見逃していた人気タイトルの過去ドラマや話題の映画、ドキュメンタリーからヒューマンドラマまで、イッキ見必至の大人が楽しめるおすすめ映画&ドラマをまとめて紹介する

BY KANA ENDO

アカデミー賞受賞傑作ドキュメンタリー3作品

【1】一組のカップルと火山との三角関係を描いた『ファイアー・オブ・ラブ 火山に人生を捧げた夫婦』

 火山学者であるフランス人夫婦、カティアとモーリスが、1960年代後半に世界中の火山を訪ね撮影した映像を元に、夫妻の火山への愛を描くドキュメンタリー作品。火口ぎりぎりまで近づいたり、溶岩の上を歩いたりといった、命がけの調査活動は、火山学を大きく前進させることに貢献した。ナレーションは映画監督であり作家、アーティストでもあるミランダ・ジュライが務める。2022年のサンダンス映画祭で上映され大きな話題を呼び、第95回アカデミー長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた。

画像: 真っ赤に燃える溶岩の映像は地球が生きていることをまざまざと感じさせ、そのあまりの美しさに圧倒される © 2023 NATIONAL GEOGRAPHIC PARTNERS, LLC.

真っ赤に燃える溶岩の映像は地球が生きていることをまざまざと感じさせ、そのあまりの美しさに圧倒される
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 同じ土地で生まれ、同じ大学へ通い、同じように火山を愛する二人は運命に導かれるようにストラスブール大学のベンチで偶然出会う。二人は世界中の噴火している山に出かけ、時には噴火口ぎりぎりまで近づき、写真や映像に収め続けた。彼らは持ち帰った写真や映像で書籍や映画を制作したが、本作で使われている16ミリカメラで撮られた映像の多くは、30年の時を経て初めて日の目をみたという。映像の中の彼らは、流れる溶岩の側でおどけたりはしゃいだりしており、通常であれば危険を感じこわばった表情になるであろう噴火口にあっても、実に穏やかな表情で幸福感に満ちており、火山を愛していることが鮮やかに映し出される。

 本作は、噴火のメカニズムなどの学術的なことにフォーカスするのではなく、あくまで火山と夫婦の愛の三角関係を描く。ミランダ・ジュライによる静謐なナレーションが、火山の荒々しさとは正反対で、まるで詩の朗読を聞いているような叙情的な気持ちにさせてくれる。夫妻は火砕流に巻き込まれて亡くなるが、彼らの残した記録は今も生き続け、噴火の被害から多くの人々を救っている。

画像: 左がモーリス・クラフト、右がカティア・クラフト。モーリスの「もし岩を食べることができたら、街に戻ることなくずっと火山にいるのに」という言葉からも分かるように火山を心から愛していた © 2023 NATIONAL GEOGRAPHIC PARTNERS, LLC.

左がモーリス・クラフト、右がカティア・クラフト。モーリスの「もし岩を食べることができたら、街に戻ることなくずっと火山にいるのに」という言葉からも分かるように火山を心から愛していた
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『ファイアー・オブ・ラブ 火山に人生を捧げた夫婦』
ディズニープラスで独占配信中
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【2】ロシアの活動家アレクセイ・ナワリヌイの暗殺未遂事件の真相に迫る『ナワリヌイ』

 2020年8月、プーチン政権への痛烈な批判活動で支持を集めるロシア人政治家、アレクセイ・ナワリヌイは、シベリアからモスクワへ向かう機内で突然、昏睡状態に陥る。緊急着陸により奇跡的に命を取り留めるが、何者かにノビチョクという毒物を投与されたことが判明する。プーチン大統領は即座に一切の関与を否定するが、ナワリヌイは自分に毒を盛った者の正体を暴くべく、自身で調査チームを結成し、命がけで独自調査を進めていく。カメラは緊迫する調査現場に密着し、驚くべき事実が明らかになる。

画像: 第95回アカデミー長編ドキュメンタリー賞受賞。2022年サンダンス映画祭で、観客賞とフェスティバル・フェイバリット賞をW受賞した ©2022 CABLE NEWS NETWORK,INC.A WARNERMEDIA COMPANY ALL RIGHTS RESERVED.COUNTRY OF FIRST PUBLICATION UNITED STATES OF AMERICA.

第95回アカデミー長編ドキュメンタリー賞受賞。2022年サンダンス映画祭で、観客賞とフェスティバル・フェイバリット賞をW受賞した
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 監督は暗殺未遂事件の直後から、ナワリヌイや家族、調査チームに密着し、本作を製作。ニュース映像とインタビュー映像を織り交ぜながら、ナワリヌイが反体制派のリーダーとして多くの支持を集め、政府にとっていかに脅威であったかを描く。また、多くの市民がナワリヌイの集会やデモに参加している様子も映し出し、ロシア国内での人気の高さがうかがえるとともに、正義を訴え行動を起こす人々がロシア国内にも多く存在することが見て取れる。衝撃の事実が明らかになっていく様子はさながらスパイ映画のようにスリリングだが、紛れもない事実ということに驚愕するだろう。ナワリヌイは「もし私が殺されることがあっても、諦めないで」と支持者に語りかけた。現在も国家とナワリヌイの闘いは続いている。

画像: 事件の黒幕を暴いた後、ナワリヌイは新たな闘いに挑む。多くの市民が支援に駆けつけた ©2022 CABLE NEWS NETWORK,INC.A WARNERMEDIA COMPANY ALL RIGHTS RESERVED.COUNTRY OF FIRST PUBLICATION UNITED STATES OF AMERICA.

事件の黒幕を暴いた後、ナワリヌイは新たな闘いに挑む。多くの市民が支援に駆けつけた
©2022 CABLE NEWS NETWORK,INC.A WARNERMEDIA COMPANY ALL RIGHTS RESERVED.COUNTRY OF FIRST PUBLICATION UNITED STATES OF AMERICA.

『ナワリヌイ』
Blu-ray、DVD発売中、U-nextなどで配信中
Blu-ray ¥4,730、DVD ¥4,290
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【3】象と人間との対話から幸せの本質が垣間見える『エレファント・ウィスパラー:聖なる象との絆』

 南インドのタミルナド州にあるテッパカドゥ・エレファント・キャンプは140年前に設立されたアジアにある最も古い象の保護施設で、様々な理由により野生で生きていくことが困難になった象を保護し育てている。そこで働くボマンとベッレは、親を失った子象の飼育に南インドで初めて成功する。小象ラグと親代わりになったボマンとベッレの愛の物語を描くドキュメンタリー。

画像: 本作は第95回アカデミー短編ドキュメンタリー賞を受賞した ©NETFLIX

本作は第95回アカデミー短編ドキュメンタリー賞を受賞した
©NETFLIX

 ボマンとベッレは森の王を意味する部族、カトゥナヤカンの出身。エレファント・キャンプは広大な森のなかに存在し、干ばつや森林破壊などによる餌不足から人里に現れたため事故に遭い親を亡くした小象や、怪我などで群れからはぐれてしまった象を保護している。保護施設といっても、動物園のように檻に入れられているわけではなく、猿やイノシシなどの野生動物が象たちの足元を駆け抜けるなか、象たちは自然の中でのびのびと生活している。ボマンとベッレの元にやってきた小象のラグは、まるで人間の子供のように笑ったり、いじけたり、はしゃいだりと感情をあらわにし、それが映像を通して手に取るように伝わってくる。ラグのその豊かな表情から、愛情をたっぷり注がれ幸せな生活を送っていることをうかがい知ることができる。

「象は私達にとって神と同じような存在なので、神に仕えるように象に尽くしている。彼らの世話をすることで日々の糧を得られることができ、人生に神の存在を感じる」と語るボマンを羨ましく感じた。彼らの生活は都会でのそれとは比べ物にならないほどシンプルだが、充足感と幸福感に満ち溢れ、生きること、働くこと、本当の豊かさとは何かを問いかける。象たちの愛らしい表情と豊かな自然に癒やされ、心が洗われる作品だ。

Netflix映画『エレファント・ウィスパラー:聖なる象との絆」』独占配信中
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賞レースを席巻した日本では意外と知られていないアメリカで超話題のドラマ3選

【1】白人社会を皮肉たっぷりに描く『ホワイト・ロータス / 諸事情だらけのリゾートホテル』シーズン2

 『ホワイト・ロータス/ 諸事情だらけのリゾートホテル』は、高級リゾートホテル「ホワイト・ロータス」でバカンスを過ごす裕福な宿泊客と、彼らをもてなす従業員たちの一週間を描いたブラックコメディだ。シーズン2では、シーズン1のハワイからイタリア・シチリア島に舞台を移し、陽気な南イタリアの雰囲気に時折差し込まれるシチリア名物の置物テスタ・ディ・モーロが不穏さを醸しながらストーリーが展開していく。

 主な登場人物は、セクハラ発言が絶えない祖父、セックス依存症で離婚危機の父、大学を卒業したてでうぶな息子の3世代家族。人前でも新婚カップルのようにいちゃつく鼻持ちならない夫婦と、彼らに誘われて渋々バカンスに同行した毎朝の新聞チェックとジョギングを欠かさないセックスレスの友人夫婦。そしてシーズン1から引き続き登場の謎多き女性ターニャとそのアシスタントだ。ニューリッチからオールドリッチまで様々なタイプの富裕層と、ホテルのマネージャーやホテルに出入りする娼婦が群像劇を織り成していく。シーズン1同様、冒頭でバカンス中に誰かが死ぬことが匂わされるが、それが誰なのか最終話まで全く予想できない。

画像: コメディエンヌで『アメリカン・パイ』や『キューティ・ブロンド』、アリアナ・グランデの『thank u, next』のMVに出演したジェニファー・クーリッジ(写真中央)は、ターニャ役で見事に再ブレイク。アシスタントのポーシャ(写真左)は『アフター・ヤン』のヘイリー・ルー・リチャードソンが演じた © 2023 HOME BOX OFFICE, INC. ALL RIGHTS RESERVED. HBO® AND ALL RELATED PROGRAMS ARE THE PROPERTY OF HOME BOX OFFICE, INC.

コメディエンヌで『アメリカン・パイ』や『キューティ・ブロンド』、アリアナ・グランデの『thank u, next』のMVに出演したジェニファー・クーリッジ(写真中央)は、ターニャ役で見事に再ブレイク。アシスタントのポーシャ(写真左)は『アフター・ヤン』のヘイリー・ルー・リチャードソンが演じた

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 シーズン1はエミー賞・リミテッド・シリーズ部門の作品賞のほか4部門を受賞、シーズン2はゴールデングローブ賞・リミテッド・シーズン部門で作品賞と助演女優賞を受賞し、文句なしにアメリカで最も話題になったドラマだ。特にシーズン1から続投したターニャ役のジェニファー・クーリッジは、エミー、ゴールデングローブの両賞で助演女優賞を獲得しており、一躍時の人に躍り出た。シーズン1では、白人富裕層がもつ特権を皮肉たっぷりに描き、ホモフォビア、マチズモというテーマも織り交ぜた。まるで自分たちが弱者にでもなったかのように「白人として生きるのが辛い時代だよね」という描写に苦笑いしてしまう。シーズン2でもシーズン1同様、白人富裕層の高慢さを痛烈な皮肉を込めて描き出し、そこにアモーレの国、イタリアが舞台ということで愛とは、幸せとは何かを問いかける内容となっている。

 シーズン1では白人が先住民族から奪い取った土地にリゾートを建設し、そこで搾取されながら働く地元住民の苦しみも描かれるが、シーズン2では、シチリアに伝わるテスタ・ディ・モーロの伝説が伏線となっているのも見事だ。テスタ・ディ・モーロとは、シチリアに伝わる伝説から生まれた人の顔を象った置物で、不義理を働いた外国人の男の首をシチリアの女が切り落とし、ベランダに飾ったというものだ。ホテルの客室や街角など、時折映し出されるテスタ・ディ・モーロが、不穏さを演出するとともに、物語の伏線となっていく。また、シスターフッド要素も見逃せない。搾取される側である娼婦や娼婦と敵対していたホテルのマネージャーが連帯していく姿は、終始ヒリヒリするストーリーのなかのオアシスのように、平穏で幸せな気持ちにさせてくれる。

 当初1シーズンで終了する予定だったという本作だが、あまりの人気の高さにシーズン2が制作され、シーズン3も予定されているという。米VARIETY誌に掲載されたインタビューで監督マイク・ホワイトは「シーズン1のテーマはお金、シーズン2はセックスでした。シーズン3は、死をテーマに東洋の宗教とスピリチュアルを風刺したコメディになる」と語っている。アジアが舞台になるシーズン3の公開が待ち遠しい。

画像: 娼婦のルチアを演じたシモーナ・タバスコ(写真)とミアを演じたベアトリーチェ・グランノも本作でブレイク。キム・カーダシアンのブランドSKIMSのバレンタインコレクションのモデルを務めている © 2023 Home Box Office, Inc. All rights reserved. HBO® and all related programs are the property of Home Box Office, Inc.

娼婦のルチアを演じたシモーナ・タバスコ(写真)とミアを演じたベアトリーチェ・グランノも本作でブレイク。キム・カーダシアンのブランドSKIMSのバレンタインコレクションのモデルを務めている

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『ホワイト・ロータス / 諸事情だらけのリゾートホテル』シーズン1・2
U-NEXTにて見放題で独占配信中
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【2】カオスな厨房は社会の縮図、見事なカメラワークも見逃せない『一流シェフのファミリーレストラン』

 カーミーはニューヨークの一流レストランでシェフとして働いていたが、サンドイッチ店「ザ・ビーフ」を経営していた兄の死をきっかけに地元シカゴに戻り、店を受け継ぐことに。しかし「ザ・ビーフ」は、これまでカーミーが働いていたNOMAなどの星付きレストランとは異なり、厨房は古く荒れていて、従業員の足並みはバラバラ。包丁を隠されるなどの嫌がらせを受けつつも、カーミーは店をより良くしようと一生懸命格闘していた。そんな中、アメリカで最も権威のある料理学校を卒業し、有名店で経験をつんだシドニーが「ザ・ビーフ」でスーシェフとして働きたいと応募してきた。優秀な彼女だけがカーミーをリスペクトしており、シドニーに助けられながらレストランの改革に乗り出すが、前職でメンタルを傷つけられており、それがトラウマのようにフラッシュバックしてしまう。さらに店には多大な借金があることが判明し、次第に八方塞がりになっていく。

画像: カーミーを演じたジェレミー・アレン・ホワイト(写真右)は、本作でゴールデングローブ・主演男優賞(喜劇/ミュージカル部門)を受賞した。リッチーを『ドロップアウト〜シリコンバレーを騙した女〜』にも出演しているエボン・モス=バクラック(写真左)が演じた © 2023 FX PRODUCTIONS,LLC. ALL RIGHT'S RESERVED.

