BY NATSUME DATE, PHOTOGRAPHS BY GION
マンハッタンの中央に広大なビル群を展開し、90年近くにわたってニューヨークを支え見守ってきたロックフェラーセンター。『ウエストサイド・ストーリー』(’57)、『屋根の上のヴァイオリン弾き』(’64)、『オペラ座の怪人』(’86)などなど、誰もが知るミュージカルの名作をあまた世に送り出してきたブロードウェイのレジェンド、ハロルド・プリンスも、その一角にオフィスを構えている。20歳の時に初めてショービジネスの世界で働き始めて以来、なんと70年間、ロックフェラーセンターから離れたことがないそうだ。
「ここは30年代にニューヨークのいちばんいい場所にできてから、つねに過去と未来の両方に足を掛け続けている場所だ。街を変えてきた存在でもあり、街の動きを感じとるのにも最適だから、動きたくないんだ。劇場街よりずっとグラマラスだしね」
演出家およびプロデューサーとして、演劇界のアカデミー賞ともいうべきトニー賞の受賞歴が21回。押しも押されもせぬブロードウェイ演劇人なのだが、その関心はいつも、業界で「何が受けるか」ではなく、社会で今「何が起きているか」に注がれてきた。ブロードウェイ・ミュージカルといえばボーイ・ミーツ・ガールのライトコメディが主流なのに、プリンスはあえて、『ウエストサイド・ストーリー』では当時問題になり始めていた移民どうしの抗争を、『屋根の上のヴァイオリン弾き』ではユダヤ系移民の悲哀を、『オペラ座の怪人』では異なる見た目を持つ人間の苦悩をテーマにしてきた。ただのヒットメーカーではない。陽気で何も考えなくていいエンタテインメントをブロードウェイに求める人たちには拒絶される可能性のある問題提起をあえて行ってきた、気骨ある挑戦的クリエイターなのだ。
「失敗した作品もたくさんあるけれど、社会的な問題から目を逸らすわけにはいかないし、つねに誰もやっていない新しいものを扱うことに、エキサイトする性分なんだよ。同業者には、受けた題材をなぞるように二匹目のどじょうを狙う人も多いけど、私にはそれはできない。どうも根っからのポリティカル・アニマルなんだね。じゃあ次は、トランプのミュージカルを考えてるだろうって? いや、それはないな。だってもう(同類の題材である)『エビータ』をやっちゃったから(笑)」
そうだった。アルゼンチンの貧しい村に生まれ、モデルや俳優をしながら要人に近づき大統領夫人となって、政治経験ゼロのまま国政に介入。夫婦で典型的なポピュリズム政治を行い、こころざし半ばの33歳で逝ったエヴァ・ペロン。愛称「エビータ」のミュージカルを手がけたのは、1978年のことだった。そしてこれは奇しくも、というより時宜を得たと言うべきだろう。この民衆に熱く支持されたヒロインの光と影を描いた傑作ミュージカルが、昨秋、プリンスのオリジナル演出のまま甦った。
当時のニュース映像をふんだんに使い、歯切れよくスピーディーに展開する演出はまったく古びることがなく、アルゼンチンに一時代を築いた希有な女性の存在を、ヴィヴィッドに伝えて見事だ。
「ブエノスアイレスには何度も行ったが、エヴァのお墓のすぐ隣に滞在したこともあって、毎朝お墓にお参りしたもんだよ。とても立派な墓で、彼女の顔が描かれた金色のプレートがついていて『Don't cry for me Argentina(アルゼンチンよ、泣かないで)』という彼女の言葉(ミュージカル『エビータ』に出てくる珠玉の名曲のタイトルでもある)も刻まれている。いつも彼女の“クイーン”時代を知る年配の人たちが訪れていたけれど、若い人はもう知らないんだろうね。この作品がきっかけで、彼女を知る人が増えることを祈るよ」
エヴァ・ペロンとともに、現在90歳の現役演出家ハロルド・プリンスの才能も、この舞台で再認識されるに違いない。ロックフェラーセンターのオフィスでは、次回作の準備が着々と進行している。
ミュージカル『エビータ』
日時:2018年7月4日(水)~29日(日)
会場:東急シアターオーブ
住所:東京都渋谷区渋谷2-21-1 渋谷ヒカリエ 11F
公式サイト
問い合わせ先
Bunkamura
TEL. 03(3477)3244