西洋のポピュラー音楽のストーリーは、そのランキングに参加しようとするアジア系やアジア人を長い間認識せず、彼らを蚊帳の外に置いて書かれてきた。しかし新世代の女性たちは、誰の音楽が集団から頭ひとつ抜け出して上へ行けるのか、どんな人間なら――才能や経歴や顔や身体を含め――人々はスターとして喜んで認めようとするのかを今、問い直している

BY LIGAYA MISHAN, PHOTOGRAPHS BY COLLIER SCHORR, STYLED BY MATT HOLMES, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 私たちの時代のポップ音楽の主要なジャンルのルーツは、アメリカにおける黒人の抵抗運動にある。R&Bやジャズ、ソウル、ファンク、テクノやヒップホップがそうだ(ひとりのM.C.としても活躍するルビー・イバラはそのレガシーを忘れない。彼女は自分はヒップホップの客にすぎないと言い、「自分がラップをやるなら、何か大事なことを言わないとダメだと思う」と語る)。アジア人が祖国をあとにし、西洋のあちこちにどっと流入した今、内なる分断と団結への迷いが混在している。そんな状況では、どれか一種類の音楽だけに自分を重ねたり、忠誠を誓ったりすることは不可能だ。同時に、非アジア系のミュージシャンたちも、東アジア、東南アジアの五音音階などの東洋的な要素をすでに長い間取り入れてきた。たとえば、デヴィッド・ボウイの『チャイナ・ガール』で使われた、チャイムが鳴るようなあからさまな繰り返しのリズムがそうだ。さらに南アジアの微分音や、微弱音で作るピッチの繊細な変化や、インド亜大陸の伝統的な楽器であるタブラやシタールを演奏の中に少しだけ取り入れることもある。曲のすべてが別の曲のメロディやリズムを借りて作られたこともある。ブリトニー・スピアーズの2004年のヒット曲『トキシック』は、1981年のボリウッドの大ヒットミュージカル映画『Ek Duuje Ke Liye』の印象的なメロディを下敷きにしている。進歩を目指すために世界の伝統から学ぶという真摯な方法で借用が行われることもあるが、エキゾチックな香りを飾りとして加えるだけ、という場合もある。たとえば、2021年のコールドプレイのビデオ『プリンセス・オブ・チャイナ』(主役のプリンセス役はリアーナ)では中国武道の模倣が取り入れられ、グウェン・ステファニーの2000年代初期の『原宿ガールズ』のビデオやライブ映像では日本をルーツに持つ4人組のバックダンサーが膨らんだスカートや学校の制服を着て、白人歌手であるステファニーのまわりを従者のように取り巻き、ひざまずいて彼女にお辞儀までし、顔を床に向けている。そんな中、西洋社会のアジア系ミュージシャンたちは、自らの東洋の部分を強調するか、それとも自分のルーツをあえてまったく出さないかの間を、ひとりひとりが、うまくバランスを取て音楽シーンを渡っていかなければならなかった。

 今どきのアーティストはこんな反対勢力に対してはきっぱりノーと言う。フィリピン系英国人の歌手ビーバドゥービー(本名はべアトリス・クリスティ・ラウス)の多幸感あふれる楽観的なロックは、1990年代のイギリスのバンドのラッシュ(フロントは日本にルーツがあるミキ・ベレーニ)や通称O.P.M.と呼ばれるオリジナル・フィリピーノ・ミュージックのカタルシス感の強いバラードに影響を受けている。O.P.M.は1970年代のフィリピンで発展したポップで、彼女が子どもだった頃に両親がいつも繰り返し聴いていた。「どうしようもないほどロマンティックなところが好きで、曲のコード進行がすごくいい」と彼女は言う。それでも、インタビューで彼女の人種的な背景を聞かれると、用心深く答える。「人種は私という人間の一部分だけど、私がどんな人間かがそれで決まるわけじゃない」。アジア系の歌手の中には、歌いながら、詞の途中で、ふたつの言語を器用に行ったり来たりする人もいる。まるで移民家族が自宅で無意識のうちに日頃そうやって話しているように。クロエ・タンは、発売予定の新曲『Chloe Ting(クロエ・ティング)』では、自分のアイデンティティに関してはあえて言及せず、無言のうちに認めている。この曲はYouTube上でワークアウトのインストラクターとして有名になったクロエ・ティングから影響を受けて作った。「私たちは同一人物だと混同されていた」とタンは言う。これは多くのアジア系女性に共通する経験だ(たとえお互いの名前が似ても似つかなかったとしても)。だが、タンはティングの大ファンで、彼女のワークアウトのビデオも全部フォローして見ていた。この曲の中で、ふたりは同志のように描かれており「クロエ・ティング、あなたを理解したい」という歌詞で、性的なニュアンスも示唆している。「私がどんな人間かを説明せずに、この詞で私が誰かを表している」とタンは言う。だが、彼女はもっとあからさまなこんなコーラス入りの歌も今創作中だ。「ビッチ、私はチャイニーズだ」