カーミーを演じたジェレミー・アレン・ホワイト(写真右)は、本作でゴールデングローブ・主演男優賞(喜劇/ミュージカル部門)を受賞した。リッチーを『ドロップアウト〜シリコンバレーを騙した女〜』にも出演しているエボン・モス=バクラック(写真左)が演じた
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 物語は厨房を舞台に繰り広げられるため、常に人が動き周り怒号が飛び交い、まるでドキュメンタリーを見ているかのように忙しなく、一瞬たりとも目が離せない。ワンカットで撮影されたシーンもあり、カオスと化したキッチンの様子をリアルに描き出す映像は圧巻だ。現実世界でもピークタイムの厨房はまさに戦場で、いかに円滑に作業を進めることができるかが、料理の味を左右してしまう。これまでのやり方を変えたくないティナやリッチー、やる気に満ちて張り切り過ぎてしまうシドニー、一つのことに執着してしまい協調性をなくすマーカスなど、チームはなかなか一つにまとまらない。しかしカーミーはどんな時も彼らに対してリスペクトを忘れないのだ。汚い言葉でダメ出しもするが、前菜担当でも肉担当でも、全員のことを“シェフ”と呼び、常に彼らをリスペクトしている。うまくいった時は褒めて感謝の意を伝えるうちに、徐々に全員がお互いのことを“シェフ”と呼び始め自然と敬意を持って接するようになっていく。

 会社や学校、また家族であっても、それは異なる意見を持った人間の集合体だ。意見の対立があった時、解決できるか否かは、相手に対する敬意があるかどうかにかかっている。本作はそんなリーダーシップや組織論を描いていく。劇中、意外と料理描写は多くないが、シカゴにしかないというイタリア風ビーフ・サンドイッチが食べたくなるのは必至だ。

画像: 原題は『THE BEAR』。カーミーの幼少期の愛称に由来し、カーミーはパワハラの後遺症で熊に襲われる夢を度々見る。連帯感を出すために全員に同じエプロンを身につけさせ、効率化を図るためオーギュスト・エスコフィエが考案したフレンチレストランの指揮系統、ブリガードを導入するなど、レストラン業界のルールを知ることができるのも醍醐味だ © 2023 FX PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHT'S RESERVED.

原題は『THE BEAR』。カーミーの幼少期の愛称に由来し、カーミーはパワハラの後遺症で熊に襲われる夢を度々見る。連帯感を出すために全員に同じエプロンを身につけさせ、効率化を図るためオーギュスト・エスコフィエが考案したフレンチレストランの指揮系統、ブリガードを導入するなど、レストラン業界のルールを知ることができるのも醍醐味だ

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『一流シェフのファミリーレストラン』
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【3】若き天才実業家から詐欺師へと転落していく実話『ドロップアウト 〜シリコンバレーを騙した女』

「ビリオネアになるのが夢」と語り、スタンフォード大学で勉強に励んでいたエリザベス・ホームズ。在学中に一滴の血液から100種類以上もの検査を可能にする小さな血液検査デバイスのアイデアを思いつき、退学してベンチャー企業「セラノス」を起業する。学費を資金に充てるもすぐに底をつき、投資を募ろうと躍起になっていたエリザベス。プレゼンの日、試作機がうまく作動しないことがわかっていたが、別のデータを使い試作機が完成しているように見せかけた。その後もデータを誤魔化し続けるが、若い女性創業者であったエリザベスはネクスト・スティーブ・ジョブズともてはやされ評判だけが独り歩きしていく。しかし内部告発により不正が発覚し、エリザベスは時代の寵児からシリコンバレー随一の詐欺師へと転落する。

画像: 長年エリザベスの親友で恋愛関係にもあったサニー・バルワニ(写真左)の影響で、エリザベス(写真右)は黒のタートルネックのみを着るようになる。経営面だけでなくパーティでの服装や食べる物までコントロールしたという © 2023 DISNEY AND RELATED ENTITIES

長年エリザベスの親友で恋愛関係にもあったサニー・バルワニ(写真左)の影響で、エリザベス(写真右)は黒のタートルネックのみを着るようになる。経営面だけでなくパーティでの服装や食べる物までコントロールしたという

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 実際に起きた事件を扱った本作は、ABCニュースのポッドキャスト『The Dropout』を基に制作された。ほとんどの登場人物が実名で、シリコンバレー最大の詐欺と言われる事件の内実が生々しく描かれる。特にエリザベス・ホームズを演じたアマンダ・サイフリッドの演技は白眉で、エリザベスの低い声や独特な喋り方を見事に再現し、特殊メイクを施したかのように顔が変わって見えてくる。その演技が高く評価され、エミー賞とゴールデングローブ賞のリミテッドシリーズ部門で主演女優賞を受賞した。

 新しい技術で多くの人を救いたいという理念から、なんとしてでも成功したいという思いに取り憑かれ、開発途中のままサービスを実用化。結果多くの一般人に虚偽の検査結果を提供し、健康を脅かすことになってしまう。本来の目的を失っていくエリザベスの罪は重いが、取締役や出資した企業にもその責任はある。また本作からは倫理そっちのけで、情報をいち早く掴んで、ライバルを出し抜きたいというスタートアップの危うさやシリコンバレーの闇が垣間見える。2022年11月18日、カリフォルニア州北部地区連邦地裁はエリザベスに11年3ヶ月の禁固刑を下した。一方相棒であったバルワニに対しては、12年11ヶ月とエリザベスより長い禁固刑を下している。エリザベスはバルワニを虐待で告訴し、セラノスの失敗の責任をバルワニに押し付けようとしているようだ。まだこの事件は終わっていない。

画像: 社外取締役にはレーガン大統領時代に国務長官を務めたジョージ・シュルツ(写真右/演じるのはサム・ウォーターソン)も名を連ねた。皮肉にもセラノスの悪事を暴いたのはその孫であるタイラー・シュルツ(写真左/演じるのはディラン・ミネット)だった © 2023 DISNEY AND RELATED ENTITIES

社外取締役にはレーガン大統領時代に国務長官を務めたジョージ・シュルツ(写真右/演じるのはサム・ウォーターソン)も名を連ねた。皮肉にもセラノスの悪事を暴いたのはその孫であるタイラー・シュルツ(写真左/演じるのはディラン・ミネット)だった

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『ドロップアウト 〜シリコンバレーを騙した女』
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新進気鋭の日本人監督に注目!かつてない映画体験を約束する珠玉の邦画3選

【1】残酷なまでに無垢な少女の世界を体感できる―森井勇佑監督『こちらあみ子』

 あみ子は小学5年生の少女で、父と妊娠中の母、兄とともに広島で元気いっぱいに暮らしていた。あまりに純粋で思ったことをなんでも口にしてしまうので、時に周りの友達や大人を振り回してしまう。誕生日に、お母さんがつくったあみ子の好物の五目ご飯も、絶対おかわりすると言ったもののすぐに飽きて、クッキーを食べ始めてしまったり、記念写真を撮りたいと、家族を集合させるも母親がまだ鏡を見て髪型を直しているのに撮影してしまったりと、あみ子にとっては何の悪気もない行動が、家族を困惑させ疲弊させていく。そして、あみ子は誕生日プレゼントの電池切れのトランシーバーに話しかける。「応答せよ、応答せよ。こちらあみ子」──。

画像: あみ子を演じたのは映画初出演の大沢一菜(おおさわかな、写真中央)。まるでドキュメンタリーを見ているかのような、のびのびとした自然体の演技が、映画を鮮やかに彩る ©2022『こちらあみ子』フィルムパートナーズ

あみ子を演じたのは映画初出演の大沢一菜(おおさわかな、写真中央)。まるでドキュメンタリーを見ているかのような、のびのびとした自然体の演技が、映画を鮮やかに彩る
©2022『こちらあみ子』フィルムパートナーズ

 この作品は心温まる家族ドラマではない。原作は今村夏子のデビュー作で、太宰治賞、三島由紀夫賞をW受賞した小説『あたらしい娘』(のちに『こちらあみ子』に改題)。監督は大森立嗣などの助監督を務め、本作で監督デビューした森井勇佑。

 原作を読んでから「自分の中にあみ子が住み着いた」と語る監督。「あみ子の見ている世界と、あみ子には見えていない世界をどう描くか」を意識したという言葉通り、画角の切り取り方や、音声、ストーリー展開など、徹底的にあみ子の世界のなかで物語を描いていく。それゆえ、あみ子の母親のことや引っ越しのことなど明確な説明がないまま、物語は進んでいく。観客は一瞬戸惑いを覚えるが、これこそがあみ子が感じていることなのだ。観客はあみ子の世界に入り込み、あみ子を体感する。話してもきっと分からないから、あみ子にきちんと説明をする大人はいない。あみ子もそれを気にすることなく、次の話題に関心が移っていく。我々のいるこちら側とあみ子のいる世界には完全に隔たりが生まれ、「こちらあみ子、応答せよ」とトランシーバーでいくら呼びかけても返事はない。あまりに純粋がゆえ、異物となってしまうこちら側の世界。その異物を目の当たりにした時、自分はどんな行動をするのか試されているように感じた。終始心が苦しくヒリヒリと痛むが、あみ子が最後にした選択と言葉に救われる。誰も責めることなく、一方的にメッセージを押し付けることもない作風が、新しい映画体験となって心に刻まれるだろう。デビュー作にしてあみ子の世界を見事に描き出した森井監督に今後も注目していきたい。

画像: あみ子の父親を井浦新(写真)、母親を尾野真千子が演じた。物静かで忍耐強い父が、徐々に苦悩を顕にしていく姿に共感を覚える。また小学生から中学生になるあみ子を始めとする子どもたちが、一気に成長して見えるような演出も素晴らしい ©2022『こちらあみ子』フィルムパートナーズ

あみ子の父親を井浦新(写真)、母親を尾野真千子が演じた。物静かで忍耐強い父が、徐々に苦悩を顕にしていく姿に共感を覚える。また小学生から中学生になるあみ子を始めとする子どもたちが、一気に成長して見えるような演出も素晴らしい
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『こちらあみ子』
Blu-ray&DVD、2/10発売
Blu-ray ¥5,280、DVD ¥4,620
発売元:2022『こちらあみ子』フィルムパートナーズ
販売元:TCエンタテインメント
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【2】一体何を見つけたかったのかがわからなくなる―片山慎三監督『さがす』

 大阪の下町で暮らす原田智と中学生の娘である楓。貧しいながらも楽しく暮らしていた親子だったが、智は「懸賞金300万円がかかった指名手配中の連続殺人犯を見た」と言った翌日、忽然と姿を消してしまう。楓は父をさがし始めるが、警察には相手にされず、手がかりを求めて奔走する。日雇い労働の名簿に父の名前を見つけ職場を尋ねるも、そこにいたのは同姓同名を名乗る若い男だった。手がかりをなくし失意に打ちひしがれる中、街の掲示板に貼られた連続殺人犯のチラシをみると、そこには日雇い現場にいた若い男の顔写真が載っていた──。

画像: 主人公の原田智を演じるのは佐藤二朗。ユーモラスで憎めない人物ながら、現代社会が抱える闇に取り込まれて善悪の区別がつかなくなっていく父親を見事に演じた © 2022『さがす』製作委員会

主人公の原田智を演じるのは佐藤二朗。ユーモラスで憎めない人物ながら、現代社会が抱える闇に取り込まれて善悪の区別がつかなくなっていく父親を見事に演じた
© 2022『さがす』製作委員会

 2019年、自主製作映画『岬の兄弟』で長編監督デビューした片山慎三の2作目であり、初の商業映画となる本作。中盤まではテンポよく、まるで探偵映画のように次々と手がかりを見つけ、核心に近づいていくように思えるのだが、中盤以降、物語は思いも寄らない展開を見せ、あらゆる予想を裏切るかたちで結末を迎える。

 本作では現代社会が抱える死生観や倫理観などの深い闇を描きながらも、ミステリーやサスペンス要素を取り込み、エンタテインメント性も極めて高い作品となっている。正しいことと地続きにある悲劇や、善と悪の境界にある隙間を、登場人物それぞれがもつ正義として生々しく描き出す。日本人で唯一、ポン・ジュノ監督の元で助監督を務めた経験をもつ片山監督。日本映画に足りないのは時間という持論を持ち、スタッフの数を絞りじっくりと時間をかけて撮影をすることで、商業映画ながら自主製作映画のようにアーティスト性も担保できたと話す。単に愚鈍なのか、またはそう見えるように仕向けているのかわからない原田智を演じた佐藤二朗や、大人にも物怖じしない意志の強い少女・楓を演じた伊東蒼。静謐で猟奇的な殺人犯、山内照巳を演じた清水尋也という芸達者な俳優陣と、監督の思いが見事に呼応したダークでシニカルな傑作といえるだろう。

画像: 原田楓役に『おかえりモネ』、『湯を沸かすほどの熱い愛』、『空白』の伊東蒼を起用。監督いわく、抜群の演技力とアドリブなど対応能力の高さに即採用を決めたという。連続殺人犯の山内照巳を『東京リベンジャーズ』や『おかえりモネ』の清水尋也が演じる © 2022『さがす』製作委員会

原田楓役に『おかえりモネ』、『湯を沸かすほどの熱い愛』、『空白』の伊東蒼を起用。監督いわく、抜群の演技力とアドリブなど対応能力の高さに即採用を決めたという。連続殺人犯の山内照巳を『東京リベンジャーズ』や『おかえりモネ』の清水尋也が演じる
© 2022『さがす』製作委員会

『さがす』
Blu-ray&DVD発売中、デジタル配信中
Blu-ray ¥5,280、DVD ¥4,180
発売元:ギャガ
販売元:ギャガ
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【3】理不尽な社会を生き抜くクルド人の高校生を描いた──川和田恵真監督『マイスモールランド』

 サーリャは父と妹、弟と埼玉県に暮らす高校生。幼い頃に生活していた地を逃れて来日し、日本で育ったクルド人だ。父は「クルド人としての誇りを失わないように」と夕食の前には必ずクルドの祈りを唱え、周りのクルド人たちと支えあって生活してきたが、サーリャの妹と弟は日本語のみを話し、日本の文化の中で日本人として育っていた。サーリャは大学進学の資金を貯めるため、家族には内緒で川を隔てた東京のコンビニでアルバイトをしていたが、ある日、サーリャたち家族の難民申請が不認定になってしまう。在留資格を失い、就労することも、許可なく居住地である埼玉から出ることもできなくなったが、父は生活のために仕事を続け、サーリャもアルバイトを続けていた。しかし、父は不法就労が発覚し、入管施設に収容されてしまう。いつ出られるか分からない不安を抱えながら、サーリャは家族の面倒を一人で見ることになり、心身ともに疲弊していく。

画像: 主演を務めたのはモデルの嵐莉菜。自身も日本、ドイツ、イラン、イラク、ロシアと5カ国のルーツをもち、アイデンティティをめぐって逡巡するサーリャを見事に演じた。サーリャのバイト先で知り合う聡太役には『MOTHER マザー』の奥平大兼が配された ©2022「マイスモールランド」製作委員会

主演を務めたのはモデルの嵐莉菜。自身も日本、ドイツ、イラン、イラク、ロシアと5カ国のルーツをもち、アイデンティティをめぐって逡巡するサーリャを見事に演じた。サーリャのバイト先で知り合う聡太役には『MOTHER マザー』の奥平大兼が配された
©2022「マイスモールランド」製作委員会

 監督の川和田恵真は、是枝裕和や西川美和らを中心とする映像制作者集団「分福」に所属し、本作が商業デビュー作となる。イギリス人の父と日本人の母をもち、監督自身も10代の頃に自分のアイデンティティに悩んだそう。本作を企画するきっかけとなったのは、2015年頃、ISISに土地を奪われたクルド人が男性女性を問わず銃を持ち、自分たちの暮らす土地を守るために戦っている写真を見たことだという。日本にも難民申請中のクルド人が2000人近くいることを知り、映画化の出発点となった。

 本作で、主人公のサーリャを演じたのは、映画初出演の嵐莉菜。そしてサーリャの家族を演じたのは、嵐の実の家族である父と妹、弟だ。当初は在日クルド人をキャスティングしようと試みたが、難民申請中の彼らが自身の顔を出して映画に出演することで、将来何かしらの不利益を被るかもしれないと断念。しかし多くの在日クルド人に取材を重ね、本作は完成し、エンドロールに示された言葉に思わず落涙してしまう。

