐ南、歴史地区であるバリオ・ビエホに建つこの2ベッドルームの家は、ふたりにとってインスピレーションの源だ。「まるで民芸品の中に住んでいるような気がする家なんです」とブーフェルフェル。

 この家のオーナーは、彼らの友人でインテリアデザイナーのゲイリー・パッチとダレン・クラークだ。パッチとクラークは1990年代にこの家を購入し、リノベーションを行なった。ブーフェルフェルとコーワンはこの約190㎡の家を5年前から借りている。ほんの数ブロック先には、コーワンの祖父の家族が1800年代後半から2011年まで所有していた、同じような建築様式の家がある。バリオ・ビエホは19世紀後半に開発され、メキシコ人労働者、中国人の鉄道員、ヨーロッパの農民や職人といった〈新しいアメリカ人〉たちが次々と移住してきたエリアだ。だがブーフェルフェルとコーワンが越してきて数年のうちに、このエリアには富裕層が流れ込んでくるようになった。コーワンはこの界隈で育ったわけではないが、エリアの富裕化に伴って物価が上昇し、エアビーアンドビーの民泊施設が急増するのを目のあたりにして、ここにとどまるべきだと感じている。コーワンは言う。「家族の思い出を守るために、ここに住み続けようと思って」

画像: キッチンで目を引くのは大小さまざまな鋳鉄製フライパンと、イシ・グリンスキーによる白い針金製のバスケット。

キッチンで目を引くのは大小さまざまな鋳鉄製フライパンと、イシ・グリンスキーによる白い針金製のバスケット。

 ふたりはこの家のインテリアを、落ち着いた、控えめなテイストでまとめた。高さ4.2mの天井にはアドベ建築で「ビガス」と呼ばれる、マツ(近くにあるマデラキャニオンで伐採されたのだろう)の武骨な梁が掛け渡されている。この梁の上にぎっしり並んでいるのは、それぞれ質感が異なる未加工の「ラティーヤ」、つまり乾燥させたサグアロサボテンの維管束(いかんそく)(註:植物の中心を貫く芯部分)だ(アドベを使った建築技術が生まれたのは、安価な材料の輸入を可能にした鉄道が発達する以前のことだ)。この住まいに過剰な装飾はいらない。古色蒼然とした漆喰の壁、建築当時に設けられた暖炉、蜜蠟のシンプルなキャンドルをいくつか並べた窓枠などが、すでに独特の趣を醸し出しているからだ。

画像: シャルロット・ペリアンのデイベッドや、アール・デコ調のクラブチェアを置いたリビングにアクセントを添えているのが、メキシコのオアハカで入手した柄の長いクモの巣取りと、優雅に歩く愛猫のクレオ。シアリングムートンで覆われたソファは1970年代のミロ・ボーマンの作品。ガラスのコーヒーテーブルはルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエのデザイン。モロッコ製のラグは、舞台デザイナー、スコット・パスクからの贈り物。

シャルロット・ペリアンのデイベッドや、アール・デコ調のクラブチェアを置いたリビングにアクセントを添えているのが、メキシコのオアハカで入手した柄の長いクモの巣取りと、優雅に歩く愛猫のクレオ。シアリングムートンで覆われたソファは1970年代のミロ・ボーマンの作品。ガラスのコーヒーテーブルはルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエのデザイン。モロッコ製のラグは、舞台デザイナー、スコット・パスクからの贈り物。

 各部屋は、ヘリンボーン柄にレンガが敷かれた中央の通路を囲むように、らせん状の動線で結ばれている。ブーフェルフェルは、この構造を「瞑想のためのラビリンス」とたとえ、「家の中をぐるりと一周できると、ポジティブなエネルギーが得られる」と言う。セカンドベッドルームとメインリビングルームの仕切り代わりになっているのは、本がぎっしり詰まった無垢のパイン材の書棚。セカンドベッドルームの室内窓からは、往時の名残をとどめたダイニングが見える。この窓の前にある、敷地内で集めたオリーブとユーカリの枝の大きな束が「自然のカーテン」の役目を果たしている。

