歌舞伎ワールドへようこそ。劇場の扉、時空の扉、そして心の扉を開いて、絢爛たる異世界へと誘う連載。第六回は中村七之助さんに、「納涼歌舞伎」への思いと、女方屈指の大役に挑む心境をうかがった

BY MARI SHIMIZU

『伽羅先代萩』とは仙台・伊達家のお家騒動に題材を取った作品で、8月に上演されるのはその一部である「御殿」と「床下」の場面だ。幼くして大名家の当主となった鶴千代の乳人(乳母)が政岡である。鶴千代暗殺の陰謀が渦巻くなか、政岡は「若君は男性を嫌う奇病にかかった」と偽り、女性と子供しかいない御殿で鶴千代を警護している。食事も自らの手で用意して、我が子の千松に毒見をさせるという徹底ぶり。緊迫した状況のなかで物語が進む。劇中では茶道のお点前でご飯をたく“飯炊き(ままたき)”と呼ばれるシーンがあり、前半の見どころとなっている。

「まずここで政岡の人となりや、鶴千代、千松との三人の関係性、その空気感をしっかり見せることが大切だと教えていただきました。政岡は母としての自分を押し殺し、あくまでも乳人であることを肝に命じて忠義を尽くす女性です。毒見役の千松とは今生の別れを常に意識しているんですが、やっぱりわが子だから愛している。そして千松も鶴千代もそれぞれが置かれた立場を子供なりに受け止めて、お互いを思いあっている。それを稽古で実感しました。ご飯が炊けるまでの間には、ものすごく細かい感情の出し入れがあるのだと知り、改めてすごい作品だと思いました。派手なシーンではありませんけれど、後半につながる非常に大切なところだと思います」

画像: 『伽羅先代萩』乳人政岡=中村七之助 PHOTOGRAPH BY TAKASHI KATO

『伽羅先代萩』乳人政岡=中村七之助
PHOTOGRAPH BY TAKASHI KATO

 事態が大きく動くのは、敵方の一味である栄御前の来訪が告げられてから。栄御前は持参した見舞いの菓子を鶴千代に勧めるが、怪しい品とにらんだ政岡は鶴千代を制する。だが、若君の近くにお仕えしてはいるものの、政岡と栄御前の身分の差は歴然。政岡は抗いきれず窮地に立たされる。その時に走り出て来るのが千松で、菓子を口にするや苦しみだす。菓子はやはり毒入りだったのだ。陰謀の露見を恐れた敵方はとっさに千松を刃にかけ、母である政岡の目の前でなぶり殺してしまう。しかし政岡は動じず、気丈に鶴千代を守り抜くのである。

 その後のシーン。「千松とふたりきりなると、それまで押さえていた政岡の感情が一気に噴出するのですが、その場面は義太夫の語りと三味線、役者のせりふが一体となると、ものすごく素晴らしいものになるんです。だからこそ、エネルギーをぐわーっとマグマのようにため込んでおく前半が重要なのだと思います」

画像: © SHOCHIKU

© SHOCHIKU

 せりふや身体で表現する形と、人としての感情とが寸分の隙間もなく寄り添ったときに、大きな感動が生まれる。「玉三郎のおじさまは、身体から入ってはいけないとおっしゃいます。まず気持ち。そしてそれができていれば(打掛の)裾は勝手についてくる、とも」。衣裳の扱いを含めての、身体的スキルが身についていることが前提の言葉である。七之助さんの日頃の修練を玉三郎さんが認めている証だろう。演じ手によって表現の色合いが異なるなかで、七之助さんは玉三郎さんのやり方が「心に響く」という。「おじさまはあまり大きく動かれないんです。それが削ぎ落した究極の形なのだと思います。ですが、今の自分がただそれを真似したのではスカスカになってしまう。そこをどう克服して、そういうふうにしか生きられなかった政岡という女性を、自分なりにどうお見せできるかです」

 豊かな感受性と高度な身体的スキルを要求される大役に真摯に取り組む七之助さんには、ひとつとても楽しみにしていることがあるという。「甥の勘太郎と長三郎(勘九郎の長男と次男)が、千松と鶴千代を演じることです。ふたりのことは無条件に愛していますし、普段から出来上がっている三人の関係性がすでにあります。役が決まってから兄は厳しく稽古しているようですし、何より役者としてのふたりを信じていますので、しっかりやってくれることでしょう。今の僕たちだからできる『御殿』を精一杯勤めます」

 かつて、勘三郎さんが主役を務める舞台で、七之助さんが物語の要となる子供の役を演じたことを思えば、夢は未来へと膨らんでいく。令和元年8月の『伽羅先代萩』は「納涼歌舞伎」の来し方行く末をつなぐ要となる舞台ともいえそうだ。

八月納涼歌舞伎
<演目>
第一部『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』「御殿」・「床下」
   『闇梅百物語(やみのうめひゃくものがたり)』
第二部『東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)』
第三部『新版 雪之丞変化(しんぱん ゆきのじょうへんげ)』
会期:2019年8月9日(金)~8月27日(火)
会場:歌舞伎座
住所:東京都中央区銀座4-12-15
料金:1等席¥15,000、2等席¥11,000、3階A席¥5,000、3階B席¥3,000、1階桟敷席¥17,000
公式サイト

<チケットの購入は下記から>
電話: 0570-000-489(チケットホン松竹)
チケットWEB松竹

 

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