 鑑賞中は、理不尽な現実を突きつけられ、自分の無力さに絶望してしまうが、自身のルーツを偽り、常に「しょうがない」と諦め苦笑いしていたサーリャの眼差しが終盤、がらりと変わっていく姿や、諦めず手を差し伸べ続けサーリャの良き理解者となっていく聡太に、新しい世代がもっている希望の光が見えた気がする。ニュースの中の出来事ではなく、そこにある血の通った物語として、多くの人が自分ごととして捉えられるようになるような社会問題への切込み方や子役への巧みな演出は、是枝監督イズムを感じさせる。厳しい現実を描き出す一方で、このような鋭い着眼点をもつ女性映画監督の活躍に光明も感じられる作品だ。国内外での数々の映画賞受賞を記念した凱旋上映が、2月10日(金)から2週間限定で新宿ピカデリー、MOVIX川口、なんばパークスシネマで予定されている。

画像: サーリャがアルバイトをするコンビニの店長を藤井隆、聡太の母親を池脇千鶴が演じ、手練な役者陣が脇を固めた。またスタッフに『ドライブ・マイ・カー』の撮影・四宮秀俊と美術・徐賢先が参加し、光の捉え方など素晴らしい映像美が完成した ©2022「マイスモールランド」製作委員会

サーリャがアルバイトをするコンビニの店長を藤井隆、聡太の母親を池脇千鶴が演じ、手練な役者陣が脇を固めた。またスタッフに『ドライブ・マイ・カー』の撮影・四宮秀俊と美術・徐賢先が参加し、光の捉え方など素晴らしい映像美が完成した
©2022「マイスモールランド」製作委員会

『マイスモールランド』
Blu-ray&DVD発売中、デジタル配信中
Blu-ray ¥6,600円、DVD ¥4,180
発売元:バンダイナムコフィルムワークス
販売元:バンダイナムコフィルムワークス
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一気に見たい話題のシリーズ 配信作品3選

【1】王室メンバーそれぞれの苦悩が浮き彫りに。『ザ・クラウン』シーズン5

 シーズン4では、チャールズ皇太子とダイアナ妃の出会いから結婚、エリザベス女王とサッチャー首相の軋轢などが描かれたが、1990年代を描くシーズン5では、チャールズとダイアナの冷めきった結婚生活から別居までが描かれる。また、サッチャーに代わり新たに首相に就任したジョン・メージャーは、王室が所有する豪華ヨット、ブリタニア号の修繕費を国が負担することに疑問を呈し、エリザベス女王と対立する。国民はこれまでの君主制に疑問を感じ始め、新しい時代に即した王室のあり方を求め始める。また後にダイアナの恋人となるドディ・アルファイドとその父モハメド・アルファイドがいかに王室と関わりをもつようになったかも描かれている。

画像: ダイアナを『テネット』や『華麗なるギャツビー』に出演したエリザベス・デビッキが、チャールズを『ザ・ワイヤー』のドミニク・ウェストが演じる © NETFLIX

ダイアナを『テネット』や『華麗なるギャツビー』に出演したエリザベス・デビッキが、チャールズを『ザ・ワイヤー』のドミニク・ウェストが演じる
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 シーズン5ではキャストが一新し、前シーズンのキャストが持つ印象もしくは自身の持っている王室メンバーの印象との違いに戸惑うかもしれないが、それは杞憂に終わるだろう。ダイアナを演じたエリザベス・デビッキは容姿がそれほど似ていないにも関わらず、仕草を見事に習得し、まるでダイアナ妃本人が乗り移ったかのような演技を見せる。これまでのシーズン同様、再現性の高い衣装と相まって、新キャストの『ザ・クラウン』に引き込まれるのに時間はかからない。

 本シーズンの主題はチャールズとダイアナの結婚生活だが、他にもフィリップ王配とマウントバッテン伯爵夫人ペニーとの親密な友情や、マーガレット王女とピーター・タウンゼント大佐との再会など、王室メンバーそれぞれの想いが描かれる。とくに、1992年はエリザベス女王が即位40年祝うスピーチで「アナス・ホリビリス(ラテン語で恐ろしい年の意味)」と述べたように、チャールズとダイアナの別居、アン王女の離婚、アンドリュー王子の別居、そしてウィンザー城の火災など、エリザベス女王にとって、イギリス王室にとって辛い年となった。

 またチャールズは、結婚生活だけでなく皇太子という立場でも葛藤していた。一般的に40代半ばといえば働き盛りであるが、自分は待合室に放置された無用のお飾りのようだと自嘲する。ダイアナの暴露本の出版やTV出演、チャールズとカミラ夫人の電話盗聴など、執拗な報道や不確かな情報など徐々に加熱していくメディアの姿勢も問われる本作だが、エリザベス女王を象徴するブリタニア号が退役すると同時に、ダイアナはアルファイド家のクルーザーでバカンスを過ごすという描写は、いかにも英国ドラマらしい皮肉が込められたシーンだ。既にシーズン6で完結すると発表されており、最終シーズンへの期待が高まる。

画像: エリザベス女王をイメルダ・スタウントン、フィリップ王配をジョナサン・プライスが演じる © NETFLIX

エリザベス女王をイメルダ・スタウントン、フィリップ王配をジョナサン・プライスが演じる
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Netflixシリーズ『ザ・クラウン』
シーズン1〜5独占配信中
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【2】パク・ソジュンやチェ・ウシクの寝起き姿も拝めるほのぼのバラエティ『ユンステイ』

 『ユンステイ』は、韓国人俳優として初めてアカデミー助演女優賞を受賞した、ユン・ヨジョンの名を冠したバラエティ番組だ。シリーズとしては3作目で、シーズン1・2は『ユン食堂』というシリーズ名で、インドネシアやスペインの小さな島でユン・ヨジョン自らがキッチンに立ち、他の俳優陣とともに韓国料理を供する食堂を運営するという企画だったが、コロナ禍で海外での撮影が困難に。ということで、韓国国内でこれまでの食堂に宿泊施設を加えたゲストハウスを運営する『ユンステイ』という企画になった。宿泊客は在韓1年未満の外国人で、韓国の伝統的な家屋「韓屋(ハノク)」に滞在し、韓国宮廷料理に舌鼓を打つ。

画像: 韓国伝統料理の作り方や基本の出汁のとり方などが学べ、韓国料理が作りたくなる演出も見事だ © CJ ENM CO., LTD, ALL RIGHTS RESERVED

韓国伝統料理の作り方や基本の出汁のとり方などが学べ、韓国料理が作りたくなる演出も見事だ
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 本作のみどころは、豪華な俳優陣が七転八倒するドタバタ感だ。『ミナリ』でアカデミー賞を受賞したユン・ヨジョンを筆頭に、数々の時代劇で王や将軍を演じてきたイ・ソジン、『新感染 ファイナル・エクスプレス』、『82年生まれ、キム・ジヨン』のチョン・ユミ、『梨泰院クラス』のパク・ソジュン、『パラサイト 半地下の家族』のチェ・ウシクと、韓国ドラマや映画で一度は見たことがある錚々たる顔ぶれだ。本シリーズから参加したチェ・ウシクは、一番若く新入りということで、ドライバー、ベルボーイ、ウェイターなど何でもこなさなければならず、常に走り回っているし、料理担当のチョン・ユミとパク・ソジュンが、煮えない小豆や牛肉のミンチと格闘する姿にハラハラする。プライベートでも仲が良いパク・ソジュンとチェ・ウシクがチョン・ユミをからかうシーンは抱腹絶倒必至。寝癖で爆発した髪のまま出演するなど、彼らの飾らない自然体に好感がもてる。

 大人気スターたちがこれほどまでに素の姿をさらけ出せるのは、プロデューサーの手腕によるところが大きいだろう。本作を手掛けるのは敏腕プロデューサーのナ・ヨンソク。『三食ごはん』など数々の人気バラエティ番組を製作した超有名PD(韓国ではプロデューサーのことをPDと呼ぶ)で、韓国でもっとも人気のあるPDの一人だ。韓国のスターニュースなどの報道によると、次シーズンはユン・ヨジョンに代わってイ・ソジンの名を冠した『ソジンの家(仮題)』という番組が制作されているとのこと。メキシコで撮影を敢行し、パク・ソジュン、チェ・ウシクの友人であるBTSのVが参加し、2023年春頃公開予定との情報も伝えられている。韓国文化を世界にアピールするとともに、韓国を代表する俳優たちの飾らない姿に親近感を覚えてしまう、韓国エンタメ界の手練さを実感する番組だ。

画像: カナダ出身のチェ・ウシクは外国人ゲストと流暢な英語でコミュニケーションを取る。他の出演者も英語を難なく話し、韓国俳優の層の厚さを実感する © CJ ENM CO., LTD, ALL RIGHTS RESERVED

カナダ出身のチェ・ウシクは外国人ゲストと流暢な英語でコミュニケーションを取る。他の出演者も英語を難なく話し、韓国俳優の層の厚さを実感する
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『ユンステイ』
U-NEXTにて配信中
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【3】映画『ゴッドファーザー』が必ず見たくなる!『ジ・オファー/ゴッドファーザーに賭けた男』

 不朽の名作である映画『ゴッドファーザー』の製作舞台裏を描いたドラマ。パラマウント・ピクチャーズに入社したてのアルバート・S・ラディは、当時ベストセラーとなっていた小説『ゴッドファーザー』の映画化を任される。しかし、遅々として進まない脚本の執筆、予算におさまらない監督の演出、製作に後ろ向きな上層部からの横槍に加え、映画化に反対するマフィアからの妨害工作など問題は山積み。新米プロデューサーのラディは、助手のベティとともに、なんとしてでも映画を成功させようと奔走するのだが。

画像: 不朽の名作である映画『ゴッドファーザー』の製作舞台裏を描いたドラマ。パラマウント・ピクチャーズに入社したてのアルバート・S・ラディは、当時ベストセラーとなっていた小説『ゴッドファーザー』の映画化を任される。しかし、遅々として進まない脚本の執筆、予算におさまらない監督の演出、製作に後ろ向きな上層部からの横槍に加え、映画化に反対するマフィアからの妨害工作など問題は山積み。新米プロデューサーのラディは、助手のベティとともに、なんとしてでも映画を成功させようと奔走するのだが。

 不朽の名作である映画『ゴッドファーザー』の製作舞台裏を描いたドラマ。パラマウント・ピクチャーズに入社したてのアルバート・S・ラディは、当時ベストセラーとなっていた小説『ゴッドファーザー』の映画化を任される。しかし、遅々として進まない脚本の執筆、予算におさまらない監督の演出、製作に後ろ向きな上層部からの横槍に加え、映画化に反対するマフィアからの妨害工作など問題は山積み。新米プロデューサーのラディは、助手のベティとともに、なんとしてでも映画を成功させようと奔走するのだが。

 誰もが一度は見たことや耳にしたことがある映画『ゴッドファーザー』だが、製作の裏側がこれほどまでにドラマティックで興味深いエピソードにあふれていたとは思いも寄らなかった。本作はアルバート・S・ラディの実体験を元にしているので、描かれる多くの出来事が実際に起きたことで、あの有名シーンは実はこうやって作られていたのかと答え合わせ的に楽しむこともできる。例えば、マイケル・コルレオーネがトイレのタンクに隠された銃を探すシーンに隠された秘密や、馬の首、シチリア撮影など、そうだったのか!と膝を打つ秘話にわくわくする。また、出演者のほとんどが実在の人物だが、彼らがモノマネではなく雰囲気を似せているのも功を奏している。アル・パチーノを演じたアンソニー・イッポリトは、当時のアル・パチーノの非常に神経質で自信のなさを巧妙に表現しているし、マーロン・ブランドにはまったく似ていないジャスティン・チェンバースも、劇中ではブラントつまりヴィト・コルレオーネに見えてくる。またリハーサルシーンは描かれるが、本番は劇中に登場しないのも巧い演出だ。

 とにかく製作の最初から最後まで問題続きだが、ラディはその人柄や機転のきかせ方でどうにか乗り切っていく。監督や美術や出演者など制作スタッフへのリスペクトを忘れず、なんとか実現してあげたいという想いがチームワークとなり、上層部やマフィアまで懐柔してしまう。彼らのひたむきな情熱と信念に、仕事とは本来こうあるべきだと再認識させられるだろう。ドラマ自体も非常によくできているが、映画の面白さを引き出し、もう一度見たいという気持ちにさせるのが素晴らしい。2022年は映画『ゴッドファーザー』が公開されてから50年。ドラマとともに映画も併せて楽しんで欲しい。

画像: 「自分たちのイメージが悪くなる」とマフィアは映画化に猛反対するが、思いも寄らない方法で、ラディは彼らを納得させる © 2022 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

「自分たちのイメージが悪くなる」とマフィアは映画化に猛反対するが、思いも寄らない方法で、ラディは彼らを納得させる
© 2022 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

『ジ・オファー/ゴッドファーザーに賭けた男』
U-NEXTにて見放題で独占配信中
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*今回紹介している作品の配信状況は2022年12月25日時点のものです。

一人の女性、妻、母としての生き方を描いた注目作品3選

【1】母なる自然が育んだ型破りな少女の物語『ザリガニの鳴くところ』

 1969年、ノースカロライナ州の湿地帯で、将来を嘱望された青年チェイスの死体が発見される。容疑者として逮捕されたのは“湿地の少女”と街の人から呼ばれているカイアだった。カイアは幼い頃、家族から捨てられ湿地の中に建つ家でたった一人で生きてきた。他者との関わりを絶ち、自然から生きる術を学んだカイアだったが、一人の青年と出会うことで、徐々に社会性を身につけていく。それまで誰にも語られることがなかったカイアの生い立ちが、法廷で少しずつ明らかになっていくが、決定的な証拠は見つからない。そしてついに判決がくだされることになる。

画像: 作品内に登場するカイアのスケッチの多くは、アートディレクターのカービー・フィーガンによって描かれたもの © 2022 SONY PICTURES ENTERTAINMENT (JAPAN) INC. ALL RIGHTS RESERVED.

作品内に登場するカイアのスケッチの多くは、アートディレクターのカービー・フィーガンによって描かれたもの
© 2022 SONY PICTURES ENTERTAINMENT (JAPAN) INC. ALL RIGHTS RESERVED.

原作は動物学者ディーリア・オーエンズによる同名のミステリー小説。2019年、2020年の2年連続でアメリカで最も売れた本であり、日本でも2021年の本屋大賞翻訳小説部門第1位に輝いた世界的人気小説だ。リース・ウィザースプーンが映画化権を獲得し、テイラー・スウィフトが自ら楽曲参加を懇願したことからも、この小説の人気ぶりがうかがえる。このようにストーリーの面白さはお墨付きなわけだが、この映画を際立たせる要素として、俳優のデイジー・エドガー=ジョーンズと製作チーム、ロケーションの3点をあげたいと思う。主人公のカイアを演じたエドガー=ジョーンズは生粋のロンドン子。それゆえ、彼女はイギリス英語のアクセントを封印し、アメリカ南部の訛りを習得した。カイアの年齢によって声の高さを変えボートの操縦までやってのけ、自然のなかに生きる力強さと、少女の儚さを併せ持ったミステリアスでロマンティックなカイアを見事に演じきっている。

また、製作チームの大半が女性であり、その感性や視点が生かされていることも、この作品を類のない上作にしている理由のひとつといえるだろう。そして何よりもこの作品を際立たせるのが、そのロケーションの圧倒的な美しさだ。ルイジアナ州ニューオーリンズ周辺の複数の地域でロケ撮影され、みずみずしく生命の営みが匂い立つような湿地やビーチ、そして当時ノースカロライナで使われていた建材を使って建てられたカイアの家など、鮮やかな色彩が物語と一体となり映像に紡がれる。犯人探しというミステリー要素を主軸にし、DVやネグレクト、黒人に対する人種差別などの社会問題を織り交ぜた傑作だ。

画像: カイアの家はルイジアナ州のフェアビュー・リバーサイド州立公園の中に実際に建てられた © 2022 SONY PICTURES ENTERTAINMENT (JAPAN) INC. ALL RIGHTS RESERVED.

