西洋のポピュラー音楽のストーリーは、そのランキングに参加しようとするアジア系やアジア人を長い間認識せず、彼らを蚊帳の外に置いて書かれてきた。しかし新世代の女性たちは、誰の音楽が集団から頭ひとつ抜け出して上へ行けるのか、どんな人間なら――才能や経歴や顔や身体を含め――人々はスターとして喜んで認めようとするのかを今、問い直している

BY LIGAYA MISHAN, PHOTOGRAPHS BY COLLIER SCHORR, STYLED BY MATT HOLMES, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 彼女たちは立ち上がって列を作る。バタフライ・スリーブのドレスを着ている女性たちもいる。肩の部分が高く細い山のように盛り上がり、平らな形になるようにプリーツが入った袖だ。彼女たちは車高の低いコンバーティブルの中に座り、カムフラージュ柄とナイロンのジャケットを着てこちらをじっとにらんでいる。レースの飾りがついた扇子を広げて、高い音を立てて鳴る竹の竿の間を、先祖から伝わる伝統の足さばきで踊る女性たちもいる。彼女たちは英語とタガログ語の両方でリズムを刻む。固い破裂音のような子音が満載の歌声で、フィリピン人女性のニーブス・フェルナンデスらに敬意を示す。教師だったフェルナンデスは、第二次世界大戦中、ゲリラの司令官となって指揮を執り、フィリピンに昔から伝わるバリソンと呼ばれるナイフを護身用に使用した。このナイフは半分に折り畳んでしまうとナイフには見えない。バタフライ・スリーブとは違い、さわると危険なバタフライだ。「島の女性は立ち上がる」/「Walang makakatigil(誰も私たちを止められない)」〈この曲のサビのフレーズ〉/「茶色、茶色の女性が立ち上がる」/「Alamin ang’yong ugat(自分のルーツを知れ)」

画像: ルビー・イバラ メンズニット(参考商品)/フェンディ(フェンディ ジャパン)TEL.03(3514)6187 イヤリング(参考商品)/Jennifer Fisher( https://jenniferfisherjewelry.com ) パンツ/スタイリスト私物 イヤリング/本人私物

ルビー・イバラ
メンズニット(参考商品)/フェンディ(フェンディ ジャパン)TEL.03(3514)6187 イヤリング(参考商品)/Jennifer Fisher(https://jenniferfisherjewelry.com) パンツ/スタイリスト私物 イヤリング/本人私物

 ルビー・イバラの2018年のシングル曲『Us(私たち)』はひとつの宣言であり、タイトルが示すとおり、フィリピン系アメリカ人たちがともに団結して声を上げている。ともにM.C.仲間でもあるクラッシーとロッキー・リヴェラ、詩人でスポークンワード(歌詞、詩などを話す芸術)のアーティストでもあるフェイス・サンティラなどカリフォルニア州を拠点とするアーティストたちが集結した。イバラがディレクターを務めたこのビデオでは、高齢者から若者まであらゆる年代の女性たちが並んで顔をカメラに向けている。彼女たちの褐色の肌の色の濃淡はさまざまで、先住民の民族衣装を着た人もいれば、植民地時代の貴族階級のフィリピン女性が着ていたドレスを着て半透明のショールをかけている人もいる。ストリートファッションや、「私の先祖たちがかつてとても想像できなかった現実を私は生きている」という言葉が描かれたTシャツも見える。このTシャツは、ニューオーリンズを拠点とした黒人アーティスト、ブランダン・“ビーマイク”・オデュムスがデザインしたものだ。イバラにとって、アイデンティティとは主題であり、作品の根幹だ。「私がここにいるだけで歴史を作っていることになる」と彼女は言う。彼女はフィリピンのレイテ島のタクロバンで生まれた。モンスーンの豪雨が直撃する海岸沿いだ。4歳のとき、カリフォルニアのベイエリアに移住したが、当時は英語もタガログ語も話せず、話せるのは育った地元の言語のワライ語だけだった。昼間は科学者として働く彼女は、昨年は新型コロナウイルスの検査キットの仕事にかかりきりだった。特にフィリピン系の移民にとってそれは火急の事項だったからだ。フィリピンからの移民は、伝統的に看護師のキャリアを選ぶケースが多く、アメリカ国内で新型コロナウイルスにより死亡した看護師の4分の1以上がフィリピン系だった。

 音楽を通し、イバラはフィリピンの人々について語り、フィリピン系やフィリピン人のために歌うという姿勢を終始貫いている。彼女は「家族を支えてきた長老の女性たちとは関係のないテーマ」を歌う気はない。『Us』の曲の中で、イバラは自分の先祖たちを忘れるなとラップ調で呼びかける。2019年にイバラは、ジューンとジーンのミリントン姉妹に会った。ふたりはロックバンド、ファニーのメンバーで、ファニーは1970年に女性だけのロックバンドとしては史上初めて、アメリカのメジャー・レーベルからアルバムを発売した。ジューンとジーンはフィリピン人の母親と白人の父親の間に生まれた。父は第二次世界大戦中にフィリピンに駐在した兵士で、愛ゆえに当地に残った。1961年にミリントン一家は北カリフォルニアに移住し、10代の思春期を迎えていた姉妹はアメリカの生活に素早く溶け込んだ。母親がスーパーのストップ&ショップで物々交換しようとすると、姉妹は恥ずかしさで身が縮んだ。「私がフィリピンのことを話そうとしても、アメリカ人はフィリピンとは何かをまったく知らなかった」とジューンは言う。ドキュメンタリービデオ『Fanny: The Right to Rock(ファニー:ロックする権利)』(監督はボビー・ジョー・ハート)が今年5月に公開されたが、その中でジーンは、当時の彼女のボーイフレンドは、彼の父親に「あの混血の少女と会うのをやめたらマスタングを買ってやる」と言われたと語る。そしてボーイフレンドは車を選んだ。