画像: バールウッドのアール・デコ調テーブルと、地元のショップで見つけたアルミニウムのチェアを置いた書斎。シルクモアレで覆ったアンティークのラブチェアに載っているのは、デザイナーのエミリー・アダムス・ボーディ・アウジュラによるグリーンのポニー。

バールウッドのアール・デコ調テーブルと、地元のショップで見つけたアルミニウムのチェアを置いた書斎。シルクモアレで覆ったアンティークのラブチェアに載っているのは、デザイナーのエミリー・アダムス・ボーディ・アウジュラによるグリーンのポニー。

 淡黄色のまだら模様が広がる漆喰壁のメインベッドルーム、またリビングやダイニングに並ぶのは20世紀と現代のデザイン家具だ。ミロ・ボーマンが70年代にデザインしたシアリングムートンのソファや、友人が制作した木枠のシンプルなデイベッドなどがひっそりと佇んでいる。アート作品やテキスタイルは、プレゼントや物々交換したものが多い。ブーフェルフェルの兄弟カムのブランド「コミュニティ・ハンドウェービング」のタペストリーや、アップサイクルファッションブランド「Bode(ボーディ)」のデザイナーで友人のエミリー・アダムス・ボーディ・アウジュラによるパッチワークのウサギのぬいぐるみがその一例だ。ほかにはファウンド・オブジェ(註:日用品や自然の産物などをアートとみなしたもの)と呼べる、アンティークのオブジェが複数ある。リビングの一角に立てかけられた約4mの房つきの棒は、昔メキシコで使われていたクモの巣取り。ダイニングの炉棚に印象的に配された、粗づくりの円錐形の鉄製オブジェ数点は、ラオスのアンティークの稲作用具だという。

画像: 前後両面に本を収納できる分厚い書棚の真ん中に隠れたドアの向こうはセカンドベッドルーム。

前後両面に本を収納できる分厚い書棚の真ん中に隠れたドアの向こうはセカンドベッドルーム。

 リノベーションの際に、かつてキッチンとひと続きになっていたバスルームは切り離され、独立した空間になった。壁には小さな目の形の窓があり、シャワースペースの床にはメキシコのビーチの小石が敷き詰められている(「小石が足裏をマッサージしてくれる」とコーワン)。ネコ脚つきのバスタブは屋外に運び出し、裏手に広がるサボテンの庭の、センダンの木の下に置いた。過ごしやすい季節になると、ブーフェルフェルとコーワンはよくこの庭で仕事をしたり、ディナーパーティを開いたりする。もちろん猫のクレオも一緒だ。2年前までは、入居時に飼い始めたカメのフローラもいた(かつて町の反対側に住んでいたブーフェルフェルは、フローラとは別のもう一匹のカメと一緒にここに越してきたそうだ)。暑さが厳しくなると、ふたりは小さな書斎に引きこもる。書斎にある1920年代のバールウッド(註:樹木のコブから採る木材)のテーブルにはアートやデザインの本を積み重ね、頭上にはシルクのスモックドレスやベネチアングラスのビーズで刺しゅうしたカフタンなど、創作のアイデアソースとなる数点のウェアをモビールのように吊るしている。最近ふたりがローンチしたウェア・コレクション「テネレ」もこの書斎でデザインした。「テネレ」は彼ら自身も愛用している、エドワーディアンのセーラーブラウスや1920年代のゆったりしたシルクスーツなど、20世紀初頭に流行したスタイルに着想を得た、シーズンレスなデイリーウェアを揃えたコレクションだ。

 この家の魅力は、見た目の美しさを凌駕する、心地よい空気感にある。約60㎝の厚みがある土壁のおかげで室内は涼しく、教会を思わせるような、深遠な静寂に包まれている。「ここに泊まった人たちは『これまでの人生で一番よく眠れた』と言ってくれるんです」とブーフェルフェル。「静穏なこの家は、私たち自身のあり方や生き方を映し出すもの。でもこの家のほうが、私たちよりずっと静かですね」

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