カイアの家はルイジアナ州のフェアビュー・リバーサイド州立公園の中に実際に建てられた
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『ザリガニの鳴くところ』
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
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【2】理想の暮らしとは何かを問うユートピアスリラー『ドント・ウォーリー・ダーリン』

 アリスは夫のジャックとともに何不自由なく幸せな生活を送っている。彼らはビクトリーと呼ばれるコミュニティに暮らし、このコミュニティ内の夫たちは皆ビクトリー社に勤めている。妻たちは夫が出かけた後、風呂を掃除し窓ガラスを磨き上げ、バレエを習い、プールサイドで日光浴をし、夕食の準備を整え、美しく着飾って夫の帰りを待つ。ただ一つのルールは夫の仕事の詮索をしないこと。妻たちは夫が何の仕事をしているのか知らされず、ただ世界を良くする仕事だと伝えられていた。ユートピアのように美しい世界で理想の生活を楽しんでいたアリスだったが、身の回りで“不気味な現象”が頻繁に起こるようになり、この世界に疑問を持ち始める。

画像: アリスを『ミッドサマー』での狂気に溢れた演技が高く評価されたフローレンス・ピュー、ジャックをシンガーで『ダンケルク』や『エターナルズ』に出演した経験を持つハリー・スタイルズが演じている © 2022 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.

アリスを『ミッドサマー』での狂気に溢れた演技が高く評価されたフローレンス・ピュー、ジャックをシンガーで『ダンケルク』や『エターナルズ』に出演した経験を持つハリー・スタイルズが演じている
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『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』で長編監督デビューした女優オリビア・ワイルドの長編2作目。異常なまでに完璧に整備された町並みや、明るく親切でユーモアのある完璧な隣人たち。“男は外で仕事をし、女は家庭を守る”という世界に住む“幸せ”な人々の生活をこれでもかと描き続ける。そんな隙がない世界がかえって不穏さを際立たせ、不気味な雰囲気がそこかしこに漂うのが本作の世界観だ。妻たちは何かおかしいと感じていながらも、目を伏せ意志を持って無知でいようとする。この理想的な生活を失いたくないゆえ、絶対に波風をたてたくないと考えているが、アリスだけはそうできなかった。製作/脚本&原案を担当したケイティ・シルバーマンは「自分が身を置いている体制が破綻していると認めるのは いかに難しいかということを示したかった」と語る。男性によって作られ組織化された世界を客観的に見ること、そして女性がその不自然さに気づくというテーマを、ユートピアという狂気を用いてファッショナブルに描く。またアリスの隣人であるバニーのように自らこの世界を選び、家父長制のなかで生きる選択をする女性がいることも否定しない。自分にとって、またパートナーにとってのユートピア、幸せとは何なのか、を考えさせられる。胸の奥に響くような重低音サウンドがストーリーを盛り上げるので、劇場での鑑賞がおすすめだ。

画像: 建築家リチャード・ノイトラ設計のカウフマン邸で撮影されたシーンは必見。アリスのスタイルはブリジット・バルドーやリタ・ヘイワース、ジャックはフランク・シナトラやジーン・ケリーをイメージしたという © 2022 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.

建築家リチャード・ノイトラ設計のカウフマン邸で撮影されたシーンは必見。アリスのスタイルはブリジット・バルドーやリタ・ヘイワース、ジャックはフランク・シナトラやジーン・ケリーをイメージしたという
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『ドント・ウォーリー・ダーリン』
配給:ワーナー・ブラザーズ映画
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【3】生みの親と育ての親、家族の絆とは何なのかを考える『パラレル・マザーズ』

 写真家であるジャニスは、撮影で出会った既婚者である法人類学者と恋に落ち妊娠。40歳を目前にしてシングルマザーになる決意をする。産院でジャニスと同室だったアナは17歳。彼女もジャニスと同様シングルマザーで、同じ日に女の子を出産し、意気投合した二人は連絡先を交換する。元恋人に娘のセシリアを見せると、肌の色などから「自分の子供とは思えない」と言われてしまい激昂するジャニスだったが、自分のなかにも不安がありDNA検査をすることに。するとセシリアは実の子ではないと判明。病院で取り違えられたのでは、と苦悩するアナだったが、秘密を封印してセシリアと生きていくことを決意する。それから1年後、アナと偶然再会するも、アナの娘は亡くなっていた。

画像: 監督はペドロ・アルモドバル、ジャニスをペネロペ・クルス(右)、アナを長編映画2作目の新人ミレナ・スミット(右から二人目)が好演 © REMOTAMENTE FILMS AIE & EL DESEO DASLU

監督はペドロ・アルモドバル、ジャニスをペネロペ・クルス(右)、アナを長編映画2作目の新人ミレナ・スミット(右から二人目)が好演
© REMOTAMENTE FILMS AIE & EL DESEO DASLU

 赤ちゃんの取り違えで病院の責任を追求するのかと思いきや、物語は意外な展開をみせていく。本作は、『オール・アバウト・マイ・マザー』や『ボルベール〈帰郷〉』などでペドロ・アルモドバル監督が描き続けている“母”に焦点を当てた作品だ。自分が産んだ子供を亡くし、さらに育てている子供まで奪われるかもしれないという恐怖に苛まれたジャニスは、一度はその事実を隠して生きていこうとするが、彼女の信条がそうさせない。ジャニスの人生の大きなテーマが、“スペイン内戦で虐殺され共同墓地に無残に葬られた曽祖父の遺骨の発掘”だからだ。強制連行されたまま行方不明になり、闇に葬られてしまった多くの遺骨のように、セシリアの出生の秘密をアナに知らせず、闇に葬ることは彼女にはできなかったのだ。物語後半、アナに料理の仕方や家事を熱心に教えるジャニスは、いつかセシリアをアナに渡す日が来ることを悟っているかのようで、ジャニスの抱える悲しみが垣間見える。母と子の血の繋がりや自分のルーツに関するスペインの歴史が見事にリンクし、家族のあり方とは何なのかを問いかける作品。

画像: 母がジャニス・ジョプリンを好きだったことからジャニスと名付けられたという。劇中で流れるジョプリンが歌う「サマータイム」が作品を彩る © REMOTAMENTE FILMS AIE & EL DESEO DASLU

母がジャニス・ジョプリンを好きだったことからジャニスと名付けられたという。劇中で流れるジョプリンが歌う「サマータイム」が作品を彩る
© REMOTAMENTE FILMS AIE & EL DESEO DASLU

『パラレル・マザーズ』
配給:キノフィルムズ
© REMOTAMENTE FILMS AIE & EL DESEO DASLU
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女性たちを勇気づけてくれるシスターフッド映画3選

いま、良質なシスターフッド作品が充実している理由

 シスターフッドとは、1960年代から70年代にかけての女性解放運動でよく使われた言葉で、男性優位の社会を変えるため、階級や人種、性的嗜好を超えて女性同士が連帯することを表すもの。2010年代になるとSNSの普及により女性の地位向上ムーブメントが高まり、2017年に起こった#METOO運動をひとつのきっかけにして、声を上げる女性たちがさらに増えた。そんな時代背景も手伝い、女性たちが手を取り合って進もうとする姿を描くシスターフッドを題材とした作品が数多く制作されるようになってきている。

【1】ライバルであっても女性は共闘することができる『スキャンダル』

 2016年に「FOXニュース」で起こった事件を元に描かれた作品。ニコール・キッドマン演じるグレッチェン・カールソンは番組の降板を言い渡され、CEOのロジャー・エイルズ(ジョン・リスゴー)をセクハラで告発する。当初グレッチェンの告発に賛同する女性は少なく、孤独な闘いを強いられることに。だが、同じ経験をした女性が徐々に声を上げ出すと、FOXの看板キャスターであるメーガン・ケリー(シャーリーズ・セロン)も、自身の経験を思い起こし、やるせない気持ちが高まってくる。一方、キャスターへの道を貪欲に狙っている若手社員のケイラ(マーゴット・ロビー)はロジャーの部屋を訪ねると、立ち上がってポーズを取るように言われーー。

画像: ニコール・キッドマン演じるグレッチェン・カールソン。メイクアップアーティストのカズ・ヒロは本作でアカデミー賞のメイク・スタイリング賞を受賞した ©2020 LIONS GATE ENTERTAINMENT INC.ALL RIGHTS RESERVED. ©2020 LUCITE DESK LLC AND LIONS GATE FILMS INC. ALL RIGHTS RESERVED.

ニコール・キッドマン演じるグレッチェン・カールソン。メイクアップアーティストのカズ・ヒロは本作でアカデミー賞のメイク・スタイリング賞を受賞した
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 この作品の特筆すべき点は、ケイラ以外のほとんどの主要人物が実名で描かれ、実際のニュース映像なども用いられているところだ。ニコール・キッドマンとシャーリズ・セロンは特殊メイクを施し、グレッチェンとメーガン本人に驚くほど似ており、まるでドキュメンタリーのようでもある。ストーリーはグレッチェン、メーガン、ケイラの3人の視点で描かれるが、年齢もキャリアも立場もバラバラの彼女たちが最後は手を取り合い共闘していく。これこそがシスターフッドの鍵だ。連帯するもの同士が仲良しであることは必要なく、考え方の違いはあるが、それぞれの立場でできることをし、支え合うことで、社会をより良く変えられる力をもっているのがシスターフッドの強さなのではないだろうか。このグレッチェンの告発の翌年である2017年に、#METOO運動の発端になったワインスタイン事件が明るみに出るが、#METOO前夜に起きた彼女の勇気ある告発が、社会を変えるきっかけになったのは言うまでもない。

画像: ジョン・リスゴーはFOXニュースのCEO、ロジャー・エイルズを怪演。本人の特徴を如実に捉えた演技は圧巻 ©2020 LIONS GATE ENTERTAINMENT INC.ALL RIGHTS RESERVED. ©2020 LUCITE DESK LLC AND LIONS GATE FILMS INC. ALL RIGHTS RESERVED.

ジョン・リスゴーはFOXニュースのCEO、ロジャー・エイルズを怪演。本人の特徴を如実に捉えた演技は圧巻
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『スキャンダル』
デジタル配信中
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【2】友情より強い絆で繋がったバディ映画の新機軸『ハスラーズ』

 デスティニー(コンスタンス・ウー)は新入りのストリッパー。クラブ内で孤立し思うように稼ぐことができず、トップダンサーであるラモーナ(ジェニファー・ロペス)に教えを請うことに。ラモーナはデスティニーにダンスや客への振る舞い方を教え、意気投合していく。金融業界の好景気も手伝い、みるみるうちに金を稼げるようになったデスティニーは、姉妹のように仲良くなった仲間たちと幸せを味わっていた。そんなときリーマンショックが起こり、客足は激減。恋人との間に子供ができたデスティニーはクラブを辞めることに。

 数年後、離婚したデスティニーは再びクラブで働き始め、ラモーナと再会する。だがクラブは衰退しており、金融危機以前のように稼ぐことはできず、ラモーナはある計画を立てる。それは金融マンの元客に連絡し、ドラッグを混ぜた酒で朦朧とさせ、クラブでクレジットカードを使わせる“釣り”という手口。これが大成功し、再び裕福な生活へと返り咲く。しかし次第に関わる人数が増え収集がつかなくなり、ついに警察沙汰になってしまう。

画像: 50歳とは思えない見事な体躯を見せたラモーナ役のジェニファー・ロペス。スタントを使うことなく自ら演じたポールダンスシーンは必見だ ©2019 STX FINANCING, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

50歳とは思えない見事な体躯を見せたラモーナ役のジェニファー・ロペス。スタントを使うことなく自ら演じたポールダンスシーンは必見だ
©2019 STX FINANCING, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

 この作品は、ニューヨークのストリップクラブで働く女性たちによる実際の事件を元にしたクライムエンタテインメントだ。ラモーナが「私達は真面目に働いても生活は豊かにならないのに、身勝手なマネーゲームでリーマンショックを起こした男たちはなぜ今も豊かな生活をしているのか。だから私があいつらから奪う」と憤るシーンがある。もちろん彼女たちが行ったことは犯罪行為ではあるが、女性たちをモノとして扱い、蔑んできた男性たちが罰を受けないのは理不尽に思える。被害にあった男性は、騙されたと気づきつつも、世間体を気にして名乗り出ない。つまり彼女たちは男から金を奪うだけでなく、その虚栄心を利用し、マチスモをも崩壊させたのだ。男性たちに客体化されていた自らの価値や生き方を取り戻していく彼女たちの姿は爽快だ。美しいダンスにポップな音楽など、一見娯楽性が高いように見えるが、男性優位社会への皮肉をたっぷり含んだ社会派の一面もある作品。

画像: 製作には、アダム・マッケイやウィル・ファレルなどのほかにジェニファー・ロペスも名を連ねる。監督・脚本はローリーン・スカファリア ©2019 STX FINANCING, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

製作には、アダム・マッケイやウィル・ファレルなどのほかにジェニファー・ロペスも名を連ねる。監督・脚本はローリーン・スカファリア
©2019 STX FINANCING, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

『ハスラーズ』
Netflixにて配信のほか、DVD&Blu-ray好評発売中
発売元:ハピネットファントム・スタジオ
販売元:ハピネット・メディアマーケティング  
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【3】学園コメディを新境地へ導いた『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』

 モリー(ビニー・フェルドスタイン)とエイミー(ケイトリン・デヴァ−)は大の親友で卒業を控えた高校生。モリーはイェール大学、エイミーはコロンビア大学と、ふたりとも超名門大学に進学が決まっている。彼女たちはいわゆるガリ勉で、高校生活を勉強に捧げ、恋愛や遊びにうつつを抜かすクラスメートたちを見下していた。だが卒業前日、そんな一見チャラいクラスメートたちも実はハーバードやスタンフォードに合格していたことを知り、「私達と違って遊びほうけていたはずなのになぜ!?」と愕然とする。そこで、モリーとエイミーは高校生活を取り戻すべく、初めてのパーティーへ繰り出そうとするのだが。

画像: モリー役のビニー・フェルドスタインは人気俳優ジョナ・ヒルの妹。ケイトリン・デヴァーは『アンビリーバブル たった1つの真実』で第77回ゴールデングローブ賞、主演女優賞にノミネートされた実力派 © 2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

モリー役のビニー・フェルドスタインは人気俳優ジョナ・ヒルの妹。ケイトリン・デヴァーは『アンビリーバブル たった1つの真実』で第77回ゴールデングローブ賞、主演女優賞にノミネートされた実力派
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 タイトルにある“ブックスマート”とは、本で勉強した知識はあるけれど、実体験を伴っていない人という意味で、まさにモリーとエイミーの高校生活を表している。ぱっと見、学園コメディと思われるかもしれないが、これまでの学園モノとは全く様相が異なる作品だ。まず登場人物はZ世代で環境問題や社会問題に意識が高い。モリーは史上最年少で最高裁判事になることを目指しており、部屋にはRBGことルース・ベイダー・キンズバーグの写真が貼られ、レズビアンであるエイミーの書棚にはシャーロット・ブロンテの作品が並ぶ。また、アメフト部のリーダーと可愛いチアリーダーがカップルで、というステレオタイプな設定もなく、やんちゃな男子役をアジア系俳優が演じ、LGBTQの生徒を揶揄するくだりも一切ない。さらに、恋愛にフォーカスせず、女性同士の友情を描いている点も今どきだ。