 彼女たちの母親は、姉妹にマザーオブパールのポジションマークが埋め込まれたギターを買い与え、ふたりはバンドを結成した。のちにフィリピン系アメリカ人のドラマーのブリー・ダーリングも仲間に入った。「音楽が私たちを守ってくれるように感じてた」とジューンは言う。「それは部族に属する人たちが、自分たちの身体にペイントするのと同じかもしれない」。彼女たちは地元のダンスイベントと空軍基地で演奏し、60年代後半には全米ツアーも行なった。観客の中にはベトナムから帰還したばかりの米兵たちもいた。彼女たちは逆風にも遭遇した。人種が問題にされたのではなく「私たち女の子が自分たちの楽器を弾いていることが衝撃だったみたい」とジーンは言う。彼女たちは、ビートルズのドラマーのリンゴ・スターがファニーを「あの、東洋の娘たちのバンド」と形容したと聞くと、褒め言葉だと捉えた。やっと認識されたのだと。デヴィッド・ボウイは彼女たちの活動初期からのファンで、1999年発売のローリング・ストーン誌上で「彼女たちはとんでもなくすごくて素晴らしかった。そして、誰も彼女たちのことを話題にしなかった」と手放しで褒めたたえている。話題にならなかった理由は、1970年代末までには、ミリントン姉妹はキム・シスターズと同じように表舞台から消えてしまっていたからだ。

 現在、姉妹は70代で、ジューンはマサチューセッツ州に住み、ジーンはカリフォルニア州在住だ。今も雌ライオンのような存在感は健在で、滝のようにウエストまで伸びた髪型も同じ。唯一の違いは髪が白くなったことだけだ。そして、ついに時代が彼女たちに追いついた。姉妹はダーリングと2016年に再会し、その2年後にアルバムを発売した。新しいバンド名は、より壮大なスケール感がある「Fanny Walked the Earth(地球を歩いてきたファニー)」とした。彼女たちのドキュメンタリー映画も今年映画祭で公開され、さらにバンドの復活を描いたミュージカルがニュージャージー州のトゥー・リバー劇場で上演される予定だ。舞台の脚本を担当するのは、フィリピン系スパニッシュ・アメリカ人のライター、ジェシカ・ハゲドーンだ。彼女自身、パンク・ファンク系のスポークンワード・パフォーマンスグループであるギャングスター・クワイヤーのフロントを務めていた。今年の5月に、ジューンは活動のひと区切りの意味で、イバラと(Zoom上で)スミソニアン・フォークライフ・フェスティバルに参加した。これは、アジア・太平洋諸島系アメリカ人の遺産に敬意を払う月間の催しの一環だった。「私の先祖について話す機会を与えられたのは今回が初めて」とジューンは言う。「誰からも今まで尋ねられたことはない。ものすごく有名で圧倒的な発言力のあるフェミニストたちからも、私の文化背景について質問されたことはただの一度もない」

 しかし遅すぎることはない。彼女は自分たちの人生における「新しい次のパート」を楽しみにしていると言う。いつも仲間内だけで完結し、ほかの人とシェアすることがかなわなかった世界を公にしていくことや、新しい音楽を創造していくことを。ジューンは抗がん剤治療中で、ジーンは脳卒中の療養中だが、それでもふたりは前を向いている。「最後の最後にこのチャンスが来た」とジューンは言う。「やっと間に合って蜜の味を堪能できる」『Us』の最後のシーンでは、詩人のサンティラがソロを取ってこの曲をビデオ視聴しているフィリピン系やフィリピン人の女性たちに直接話しかける。サンティラいわく、彼女たちはこれまで常に「困難を引き受け、苦難とともに歩んできたが、恐らくそれだけでなく、今まで受けた試練はとてつもなく大きく、ありとあらゆる苦しみにさらされてきたはずだ」。彼女の声は演説調でありながらも親密さにあふれ、かつ、現実的だ。そして落ち着いている。これは決起をうながす呼びかけではないし、要求でもない。差しのべられた手──つまり招待だ。 

 そして、あなたが準備できたと
 思えたとき、姉妹たちよ、
 私たちはここにいる。

HAIR BY TOMO JIDAI AT STREETERS. MAKEUP BY YUMI LEE AT STREETERS. SET DESIGN BY JESSE KAUFMANN.
PRODUCTION: HEN’S TOOTH. MANICURIST: ELINA OGAWA AT BRIDGE ARTISTS. DIGITAL TECH: JARROD TURNER. PHOTO ASSISTANTS: ARI SADOK, TRE CASSETTA, ANDRES ZAWADZKI. HAIR ASSISTANT: MARK ALAN ESPARZA.
MAKEUP ASSISTANT: MISH PARTI. SET ASSISTANT: JP HUCKINS AND COREY HUCKS. TAILOR: CAROL AI STUDIO. STYLIST’S ASSISTANTS: ANDY POLANCO, ROSALIE MORELAND, MICHELLE CORNEJO

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