 1776年にアメリカ合衆国が建国されてからその後約1世紀の間は、米国の国境は基本的に解放されていた。だが、西海岸に多数の中国人労働者たちがやってきて、金を掘り出し、のちに鉄道を建設するようになると、米国議会はペイジ法と呼ばれる最初の排他的な連邦移民法を1875年に可決した。この法律は「中国、日本のほか、あらゆる東洋の国々」を対象に、特に「輸入」制限を厳しく定めており、その制限物資のひとつが「売春を目的とした女性」だった。米国に入国しようとするすべてのアジア人女性は「性的にみだらで背徳的な目的」を隠し持っていると疑われた。その結果、サンフランシスコ移民局では、過酷な身体検査や人間の尊厳をはぎ取るような尋問が行われた。

 この法律の目的のひとつは、アジア人女性にアメリカ国内で子どもを生ませないことだった。それはひいてはアジア人による土地所有を阻むためでもあった。だが、中国系アメリカ人の歴史家スーチェン・チャンは、アジアの妖婦が白人男性や白人少年までをも誘惑し、堕落させ、白人家庭を壊し、白人社会に性病を蔓延させることを恐れていたからでもあったと記している。アジア系のセックスワーカーが入国してくることは「白人文明社会への脅威」を意味したのだ。

 1965年に移民改正法が可決され、その後半世紀が経過し、かつて米国人口の1%以下だったアジア系アメリカ人の数が7%近くに増えても、この文脈はしぶとく残り続けている。西洋が抱くアジアのイメージに偏見があまりにも強く根づいているため、白人コメディアンのエイミー・シューマーが2012年に「レディース、あなたたちがどんなに頑張っても無駄。男はみんなあなたを捨ててアジア人女性に走るんだから」とジョークを言ったときにも、私にはそれが侮辱だとすぐにはピンとこなかったぐらいだ。シューマーはその理由を、私たちアジア女性の身体は男性獲得に有利に作られているからだと説明した(医学的にそんな事実はない)。その言葉はまるでアジア系女性を称賛しているかのように聞こえるが、人間性を無視して身体だけの存在のように言及され、しかも身体のある一部だけに矮小化して語られるのはうれしくも何ともない。個性も顔もない人間として扱われることは、私たちにとっては死を意味することでもあるのが今の時代だ。今年3月、ジョージア州でアジア系女性6人が射殺される事件が起き、そのショックがまだ生々しかったときに、作家のメアリー・H.K.チョイがこうツイートした。「あなたが6人のアジア系女性のことを思い浮かべるとき、どんなビジュアルが頭に浮かびますか? 彼女たちの顔はそれぞれ違って見えますか? あなたにとって、私たちの顔がこれまで一度でも識別できたことはありますか?」

 日系英国人歌手のリナ・サワヤマのビデオ『STFU!』(2019年)では、周囲のことに気が回らない白人男性が、デートの夕食中にくだらない話をずっとしている光景が出てくる。デート相手のサワヤマに向かい、彼は彼女が英語で歌うことを知って驚いたと言う(「私、ここで育ったから」と彼女はやさしく言う)。そして彼女は、彼が自分を見て思い出すと言うのはルーシー・リューかサンドラ・オーかと聞く。すると彼は「別にどっちでもいいよ」と目の前の寿司を箸でぐちゃぐちゃに崩しながら答える。「ここの寿司はまともだな」と言いながら。このあとに続くのは、サワヤマがメタル調でうなり声を上げ、怒り狂いながら踊るシーンで、これは彼女が想像の中で暴れているのだ。それが終わってまたディナーのシーンに戻ると、デート相手はまだ延々とひとりで蘊蓄(うんちく)を語っているというオチだ。怒りは国境を越えていく。「あんたは、私たちはみな、中国で製造されたと思ってるんだろう」と歌うのはタイ人のエレクトロ・ポップ・シンガーのパイラだ。この3月に発売された曲『Yellow Fever』の中で、彼女とともにインドネシア人のラッパーのRamengvrl(ラーメンガール)と日本人のヒップ・ホップ・アーティストのヤヨイ・ダイモンが共演している。曲の真ん中あたりで、音楽が止まり、話し言葉でシンプルな懇願のメッセージが流れる。「どうかアジア人の身体を偏愛の対象にするのをやめてください」。そしてパイラが手のひらを合わせ、ゆったりと、少し皮肉を込めて「ワイ」と呼ばれる、尊敬を意味する伝統的なタイの挨拶をしてみせる。パイラとサワヤマはアジア人女性の多くが経験する、心底うんざりするような心情を曲で表現したが、より若い世代でもその傾向はまったく同じだ。ロサンゼルスを拠点とするパンクバンド、ザ・リンダ・リンダズのメンバーの少女たちの年齢は10歳から16歳だ。「あなたはレイシストセクシスト・ボーイ/人種差別と性差別をして、あなたは快楽を感じてる」と彼女たちは5月に発表したビデオの中で叫んでいる。しかし少女たちは怒りを怒りのままで終わらせず勝利と希望にまでつなげてしまう。歌はこう続く。「私たちはあなたが破壊したものを再生する」 

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