 モリーとエイミーは相手のことを本人よりも熟知しており、常に「あんた最高にイケてる!」とお互いを褒め、自信を高めあっていく。ガリ勉だがユーモアのセンスもファッションセンスも抜群。負け組としてではなく、イケてるクラスメートたちも実は彼女たちと仲良くなりたいと思っていた、という描かれ方が観ていて嬉しくなる。セクシュアリティや人種、ルッキズムなどあらゆるステレオタイプから脱却し、人を個として尊敬すること、同性同士が手を取り合うことの大切さを、今の時代の高校生が教えてくれる。

画像: 監督は俳優として活躍し、本作が初監督作品のオリヴィア・ワイルド。脚本は4名の女性が手掛けた。『ハスラーズ』同様、製作総指揮にはウィル・ファレル、アダム・マッケイが参加する © 2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

監督は俳優として活躍し、本作が初監督作品のオリヴィア・ワイルド。脚本は4名の女性が手掛けた。『ハスラーズ』同様、製作総指揮にはウィル・ファレル、アダム・マッケイが参加する
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『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』
Netflixにて配信のほか、DVD&Blu-ray好評発売中
発売元:ロングライド
販売元:TCエンタテインメント
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※3作品はすべて2022年3月29日時点での配信作品です

心を揺さぶる!極上の韓国ドラマ3選

【1】在日韓国人一家の壮大な物語『Pachinko パチンコ』

 原作は韓国系アメリカ人、ミン・ジン・リーによる小説で、ニューヨーク・タイムズ紙が発表する2017年のベスト10ブックに選ばれ、オバマ元大統領も推薦した世界的ベストセラー。祖国を離れて日本に移り住んだ韓国人一家を四世代にわたって描いた物語だ。1910年代、日本統治下の朝鮮半島・釜山沖にある影島で暮らすソンジャは、下宿を営む母を支えながら貧しくもたくましく生きていた。そこにハンスという裕福な仲買人が現れ、ふたりは恋に落ちる。ソンジャはハンスの子を身籠るが、実はハンスには妻子がいた。絶望するソンジャだったが、たまたま下宿に滞在していた牧師がソンジャに救いの手を差し伸べ、ふたりは故郷を離れ大阪へと移り住むことになる。

 ドラマはソンジャの成年期、老年期をクロスオーバーさせながら同時進行で描いていく構成で、劇中では韓国語、日本語、英語が飛び交う。成年期のソンジャを新人俳優キム・ミンハ、老年期のソンジャを映画『ミナリ』でアカデミー賞助演女優賞を受賞したユン・ヨジョン、ハンスを韓国版のドラマ『花より男子』でスターダムにのし上がったイ・ミンホが演じるほか、南果歩や玄理、韓国系アメリカ人のジン・ハなどさまざまなバックグラウンドを持つ俳優が多数キャスティングされている。

画像: ソンジャを演じた新人俳優のキム・ミンハは、その圧倒的な演技力で一躍注目の的に。娘であり恋する少女であり、妻であり母親でもある女性を見事に演じ、その姿はユン・ヨジョン演じる老年期のソンジャへと繋がっていく © Apple TV+

ソンジャを演じた新人俳優のキム・ミンハは、その圧倒的な演技力で一躍注目の的に。娘であり恋する少女であり、妻であり母親でもある女性を見事に演じ、その姿はユン・ヨジョン演じる老年期のソンジャへと繋がっていく
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 大御所ユン・ヨジョンや新星キム・ミンハ、演技派としての一面を見せつけたイ・ミンホなど俳優陣の演技力もさることながら、本作はその台詞も丁寧に作られている。例えば、ソンジャの孫であるモーゼスは日本生まれでアメリカからの帰国子女。それゆえ、祖母との会話は韓国語、父親との会話は日本語と韓国語を混ぜて話し、仕事では英語を多用するといったように、台詞を丁寧に吟味することで、3言語が行き交う世界を違和感なく描いている。さらに、Apple TV+の字幕は言語によって色分けされていたりと手が込んでいる。また、1910年代の釜山、1930年代の大阪、1989年の東京/横浜と、3つの時代と3つの場所でドラマが展開していくが、ひっかかる箇所がなく鑑賞できるのは時代考証の賜物といえるだろう。故郷を離れなければならなかった者が味わった、後ろ髪引かれる思いや後悔、とてつもない苦労と差別。それは次の世代の心の奥にも、重くのしかかっていることが表現されている。現代の社会問題にも通ずるようなシーンも描かれているが、同じ過ちを繰り返さないためにも、目を背けず多くの人に見てもらいたい作品だ。

画像: 将来を嘱望されていたハンスだったが、関東大震災で運命が大きく変わりアウトサイダーに。時代ごとに変わっていく服装や街並みも見どころのひとつ © Apple TV+

将来を嘱望されていたハンスだったが、関東大震災で運命が大きく変わりアウトサイダーに。時代ごとに変わっていく服装や街並みも見どころのひとつ
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『Pachinko パチンコ』
Apple TV+にて配信中
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【2】現在、過去、未来の貴方を全部愛してくれる『私たちのブルース』

 済州島に暮らすウニは、鮮魚店を何軒も経営するやり手女性。彼女の周りにいる人々に焦点を当て、それぞれの人生の苦楽を描いていくオムニバス形式のドラマが『私たちのブルース』だ。エピソード1〜3はウニとその幼馴染ハンスの物語。ウニの初恋の相手ハンスが転勤になり、ソウルから済州島に戻ってくる。ウニは大喜びで迎え入れ、ハンスと楽しい時間を過ごすようになるが、実はハンスにはアメリカに留学している娘がおり、その費用が足りず困っていた。ウニに頼りたいがなかなか言い出せず旅行に誘う。妻帯者と旅行に行くことに戸惑いをみせるウニだったが、ハンスの説得に応じ旅行に出かけ……。ウニを演じるのは映画『パラサイト 半地下の家族』で家政婦役を演じたイ・ジョンウン。ほか、ドラマ『海街チャチャチャ』のシン・ミナ、日本でもおなじみのイ・ビョンホンなどが脇を固める。

画像: 海女のヨンオクと海女船の船長ジョンジュン、定食屋を営むイングォンと鮮魚店に卸す氷業者のホシク、彼らの子供であるヒョンとヨンジュなどにフォーカスしたエピソードなどで構成される

海女のヨンオクと海女船の船長ジョンジュン、定食屋を営むイングォンと鮮魚店に卸す氷業者のホシク、彼らの子供であるヒョンとヨンジュなどにフォーカスしたエピソードなどで構成される

 本作は、『愛の不時着』や『ヴィンチェンツォ』、『海街チャチャチャ』などを手掛けた韓国のドラマ制作会社の最大手であるスタジオドラゴンによるもの。またOST(オリジナル・サウンドトラック)にはBTSのジミンが参加していることなどからも注目を集めている。エピソード毎にふたりの人物にフォーカスするので、主人公が毎回変わっていく。ふたりの間に起こるいざこざや恋愛感情、家族問題などが描かれ、どんな背景をもった人物なのかが徐々につまびらかになっていくので、段々とパズルのピースがはまっていくような感覚があり、つい見続けてしまう。皆それぞれ、様々な事情や触れられたくない過去を抱えているが、問題が起こるたびに済州島に暮らす誰かが助けてくれる。一見誰とも繋がっていないように見えた人も、必ず誰かとどこかで繋がっており、あなたは一人じゃないよと教えてくれるドラマだ。

画像: イ・ビョンホン扮するドンソクは、トラックに青果や鮮魚、日用品を詰め込み、島をめぐり移動販売をしている。そんなドンソクとソナ(シン・ミナ)のストーリーはエピソード9〜11で描かれる

イ・ビョンホン扮するドンソクは、トラックに青果や鮮魚、日用品を詰め込み、島をめぐり移動販売をしている。そんなドンソクとソナ(シン・ミナ)のストーリーはエピソード9〜11で描かれる

Netflixシリーズ『私たちのブルース』
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【3】思いっきり泣けるシスターフッド作品『39歳』

 皮膚科医の院長を務めるミジョ、女優を目指すも挫折し演技指導をしているチャニョン、デパートの化粧品売場に勤めるジュヒの3人は、39歳の独身女性で高校生のときからの親友。うれしいことも悲しいことも3人でともに乗り越えてきた。40歳を目前に、パニック障害に悩まされてきたミジョは、仕事を1年休んでアメリカへ行くことを計画しており、チャニョンは腐れ縁の妻帯者ジンソクとの関係に悩んでいた。ジュヒはこれまで彼氏がいたことがなく、真実の愛を探していた。そんなある日、3人で人間ドックに行くことになり、そこで思いも寄らない問題に直面する。ミジョ役に『愛の不時着』で主人公のユン・セリを演じたソン・イェジン、チャニョンは『賢い医師生活』のチョン・ミドが演じる。

画像: ミジョはキャリア女性らしい華やかな装い、チャニョンはマスキュリンで格好良く、ジュヒは清楚で上品という異なるテイストのファッションも見どころのひとつ

ミジョはキャリア女性らしい華やかな装い、チャニョンはマスキュリンで格好良く、ジュヒは清楚で上品という異なるテイストのファッションも見どころのひとつ

 主演俳優の3人も39歳というリアルさを追求した本作は、涙なしでは見られないヒューマンドラマだ。39歳で人生を大きく変える出来事に直面し、3人はこれからどう生きていくかを真剣に考えるようになる。ミジョは裕福な家庭で育ったが養子で、実の両親を知らず、実母が誰なのかずっと気になっていた。ジュヒは母親ががんを患い大学進学を諦めた過去があり、自分の夢を持つことを我慢してきた。チャニョンは不倫関係を続けてきたジンソクとの関係を終わらせようとする。人生のターニングポイントに立ったとき、一番大切なことは、自分の意志で未来を選択することだと彼女たちは気づき、それに向かって共闘していく。号泣するシーンもある重めのテーマ設定ではあるが、韓国ドラマならではのコメディ感やベタな恋愛シーンもあり、笑いながら泣ける作品になっている。特に、ひとつのエピソード内での食事シーンの多さは群を抜いており、鑑賞時に韓国料理が食べたくなることは必至だ。血がつながっていなくても、友達でも、自分が大切に思う人こそが本当の家族であると教えてくれる。自分の人生を深く掘り下げるきっかけになるドラマだ。

画像: 決して人を責めないミジョの思慮深さに頭が下がるとともに、ミジョの相手役キム・ソヌや他の登場人物がとても優しく、折に触れて涙を誘う

決して人を責めないミジョの思慮深さに頭が下がるとともに、ミジョの相手役キム・ソヌや他の登場人物がとても優しく、折に触れて涙を誘う

Netflixシリーズ『39歳』
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3作品はすべて2022年5月28日時点での配信作品です

大人が楽しめる話題沸騰の海外ドラマ6選

【1】華麗な一族の骨肉の後継者争い『メディア王~華麗なる一族~』

 一代で莫大な財を成したローガン・ロイ(ブライアン・コックス)。テレビ局、新聞社、旅行会社、テーマパークなどさまざまな事業を展開する巨大コングロマリットを経営している。そんな帝国の頂点に君臨するローガンが病に倒れることで、4人の子どもたちによる骨肉の後継者争いがはじまる。外部と手を組み買収を仕掛けたり、父親に取り入ろうと猫なで声を使ったり、兄弟を失脚させるために暗躍したりと、金、地位、権力を巡る欲望むき出しの相続争いを描いていく。

画像: 父親のローガン・ロイは、FOXチャンネルやウォール・ストリート・ジャーナルなどを経営する巨大メディア企業の創設者であるルパート・マードックをモデルにしているとも言われている © 2022 HOME BOX OFFICE, INC. ALL RIGHTS RESERVED. HBO® AND ALL RELATED PROGRAMS ARE THE PROPERTY OF HOME BOX OFFICE,INC.

父親のローガン・ロイは、FOXチャンネルやウォール・ストリート・ジャーナルなどを経営する巨大メディア企業の創設者であるルパート・マードックをモデルにしているとも言われている
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「メディア王」というタイトルからもわかるように、本作は現代版の「リア王」とも評されている。もし彼らが現実世界にいたら、大嫌いになってしまいそうなキャラクターばかりなのだが、なぜかぐいぐい引き込まれてしまう。長男のコナーは浮世離れしていて間抜けだし、次男ケンダルは最もまともに見えるが、いざというところでいつもミスをする。三男ローマンは、ソーシャル力しかない、経営の知識ゼロのおちゃらけキャラ。唯一の娘であるシヴォーンは一見政治力に長けているようだが、夫からしてどうもいけ好かない。シヴォーンの夫のトムやローガンの大甥のグレッグなど、脇を固める強烈な個性のキャラクターも本作の魅力のひとつだ。

画像: 本国版のタイトルである『Succession(サクセッション)』は相続や継承者という意味を表す © 2022 HOME BOX OFFICE, INC. ALL RIGHTS RESERVED. HBO® AND ALL RELATED PROGRAMS ARE THE PROPERTY OF HOME BOX OFFICE, INC.

本国版のタイトルである『Succession(サクセッション)』は相続や継承者という意味を表す
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 そもそも父親であるローガンが子どもたちのことを全く信用しておらず、たとえ争っていても家族なのだから……、といったドラマにありがちな展開がないところも、むしろ清々しい。序盤はどのキャラクターにも肩入れすることができずイライラしっぱなしなのだが、次第に手段を選ばず無我夢中で画策する彼らを応援してしまう。2020年のエミー賞ではシーズン2が「作品賞ドラマシリーズ部門」を受賞している本作。果たして誰が後継者になるのか。今後も続いていく大作になる予感がするので、シーズン3が今年2月に配信開始されたこのタイミングで追いついておくのが得策だ。

画像: プライベートジェットやクルーザーなど、豪華なバカンスシーンも見どころのひとつ © 2022 HOME BOX OFFICE, INC. ALL RIGHTS RESERVED. HBO® AND ALL RELATED PROGRAMS ARE THE PROPERTY OF HOME BOX OFFICE, INC.

プライベートジェットやクルーザーなど、豪華なバカンスシーンも見どころのひとつ
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『メディア王~華麗なる一族~』
シーズン1〜3がU-NEXTにて見放題で独占配信中
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【2】SNS時代の若者の苦悩を描く『ユーフォリア/EUPHORIA』

『ユーフォリア』はZ世代が主役のドラマだ。主人公のルー(ゼンデイヤ)は17歳で、幼い頃から不安障害を抱え、それが原因でドラッグ中毒に陥ってしまう。何度リハビリしても、ドラッグで得られる一瞬の多幸感(=ユーフォリア)を求めて元に戻ってしまう生活を送っていた。そんなルーが通う高校にトランスジェンダーのジュールズ(ハンター・シェーファー)が転校してくる。一筋縄ではいかない複雑な事情を抱えた二人は親友になっていく。そんな二人を中心として、時には大人を巻き込みながらドラッグ、セクシュアリティ、暴力、出会い系、SNSといった現代の若者たちを取り巻くさまざまな苦悩を描く。

画像: シーズン1は『ゲーム・オブ・スローンズ』に次ぐHBO史上2番目に最も視聴されたシリーズとなった © 2022 HOME BOX OFFICE, INC. ALL RIGHTS RESERVED. HBO® AND ALL RELATED PROGRAMS ARE THE PROPERTY OF HOME BOX OFFICE, INC.

シーズン1は『ゲーム・オブ・スローンズ』に次ぐHBO史上2番目に最も視聴されたシリーズとなった
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 ディズニーチャンネル出身で明るい優等生子役のイメージが強かったゼンデイヤは、この作品で演技派俳優としての地位を確立した。少年のようなスラリとした体躯を生かして、ドラッグ中毒に悩む女子高生のダークサイドを見事に演じ、エミー賞主演女優賞を最年少で受賞。また、この作品は、ジュールズがトランスジェンダーであるということを特段強調することなく自然に描いているところも注目すべき点だ。ジュールズ役のハンター・シェーファーは現実世界でもトランスジェンダーで、この当事者キャスティングが本作の魅力を深化させているのは言うまでもない。シェーファーのまるで妖精のようなファッションやメイクが音楽と相まって、視聴者も幻想的なユーフォリアに包まれる。

画像: モデルやLGBTQの活動家として活躍してきたハンター・シェーファーは本作で俳優デビュー。初演とは思えない感情が揺さぶられる見事な演技で、存在感を見せつけた © 2022 HOME BOX OFFICE, INC. ALL RIGHTS RESERVED. HBO® AND ALL RELATED PROGRAMS ARE THE PROPERTY OF HOME BOX OFFICE, INC.

モデルやLGBTQの活動家として活躍してきたハンター・シェーファーは本作で俳優デビュー。初演とは思えない感情が揺さぶられる見事な演技で、存在感を見せつけた
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 本作はHBOがA24(注目を浴びる映画制作・配給会社)とタッグを組み、製作総指揮はラッパーのドレイクが務めている。A24ならではの、叙情的でまるでミュージックビデオのようなキラキラした詩的な映像で構成されており、それは本作においてある意味“救い”となっている。というのも、登場人物はティーンだが決して明るいだけの作品ではなく、内容は深く哀しく、見ていて心が痛くなるシーンもある。そんなダークな内容をスタイリッシュな映像とビリー・アイリッシュ、BTS、ドレイク、リル・ウェイン、NAS、Lizzo、メーガン・ザ・スタリオンといった今を生きるアーティストたちの楽曲が癒やしてくれる。人生には正解がない。それでも自分が信じた道へ傷つきながら進んでいく若者たちの決断に、最高のカタルシスを味わえるだろう。4月22日よりシーズン2が配信されたばかりの絶好のタイミングにぜひ。

画像: ゼンデイヤやハンター・シェーファーの他、シドニー・スウィーニー、ジェイコブ・エロルディ、アレクサ・デミー、アンガス・クラウド、バービー・フェレイラなど今をときめくZ世代俳優が勢揃いする © 2022 HOME BOX OFFICE, INC. ALL RIGHTS RESERVED. HBO® AND ALL RELATED PROGRAMS ARE THE PROPERTY OF HOME BOX OFFICE, INC.

ゼンデイヤやハンター・シェーファーの他、シドニー・スウィーニー、ジェイコブ・エロルディ、アレクサ・デミー、アンガス・クラウド、バービー・フェレイラなど今をときめくZ世代俳優が勢揃いする
© 2022 HOME BOX OFFICE, INC. ALL RIGHTS RESERVED. HBO® AND ALL RELATED PROGRAMS ARE THE PROPERTY OF HOME BOX OFFICE, INC.

『ユーフォリア/EUPHORIA』
シーズン1/2がU-NEXTにて見放題で独占配信中
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【3】理想のリーダー像を描く『テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく』

 アメリカ、カンザス州出身で大学アメフトのコーチをしていたテッド・ラッソ(ジェイソン・サダイキス)は、サッカーのルールを知らないにもかかわらず、とある理由でイギリスのプロサッカーチームの監督をすることに。未経験の監督を小バカにする選手たちや不信感しか持たない地元ファンを前に、ラッソ監督は悪戦苦闘しながらも常に明るくポジティブな姿勢で問題を解決し、徐々にチームや地元民の心を掴んでいく。キャストは『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』にも出演し、本作でゴールデン・グローブ賞を受賞したジェイソン・サダイキスや『ゲーム・オブ・スローンズ』でセプタ役を怪演したハンナ・ワディンガムなど。

画像: 2021年のエミー賞で「作品賞コメディシリーズ部門」など合計7賞を獲得した本作。面白さは折り紙付き ©APPLE TV+

2021年のエミー賞で「作品賞コメディシリーズ部門」など合計7賞を獲得した本作。面白さは折り紙付き
©APPLE TV+

 このドラマの最も魅力的な点はテッド・ラッソ監督の人間性だ。オヤジギャグばかり言う陽気なアメリカのおじさんかと思いきや、実に懐の深い人物。そもそもサッカーのルールを知らないにも関わらず、監督のオファーを受けたこともふざけているのだが、冗談を言う傍らで、選手やチームスタッフ一人ひとりをしっかり見ており、折に触れて的確なアドバイスをする。サッカーのルールを知らないラッソ監督に、選手は不信感を抱き、当然最初は試合に勝つことができない。だが、監督が意見箱を設け、シャワーの水圧が弱いといった小さな問題から一つ一つ解決していくことで、徐々に信頼を得て、チームの団結力が高まっていく。つまりリーダーに必要なのは経験や知識ではなくて、誠意と行動力なのだ。

画像: 従来のドラマでは敵対しがちな妙齢のバリキャリ女性と若いモデル女子が、恋愛やキャリアの悩みで見事に支え合うシスターフッド要素にも心が温まる ©APPLE TV+

従来のドラマでは敵対しがちな妙齢のバリキャリ女性と若いモデル女子が、恋愛やキャリアの悩みで見事に支え合うシスターフッド要素にも心が温まる
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 ラッソ監督の影響で、鼻につくスター選手も品位に欠ける大金持ちの元チームオーナーも、だんだんと良い人へと変わっていき最後にはホロリとさせられる。とはいえ、善人ばかりで退屈するなんてことはなく、緩急をつけた演出も非常に巧妙だ。例えば、ラッソ監督が、スポーツ業界のおかしな慣例やちょっと気取ったイギリス文化を「紅茶って茶色いただのお湯じゃん」といったようにズバズバと突っ込んでいくところは実に痛快。ユーモアたっぷりなのに心温まり、見終わるとすっきり爽快感があるドラマなのだ。軽妙な会話が決め手なので吹き替えで見るのもおすすめ。目下シーズン3の撮影中とのことなので、今後の展開に期待が高まる。

画像: 一話30分程度と、昨今のドラマのなかでは短めなので、つい次から次へと続けて見てしまう ©APPLE TV+

一話30分程度と、昨今のドラマのなかでは短めなので、つい次から次へと続けて見てしまう
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『テッド・ラッソ: 破天荒コーチがゆく』
Apple TV+にてシーズン1/2が配信中
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3作品はすべて2022年4月28日時点での配信作品です

【4】80年代カルチャーが詰まったSF作品『ストレンジャー・シングス 未知の世界』

『ストレンジャー・シングス 未知の世界』は2016年に配信が開始され、これまで3シーズン公開されており、待望のシーズン4が5/27に配信開始された。

 舞台は1980年代のインディアナ州郊外の田舎町ホーキンス。マイク、ダスティン、ルーカス、ウィルの4人は親友で、その日もいつものようにマイクの家でゲームに興じていた。夜も遅くなり家路に着くことにしたが、ウィルは得体のしれない何かに遭遇し、姿を消してしまう。仲間たちや警察は行方不明になったウィルの捜索を始めると同時に、街には坊主頭の謎の少女が現れる。少女を保護しようとするが、彼女は超能力を使い逃走。またホーキンスにある研究所では不審な研究が行われていたことが判明し……。という展開でシーズン1が始まり、“得体のしれない何か”やウィルが連れ込まれた“裏の世界”と対峙していくSFアドベンチャー作品であり、青春群像劇だ。

画像: 本作は、エミー賞、ゴールデングローブ賞、英国アカデミー賞、アメリカ映画協会年間TVトップ10など、数々の賞で65以上の受賞を果たしており、Netflixでもっとも人気のあるTV番組のTOP10リストで2位にランクインしている © NETFLIX

本作は、エミー賞、ゴールデングローブ賞、英国アカデミー賞、アメリカ映画協会年間TVトップ10など、数々の賞で65以上の受賞を果たしており、Netflixでもっとも人気のあるTV番組のTOP10リストで2位にランクインしている
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 手に汗握る先の読めないストーリー展開もさることながら、劇中のファッションや音楽など、鮮やかな‘80年代のポップカルチャーに触れられるのも本作の見どころでもある。また、数々の名作映画をオマージュしていたり、劇中の映画館で上映されたりする演出にも心がくすぐられる。例えば、『グーニーズ』や『ゴースト・バスターズ』に『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『ネバーエンディング・ストーリー』など、往年の映画を知る大人には懐かしく、若者には新鮮で、世代を問わず支持を集めている。

 シーズン毎にどんどん大人になっていく子役俳優たちの成長も楽しみの一つである。シーズン1ではまだ幼かった彼らが、現実世界でも成長し、回を重ねる度にしっかりした顔つきになっていくのを見られるのも本作の醍醐味だ。シーズンを追うごとに、関わる人物や組織などのスケールが大きくなっていき、シーズン4は一体どうなるのか。高校生になった主人公たちの立ち回りが楽しみだ。

画像: シーズン4では、初めて離れ離れになってしまった仲間たちが、新たに起こる超常現象に対峙していく。“裏の世界”の恐怖に終止符を打つことができるのか © NETFLIX

シーズン4では、初めて離れ離れになってしまった仲間たちが、新たに起こる超常現象に対峙していく。“裏の世界”の恐怖に終止符を打つことができるのか
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『ストレンジャー・シングス』
Netflixシリーズ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』
シーズン1〜4独占配信中
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動画視聴はこちら](https://www.netflix.com/title/80057281)

【5】新感覚スーパーヒーロー作品『アンブレラ・アカデミー』

 1989年10月1日、妊娠していなかった女性43人が突如出産するという事象が世界各地で同時に起きた。資産家のハーグリーブス卿は、こうして生まれたこども7人を養子として迎え「アンブレラ・アカデミー」を設立し、子どもたちの特殊能力を開花させていく。彼らはナンバー1〜7と呼ばれ、怪力や空間移動などの特殊能力を発揮するが、ナンバー7のヴァーニャだけは特殊能力をもたなかった。ナンバー1〜6はハーグリーブス卿の指示の下、その能力を活かし、銀行強盗などの事件を解決して街のヒーローになる。その後大人になった彼らは、離れ離れになって暮らしていたがハーグリーブス卿の死の知らせを受け再び集合すると、なぜかナンバー5だけが13歳の姿のままだった。彼は未来に行っていたと言い、8日後に世界が滅亡すると告げる。ナンバー5を追う殺し屋や謎の委員会が現れ、果たして彼らは世界の滅亡を止めることができるのか。2019年にシーズン1、2020年にシーズン2が公開され、満を持してシーズン3が6/22に配信された。

画像: 出演は、ナンバー5役にエイダン・ギャラガー、ヴァーニャ役(シーズン3から役名がヴィクター)に『JUNO』や『インセプション』のエリオット・ペイジ、ルーサー役に『ゲーム・オブ・スローンズ』のトム・ホッパー、ヴィランのチャチャ役にR&Bシンガーのメアリー・J・ブライジらが名を連ねる ©CHRISTOS KALOHORIDIS/NETFLIX

出演は、ナンバー5役にエイダン・ギャラガー、ヴァーニャ役(シーズン3から役名がヴィクター)に『JUNO』や『インセプション』のエリオット・ペイジ、ルーサー役に『ゲーム・オブ・スローンズ』のトム・ホッパー、ヴィランのチャチャ役にR&Bシンガーのメアリー・J・ブライジらが名を連ねる
©CHRISTOS KALOHORIDIS/NETFLIX

 アメリカの3大コミック出版社といえば、アベンジャーズシリーズで知られる「マーベル・コミック」、バットマンシリーズの「DCコミックス」、そしてこの『アンブレラ・アカデミー』を刊行している「ダークホースコミックス」だ。本作はコミックが原作ながら、典型的なスーパーヒーローものとは一線を画する。

 まず、キャラメイクがアメコミ然としておらず非常にスタイリッシュ。言葉を話すチンパンジーや頭部が水槽の人間など架空のキャラクターもどこかリアルで、ファンタジーと現実世界をうまくつないでいる。また世界を救うというジャンルものではあるが、崩壊した家族の物語でもある。養子という複雑な兄弟関係を描いた家族ドラマがベースで、そこにタイムトラベルやミステリーの要素が加わってくる。そして、登場人物も踊りだしてしまうダンサブルなサウンドトラックの存在も魅力のひとつ。「ふたりの世界(I Think We’re Alone Now)」(ティファニー)や「ドント・ストップ・ミー・ナウ」(クイーン)、コミック原作者による「冬の散歩道」(サイモン&ガーファンクル)のカヴァー(原作者のジェラルド・ウェイはマイ・ケミカル・ロマンスというバンドでボーカルを務めていたミュージシャン)などが、物語を効果的に盛り上げる。

 また、ヴァーニャ役のエリオット・ペイジは2020年の12月にカミングアウトし、名前をエレン・ペイジからエリオット・ペイジへと変更した。それに伴い本作のヴァーニャも、シーズン3が展開していく中で役名がヴィクターへと変更されている。このような多様性に配慮したプロセスも、ファンを魅了する一因となっている。

 世界の滅亡を阻止しなければならないのに、どこか緊張感がなくシュールなところが不思議な魅力の本作。新感覚のスーパーヒーロー『アンブレラ・アカデミー』は誰もが気軽に楽しめる作品となっている。

画像: 原作コミックは、漫画界のアカデミー賞ともいわれているウィル・アイズナー漫画業界賞を受賞した人気作 ©NETFLIX

原作コミックは、漫画界のアカデミー賞ともいわれているウィル・アイズナー漫画業界賞を受賞した人気作
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Netflixシリーズ『アンブレラ・アカデミー』
独占配信中
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【6】悪のヒーローとの闘いを描いた『ザ・ボーイズ』

 こちらの作品も原作は同名のアメリカンコミック。巨大企業「ヴォート」は、特殊能力のあるスーパーヒーローを雇用し、人命救助や凶悪事件の解決を請け負う傍ら、グッズ販売や映画製作などのコンテンツビジネスで巨万の富を築いていた。ヴォートに所属するヒーロー7人は“セブン”と呼ばれ人々から慕われていたが、一方でヒーローの行動に懐疑的な人々もいた。彼らはヒーローの無謀な破壊行動によって家族を失ったり、傲慢な態度を目の当たりにしていた。実はこのセブン、人気や金のためなら悪事にも手を染める、欲と名声に溺れたヒーローなのだ。そこで彼らの暴挙のせいで家族を失った特殊能力をもたない一般市民が“ザ・ボーイズ”を結成し、ヒーローの真の姿とヴォート社の陰謀を暴こうとするのだが……。

画像: セブンのリーダーであるホームランダー。筋肉を強調したコスチュームや金髪に染めたヘアスタイルなど、胡散臭さを漂わせるキャラメイクが実に巧妙だ ©AMAZON STUDIOS

セブンのリーダーであるホームランダー。筋肉を強調したコスチュームや金髪に染めたヘアスタイルなど、胡散臭さを漂わせるキャラメイクが実に巧妙だ
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 これまでは、ヒーローは清廉潔白、ヒーロー映画/ドラマは勧善懲悪というのが一般的だったが、昨今は、ヒーローだって間違いを犯すことはある、といったように人間味をもたせる作品が増えている。そして本作はその究極版で、正義の味方だと思っていたヒーローが実は人類最大の脅威、という設定だ。

 腐敗したヒーローと企業 vs. アウトローな一般人という構図は、まるで現実の世界を強烈に皮肉っているかのようだ。今回のヒーローは世の中を良くしようという気はなく、自分たちの利益しか考えていないため、その横暴な行動により多くの命が犠牲になる。まるで自分のプライドのために、市民の命を犠牲にしている政治家のようだ。ヒーローが権力や名声を利用し、弱者にセクハラを迫るシーンは思わず目を背けたくなる。一方で、ザ・ボーイズの面々も品行方正ではなく汚い手を使うこともある。つまりこの作品内には、完璧な正義の味方というものは存在しないのだ。もしかしたらそれは現実でも同じなのかもしれない。

 シニカルなユーモアとダークなファンタジーを融合させた本作は、大人のためのヒーロー作品。R-18指定で、グロテスクな描写や過激な暴力表現も含まれるので鑑賞にはご注意を。

画像: スターライト(写真右)は、セブンに所属しながらも彼らの行動に疑問を感じており、徐々にザ・ボーイズに協力するようになる ©AMAZON STUDIOS

スターライト(写真右)は、セブンに所属しながらも彼らの行動に疑問を感じており、徐々にザ・ボーイズに協力するようになる
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『ザ・ボーイズ』
シーズン1〜3Prime Videoで独占配信中
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動画視聴はこちら

3作品はすべて2022年6月25日時点での配信作品です

背筋が凍る世界へ誘う新感覚スリラー映画3選

【1】M・ナイト・シャマラン節が炸裂する謎解きスリラー作品『オールド』

 休暇を過ごすためジャングルと美しいビーチのあるリゾートを訪れた4人家族のカッパー家。ホテルのマネージャーに気に入られ、一般客には開放していない秘密のビーチに行けることに。ビーチはホテルの車でしかアクセスできない場所にあり、夕方迎えに来る約束をしてスタッフは去っていった。そこにはカッパー家以外には、医者であるチャールズとその妻と娘、チャールズの母という家族連れと、看護師のジャリンと分析医のパトリシア、ミッドサイズ・セダンと名乗るラッパーとその彼女がおり、それぞれリラックスしてシークレットビーチを満喫していた。

 しかしカッパー家の息子トレントがラッパーの彼女の死体を見つけると物語が急展開し始める。岩陰から現れたミッドサイズ・セダンは鼻血を出しており、全員から疑惑の目を向けられる。そうこうしていると6歳と11歳であるはずの子どもたちが、いつの間にか急成長しており、思春期の少年少女になっていた。ホテルに戻ろうとするも電波がなく携帯電話は使えず、人々は狼狽し始める。

画像: さまざまな伏線が隠されているので、DVDや配信で複数回鑑賞するのがおすすめだ © 2021 UNIVERSAL STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.

さまざまな伏線が隠されているので、DVDや配信で複数回鑑賞するのがおすすめだ
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 監督は『シックス・センス』や『ミスター・ガラス』を手掛けたM・ナイト・シャマラン。カッパー家の父親役はガエル・ガルシア・ベルナルが演じる。本作はこれまでも数々のどんでん返し作品を製作してきたシャマランの十八番であるスリラー作品で、時間をテーマにしている。1日で50年という月日が経ってしまうビーチを舞台に、老いへの恐怖や今を生きる事の大切さを描いている。このビーチでは、人々は突然耳が遠くなり、愛する人が急死する。だがこれらの災難は誰の人生にも起こりうることで、まさに人生の縮図だ。突っ込みどころもある脚本だが、中盤にはつい笑ってしまう“あちゃ〜”な展開も用意されており、決して後味は悪くない。

 序盤は美しいジャングルとビーチ、色とりどりのリゾートウェアに身を包んだホテルゲストがビーチを楽しんでいるシーンが展開され、しばらく海外旅行に行っていないこの時期に見ると、旅情をかきたてられテンションが上がるが、鑑賞後は長旅から家に帰ってきた時のようにぐったりとして安堵感に包まれる。閉ざされたビーチで起こるさまざまな争いに肝を冷やし、終盤に明らかになる人の死を軽視する集団の存在に背筋が凍る。1年が過ぎるのがあっという間と感じる今日このごろ、このビーチで起こることは決して他人事ではないかもしれない。

画像: カッパー家の長女マドックス(16歳)を演じるのは『ジョジョ・ラビット』や『ラスト・ナイト・イン・ソーホー』のトーマシン・マッケンジー © 2021 UNIVERSAL STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.

カッパー家の長女マドックス(16歳)を演じるのは『ジョジョ・ラビット』や『ラスト・ナイト・イン・ソーホー』のトーマシン・マッケンジー
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『オールド』
Amazon Prime Videoなどで配信中
Blu-ray(2,075円)、DVD(1,572円)は9/7発売
発売元: NBCユニバーサル・エンターテイメント
販売元: NBCユニバーサル・エンターテイメント
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【2】冷や汗もののスリラーで女性の自立を描いた『SWALLOW/スワロウ』

 ハンターはニューヨーク郊外の豪華な邸宅に住み、一見何不自由ない生活を送っている主婦。だが、夫は食事中も携帯電話に夢中で、義父はハンターの話を遮って仕事の話を始めたりと、実は孤独で息苦しい日々を過ごしていた。そんな中ハンターの妊娠が発覚。久しぶりに幸せを感じるハンターだったが、夫はハンターそっちのけで即座に義父母に電話し、義父母は世継ぎを生むためだけの存在としてハンターを見ており、孤独は募っていく一方。

 ある日ハンターは、ガラス玉を飲み込みたい衝動に駆られる。ガラス玉を口の中で転がし、恍惚の表情を浮かべると、ついに飲み込んでしまう。痛みとともに得も言えぬ多幸感を味わうハンター。その後も衝動は抑えきれず、次は画鋲を飲み込み激痛がハンターを襲う。それでも衝動を抑えられずその行為は徐々にエスカレートしていく。病院での検診の際、お腹に溜まった異物の存在が発覚し、子どもに危険を及ぼしかねないと夫や義父母に激怒されてしまう。精神疾患があると思われ、日中は看護師の監視がつくことになり、ますます息苦しさを感じるハンターだが、カウンセリングで衝撃の過去が明らかになる。

画像: 主演とともに製作総指揮を務めたヘイリー・ベネット。物を口に含んだ際の恍惚とした表情が見事で、その触感が伝わってくる © 2019 BY SWALLOW THE MOVIE LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

主演とともに製作総指揮を務めたヘイリー・ベネット。物を口に含んだ際の恍惚とした表情が見事で、その触感が伝わってくる
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『SWALLOW/スワロウ』は心理スリラーのジャンル映画と思いきや、家父長制への批判と女性の自立を描いている社会派作品だ。モチーフになっているのは栄養価のないものを口にしてしまう異食症という摂食障害。ハンターが抱える孤独とストレスが彼女を異食症に導いていくのだが、実は原因は出生にもあることが明かされ、ハンターの妊娠とその事実が重なっていく。監督のカーロ・ミラベラ=デイヴィスは20代の4年間、女性として過ごしていた過去があるそう。今はシスジェンダーの男性として生きているが、当時は流動的ジェンダーという言葉がなく辛かったと語っており、ハンターのように型にはまらない人々の心の叫びを自らも体験しているという事実が、作品の意義をより深くしている。

 スワロウという言葉は、飲み込むという意味の他に燕という意味もあるが、文字通りハンターは豪華なかごの中の鳥そのものだ。序盤は現実社会から切り離され、夫に愛される完璧な妻という他人の人生を生きていたが、終盤で真の自分の姿と向き合い、トラウマを克服し、自分の力で人生を切り開き、飛び立っていく。その姿は実に清々しく誰しもが共感できるのではないだろうか。画鋲や電池を飲み込む姿は冷や汗が出るほど痛々しく、つい目をそむけたくなるが、ハンターが置かれているように生きづらさを感じている女性たちから目をそむけてはいけないとこの作品が再確認させてくれる。

画像: 物語前半は、無彩色なハンターの心とは裏腹に映像はとてもカラフル。徐々に心に色を取り戻していくつれ、映像の色調が変化していくという演出効果も素晴らしい。監督のカーロ・ミラベラ=デイビスは本作で長編デビューを果たした © 2019 BY SWALLOW THE MOVIE LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

物語前半は、無彩色なハンターの心とは裏腹に映像はとてもカラフル。徐々に心に色を取り戻していくつれ、映像の色調が変化していくという演出効果も素晴らしい。監督のカーロ・ミラベラ=デイビスは本作で長編デビューを果たした
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『SWALLOW/スワロウ』
Amazon Prime Videoなどで配信中
Blu-ray+DVDセット好評発売中
発売元:クロックワークス
販売元:TCエンタテインメント
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【3】その明るさが狂気に拍車をかける新感覚スリラー『ミッドサマー』

 大学生のダニーは、不慮の事故で両親と妹を亡くし、彼氏のクリスチャンとも別れる寸前。情緒不安定で向精神薬に頼っていた。そんな中での夏休みに、クリスチャンの友人で、スウェーデンからきた留学生であるペレの故郷で90年に一度行われる伝統的な夏至祭へ行くことに。人類学を専攻するクリスチャンの友達であるマークとジョシュとともに、森に囲まれ草花が咲き乱れる美しいコミューン、ホルガに到着した。

 村の人々は皆、花冠や刺繍が施された白い装束を身に着けており、神殿のようなものや、ルーン文字が掘られた石碑があり、村はまるで童話の中の世界のように可愛らしい。だが、9日間に及ぶ夏至祭の始まりの儀式で、突然崖の上から老女が身を投げると老爺もそれに続く。まだ息のある老爺に村人が小槌を振り下ろし、ダニーや友人たちはショックを受ける。このようにして狂気に満ちた9日間が幕を開けるのだった。

画像: 太陽が沈まない村で、幻覚作用のある飲み物を飲まされ、ダニーたちの感覚は徐々に狂い始める ©2019 A24 FILMS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

太陽が沈まない村で、幻覚作用のある飲み物を飲まされ、ダニーたちの感覚は徐々に狂い始める
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 本作の監督は、前作『へレディタリー/継承』で完璧な悪夢を描き、衝撃的な長編デビューを果たしたアリ・アスター監督。製作は気鋭のスタジオA24で、主人公のダニーを『ブラック・ウィドウ』、『ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語』のフローレンス・ピューが演じる。太陽が沈まず色とりどりの花に囲まれ、可愛らしい衣装に身を包んだ人々が住む村は、闇とはかけ離れているように見えるが、そこで行われる儀式は狂気そのもの。通常のスリラーやホラー作品は、闇夜や地下など視覚的に暗いものが多いが、本作はその対局で、その明るさが逆に狂気を増幅させている。

 表面的には優しく見えるが、ダニーの悲しみや孤独に寄り添わず土足で心に踏み込むようなクリスチャン。村のルールを尊重せず、自己中心的に振る舞う友人たち。彼らは誹謗中傷を繰り返し、多様性を尊重しない現実社会の人々を象徴しているともいえる。観客は常軌を逸した村の儀式に震え上がるが、最後はダニーを通じて横暴で無頓着な人々に復讐を果たし、カタルシスを感じるだろう。“フェスティバルスリラー”を標榜する新感覚のスリラー作品で、肝を冷やすような映画体験を。

画像: 原題の『midsommar(ミッドソンマル)』は夏至祭を意味するスウェーデン語 ©2019 A24 FILMS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

原題の『midsommar(ミッドソンマル)』は夏至祭を意味するスウェーデン語
©2019 A24 FILMS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

『ミッドサマー』
Netflixにて配信中
Blu-ray,DVD好評発売中
発売元:TCエンタテインメント
販売元:TCエンタテインメント
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公式サイトはこちら

※今回紹介している3作品の配信状況は、すベて2022年7月25日時点のものです。

韓国人女性の生き方を描いた話題の映画3選

【1】少女の目を通して社会を見つめ、女性の生き方を考える 『はちどり』

 舞台は1994年の韓国、ソウル。中学2年生のウニは餅店を営む両親と兄姉の5人家族で暮らしている。学校では孤立しており、他校に通う彼氏と、漢文塾で出会った女友達と過ごす時間にだけ笑顔を見せるウニ。母に話しかけても上の空、兄には暴力を振るわれ、父には怒鳴られ、ウニの目を見て話を聞いてくれる大人は誰もいなかった。そんな中、新しく漢文塾にやってきた女性教師ヨンジだけはウニに寄り添ってくれる。大学を休学し職を転々として、タバコを吸っているヨンジに、ウニは心を開いていく。そして1994年10月21日にある事故が起きる。これをきっかけに韓国社会や人々、そしてウニの家族も変化の兆しを見せ始める。

画像: 主人公のウニを演じたのはパク・ジフ。この役で第18回トライベッカ映画祭の最優秀主演女優賞や第39回韓国映画評論家協会賞の新人女優賞などを受賞した ©2018 EPIPHANY FILMS. ALL RIGHTS RESERVED.

主人公のウニを演じたのはパク・ジフ。この役で第18回トライベッカ映画祭の最優秀主演女優賞や第39回韓国映画評論家協会賞の新人女優賞などを受賞した
©2018 EPIPHANY FILMS. ALL RIGHTS RESERVED.

 監督は本作が長編デビューとなるキム・ボラ監督で、自身の少女時代の体験を元に描いた人間ドラマだ。登場人物が多くを語らず、セリフではなく視線で語っていく。通常こういった作品は見る側の想像力が必要となるが、まなざしによる繊細な演技や視線に注目した画角により、彼らの心情が手に取るように伝わってくる。むしろ多くを語らないからこそ、声をあげることができないウニの息苦しさや抑圧をひしひしと感じることができるともいえるだろう。

 描かれるのは誰にでも経験のある思春期のありふれた日常だが、家父長制や暴力、学歴社会など、そこには女性ゆえに感じる生きづらさが丁寧に描かれている。例えば、兄に暴力を振るわれ、両親にそのことを訴えるも、「喧嘩しないの」と取りつく島もなく一蹴されてしまう。ウニの友人もある日、顔にあざを作って塾に現れることから、長兄を重んじる家父長制や男尊女卑の風潮が社会に根強くはびこっていることを示す。とはいえ、一方的に男性が悪であるとは描かない。後半、兄が泣く場面があるが、社会や父親からの期待を一身に受けた彼にも相当な重圧がかかっていることがうかがえる。

画像: ある日、ウニは耳の下にしこりがあることに気づく。それはウニの不安や孤独を吸い取るかのようにだんだんと大きくなっていく ©2018 EPIPHANY FILMS. ALL RIGHTS RESERVED.

ある日、ウニは耳の下にしこりがあることに気づく。それはウニの不安や孤独を吸い取るかのようにだんだんと大きくなっていく
©2018 EPIPHANY FILMS. ALL RIGHTS RESERVED.

 ヨンジとの出会いがウニの心境に変化をもたらす。大学も休学し、結婚もせず、職を転々としているヨンジは変わり者扱いされているが、ウニはヨンジにこれまで出会った大人とは違う雰囲気を感じ取る。おそらく彼女はこの男女不平等社会で声をあげるも挫折した経験をもつのであろう。ヨンジはウニに、殴られても黙っていてはダメ、声をあげてと伝える。自分はうまくいかなかったけど、次の世代のあなたはこうならないでね、と目線で語りかける。目を見て話してくれるヨンジに出会ったことで、ウニはそれまで理不尽ながら仕方がないと思っていたことが、違うのかもしれないと気づき始めるのだ。

 1994年の韓国は、87年に軍事政権が終わりを告げ、民主化が進められている過渡期にあたる。著しい経済成長を遂げる中、手抜き工事が一因となり聖水大橋崩落事故という大惨事が起きてしまう。古い体質と新しい時代の狭間で、期待と同時に不安や戸惑いを感じていた社会はウニの心情ともシンクロする。とても小さな鳥であるはちどりのように、小さな体で必死に羽を動かし続け世界に羽ばたこうとしているのはウニのようでもあるし、1994年の韓国社会のようでもある。本作が描いた世界から約30年後の今、世界はどう変わっただろうか。現代の日本に生きる私達にも、感じることの多い作品だ。

画像: 本作はベルリン国際映画祭など、多くの映画祭で50以上の賞を受賞。韓国では単館公開規模でありながら、公開1か月で観客動員数12万人を超える異例の大ヒットを果たした ©2018 EPIPHANY FILMS. ALL RIGHTS RESERVED.

本作はベルリン国際映画祭など、多くの映画祭で50以上の賞を受賞。韓国では単館公開規模でありながら、公開1か月で観客動員数12万人を超える異例の大ヒットを果たした
©2018 EPIPHANY FILMS. ALL RIGHTS RESERVED.

『はちどり』
Amazon Prime Videoなどでレンタル配信中
Blu-ray(6380円)、DVD(4180円)発売中
発売元:アニモプロデュース
販売元:TCエンタテインメント
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【2】胸を締めつけられるシーンの数々に、己の行動を見直すきっかけになる『82年生まれ、キム・ジヨン』

 キム・ジヨンは夫のデヒョンと二歳になる娘アヨンと暮らしている主婦。出産するまでは広告代理店に勤務し、意欲的に働いていたが、今は家事と子育てに追われる毎日。正月に夫の実家に帰省するも、嫁の立場であるジヨンは台所に立ちっぱなしで座る暇もない。するとジヨンに何者かが乗り移ったかのように別人格が現れ話し始める。夫の家族は突然の豹変にあ然とするも、以前からジヨンの不調に気づいていた夫はジヨンと娘を連れ実家を後にする。当のジヨンはこの“憑依”を覚えておらず、最近物忘れが多いと言う。夫は精神科へ通うことを提案するも、疲れているだけ、となかなか足が向かない。そんななか、元上司の女性が起業し、また一緒に働かないかと誘われる。生きがいを見出し生き生きとし始めるジヨンだが、義母に知られ激怒されてしまう。

画像: 原作はチョ・ナムジュ著の同名のベストセラー小説。主人公のジヨンと夫のデヒョンを『トガニ 幼き瞳の告発』でも共演したチョン・ユミとコン・ユが演じる © 2021 LOTTE ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED.

原作はチョ・ナムジュ著の同名のベストセラー小説。主人公のジヨンと夫のデヒョンを『トガニ 幼き瞳の告発』でも共演したチョン・ユミとコン・ユが演じる
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 本作では、女性が日常的に体験する生きづらさに着目し、それらを積み重ねていくことで、当たり前すぎて違和感を感じなくなってしまっている不平等な現実を知覚することができる。夫は一見ジヨンに寄り添っているように見えるが、どこか中途半端。実家に帰った際、嫁であるジヨンが忙しくしている様を見て母親に「もうひとり息子を生んでくれていたら、嫁が増えて楽になったのに」と発言する。妻を気遣う優しい夫ではあるのだが、問題の本質が理解できていないのだ。

 またジヨンにとってロールモデルとなりうる元上司の女性は、男性上司から「仕事で成功しても子育てに失敗したらおしまいだ」と言われるが、言い返さず笑ってその場をやり過ごす。彼女はこのように心をすり減らし我慢を重ねて、キャリアを築いてきたのだろう。「私は良き母ではないし、良き妻であることも諦めた」という。女性が社会で活躍するには、かくも犠牲を払わなければならないのかと心が苦しくなる。

画像: ジヨンの母親は優秀で教師になる夢を持っていたにもかかわらず、男兄弟の進学を支えるために工場に働きに出て夢を諦めたという © 2021 LOTTE ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED.

ジヨンの母親は優秀で教師になる夢を持っていたにもかかわらず、男兄弟の進学を支えるために工場に働きに出て夢を諦めたという
© 2021 LOTTE ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED.

 一方でジヨンが学生時代に痴漢にあいそうになった際、父親から「スカートが短い。危険な目に遭うのは本人の不注意のせい」と咎められる。なぜ女性の側が短いスカートを履く自由を奪われなければならないのか。咎められるのは短いスカートではないはずなのに。このように日常的に繰り広げられるさまざまなエピソードで、女性の生きづらさや男性の配慮の無さを示していく。

 ただそこには小さいながら希望もある。デヒョンはジヨンが働くなら自分は育休を取る、と申し出るし、長兄として重んじられてきたジヨンの弟も、優しく手を差し伸べてくれ、ジヨンや彼女を取り巻く環境も少しづつ変化していく。本作では、自分が無自覚に我慢してきてしまっていることや、また逆に無自覚に配慮のない発言をしてきてしまったことに気づくことができるだろう。女性にも男性にも、性別を問わず何らかの気づきを与えてくれる。

画像: キム・ジヨンという名は、82年生まれの女児に最も多かった名前。この話は誰にでも当てはまるストーリーであることを暗示している © 2021 LOTTE ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED.

キム・ジヨンという名は、82年生まれの女児に最も多かった名前。この話は誰にでも当てはまるストーリーであることを暗示している
© 2021 LOTTE ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED.

『82年生まれ、キム・ジヨン』
Amazon Prime Videoなどで配信中
Blu-ray(6380円)、DVD(5280円)発売中
発売元:クロックワークス
販売元:ハピネット・メディアマーケティング
© 2021 LOTTE ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED.
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【3】ユーモアたっぷりに韓国社会の闇に切り込むアクション・コメディ『ガール・コップス』

 ミヨンは女性刑事機動隊という部署で活躍し、持ち前の行動力と腕っぷしの強さで凶悪犯を次々と検挙していた凄腕刑事だった。が、結婚と出産を機に、市民の苦情を取り扱う相談窓口でデスクワークをしていた。ある日、義妹で刑事のジヘが不祥事を起こし、相談窓口に一時的に配属されることに。そんな窓口に、怯えた様子の女学生が訪れるが、携帯電話だけを置き逃げるように去っていく。ミヨンは彼女を追いかけるが、女学生は交通事故にあってしまう。すると残された携帯にメッセージが表示され、それは彼女がレイプされた動画が3日後、アダルトサイトにアップされるという通知だった。組織的な犯罪だと考えたミヨンはジヘとパソコン操作に長けた同僚のジャンミとともに、犯人を追うことに。

画像: ミヨンの役柄はラ・ミランに当て書きされている。ラ・ミランは本作が映画初主演。同僚のジャンミは元少女時代のスヨンが演じる ©2019 CJ ENM CORPORATION, FILM MOMENTUM ALL RIGHTS RESERVED

ミヨンの役柄はラ・ミランに当て書きされている。ラ・ミランは本作が映画初主演。同僚のジャンミは元少女時代のスヨンが演じる
©2019 CJ ENM CORPORATION, FILM MOMENTUM ALL RIGHTS RESERVED

 本作は、終始コメディタッチで痛快で軽快にストーリーが展開していくが、ところどころに現代社会を風刺するスパイスが散りばめられている。敏腕刑事だったミヨンは家族のために自分のキャリアを犠牲にし、物足りない毎日を過ごしているし、男性刑事たちは手柄優先で、検挙の見込みの薄い捜査には協力してくれない。おとり捜査でミスをしたのは男性刑事なのに、ジヘが異動させられる。女性たちが犯人と格闘しているのに、そこにいた野次馬はスマホで撮影するだけで誰も助けようとしない。また相談窓口で働いているのは、凄腕刑事のミヨンを始めインターネットギークのジャンミや女性刑事機動隊の出身の上司など、優秀で能力の高い女性ばかりというのにも皮肉が込められている。

画像: 大胆なアクションシーンやカーチェイスを織り交ぜ、ユーモアたっぷりにテンポよく展開していく ©2019 CJ ENM CORPORATION, FILM MOMENTUM ALL RIGHTS RESERVED

大胆なアクションシーンやカーチェイスを織り交ぜ、ユーモアたっぷりにテンポよく展開していく
©2019 CJ ENM CORPORATION, FILM MOMENTUM ALL RIGHTS RESERVED

 ドラッグやサイバー性犯罪を扱った本作の事件は、NETFLIXでドキュメンタリーが製作された「n番ルーム事件」や、「バーニングサン事件」などを彷彿とさせ、韓国社会に潜む闇を映し出す。ミヨンが危険を犯してまで捜査をする理由を問われると「被害者が気の毒だからじゃない。女性が自業自得だと、自分を責めるしかない状況に腹が立つから」と答える。性犯罪では被害者が泣き寝入りしてしまうことも多いが、女性にとって決して許すことができない事件を、女性たちが共闘し解決していく姿に勇気をもらう。あくまで気楽に観られるアクションコメディとして作られているが、シスターフッド要素もあり、裏テーマもしっかり設定された見事な一作だ。

画像: インスタグラムのフォロワー1400万人を誇るモデル出身のイ・ソンギョンの見事なスタイルも見どころのひとつ。また『哀しき獣』や『チェイサー』のハ・ジョンウや、『小公女』、『シークレットジョブ』のアン・ジェホンらがカメオ出演している ©2019 CJ ENM CORPORATION, FILM MOMENTUM ALL RIGHTS RESERVED

インスタグラムのフォロワー1400万人を誇るモデル出身のイ・ソンギョンの見事なスタイルも見どころのひとつ。また『哀しき獣』や『チェイサー』のハ・ジョンウや、『小公女』、『シークレットジョブ』のアン・ジェホンらがカメオ出演している
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『ガール・コップス』
デジタル配信中
DVD(4180円)発売中
発売元:GAGA
販売元:GAGA
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*今回紹介している3作品の配信状況は、すベて2022年8月25日時点のものです。

韓国人俳優ソン・ソックが出演する見逃せない作品3選

【1】空虚な日常からの解放を描いた『私の解放日誌』

 ヨム・ミジョンは3兄弟の末っ子で、姉のギジョン、兄のチャンヒ、小さな工場を営む兼業農家の両親とともにソウルの郊外で暮らしている。3人ともバスと電車を乗り継ぎ片道1時間半をかけてソウルに通勤し、休日は農業を手伝うという毎日に疲れ果てていた。そんな一家の元に、クと名乗る男(ソン・ソック)が現れ父親の工場で働き始める。一家の隣に住むクは、たびたびヨム家と食事をともにするが、言葉を交わすことはなく下の名前すら名乗らない。だが、ミジョンはある事情で、クに頼らざるを得なくなり、少しずつコミュニケーションを取るように。不幸ではないけれど幸せでもない日々。生きる意味がわからず、このままだと息が詰まりそうと感じたミジョンは、自分を解き放つために解放日誌をつけ始め、クと不思議な関係を築き始める。

画像: 脚本は『マイ ディア ミスター 〜私のおじさん〜』のパク・ヘヨン。ミジョン(写真中央)を演じるのは『太陽の末裔』で注目されたキム・ジウォン ©NETFLIX

脚本は『マイ ディア ミスター 〜私のおじさん〜』のパク・ヘヨン。ミジョン(写真中央)を演じるのは『太陽の末裔』で注目されたキム・ジウォン
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 ミジョンは会社でも家族といても物静か。口を開けば文句を言う兄弟や母親とは正反対の性格で、その姿からは人生への諦めすら感じる。「あらゆる人間関係が労働のように感じ、心から好きな人がいない。家族ですら嫌なところがある」と語るミジョンだが、そんな毎日を変えようと、ある時解放日誌に「好きな人を作ってみようと思う。その人の言動にいちいち心を乱されることなく、ただ単に好きになってみようと思う」と書き綴る。そして彼女は突然クに「わたしをあがめて」という。「わたしは満たされたことがない。だからわたしをあがめて満たして」と。最初は、ミジョンの言う「あがめる」が一体どういうことなのか理解できなかったが、物語が進むにつれ、彼女の言う「あがめる」とは、容姿や経歴や言動などに影響されることなく、ただその人に寄り添い続けることなのではないかと思った。ミジョンは、酒浸りのクに飲むのをやめろとは言わないし、彼の過去も聞かない。どこかに行ってしまっても追いかけないという。クもミジョンの話に意見を言うこともなくただ聞き続ける。恋人とも友達とも異なる関係のふたりは、互いに依存することなく、でもお互いを補完していくことで、辛い日々から徐々に解放されていく。

 本作でソン・ソックが演じたクは、物語前半は言葉少なくその佇まいや目線で魅せていくが、後半になると暴力性や色気、危険な香りをまとい人格がガラッと変わる。だが、ミジョンといる時だけは以前の飾らないクに戻り、その二面性ある見事な演技力に感心する。登場人物たちが、自分自身と自分を取り巻くすべての抑圧からの解放されていく過程を丁寧に描いた本作は、哲学的で詩のような言葉使いや、多くを語らずいい意味で不親切なストーリー展開が、多くの韓国ドラマとは一線を画す。派手さはないものの、滋味深い味わいがあり、解釈の仕方は観る人それぞれで異なるだろう。現代人の心の隙間にすっと入り込む魔性の魅力を秘めた『私の解放日誌』は、間違いなくソン・ソックを代表する作品になるはずだ。

画像: 駅や会社でミジョンを待つ所在なげなクや「ヨム・ミジョン!」と大声で叫ぶクの姿は萌えポイント ©NETFLIX

駅や会社でミジョンを待つ所在なげなクや「ヨム・ミジョン!」と大声で叫ぶクの姿は萌えポイント
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Netflixシリーズ『私の解放日誌』
独占配信中
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公式サイトはこちら

【2】ホモソーシャルにより生じる生きづらさに斬り込む『D.P. -脱走兵追跡官-』

 兵役義務を全うするため軍に入隊したアン・ジュノ。入隊早々「顔が気に入らない」と先輩にケチを付けられ、厳しい上下関係の洗礼を受けそうになるが、すんでのところで難を逃れ、「D.P.」に配属される。D.P.とは「Deserter Pursuit」の略で、韓国軍に実際にある部隊。軍隊から脱走した兵を見つけ、無事に連れて帰ることが任務だ。アン・ジュノは先輩のハン・ホユルと二人で街へ出て脱走兵を探すが、そこには脱走するに至ったさまざまな事情が垣間見える。金銭問題や家族の介護、そして壮絶なイジメを苦に脱走した兵士たち。彼らの本心を知り、複雑な心境のなか任務にあたっていくアン・ジュノだが……。

画像: 原作はWEB漫画で、原作者の実体験が元になっている。アン・ジュノ(写真手前)を演じるのは『スノードロップ』でBLACKPINKのジスと共演したチョン・ヘイン ©NETFLIX

原作はWEB漫画で、原作者の実体験が元になっている。アン・ジュノ(写真手前)を演じるのは『スノードロップ』でBLACKPINKのジスと共演したチョン・ヘイン
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 探偵もののようにテンポよく展開していくストーリーだが、背景にチラつくのはホモソーシャル社会が生み出した歪みだ。特に軍隊という場では、体格が良い者や権力をもつ者が上に立ちやすい状況にある。集団生活により強い同調圧力が生まれ、少数派は力で押さえつけられてしまう。入隊するまでは漫画学校の先生として、生徒たちから絶大な人気のあったソクポンが、軍隊では馬鹿にされ凄惨なイジメを受ける。心優しい彼が豹変していく様に胸が締めつけられる。また彼らを指導する立場の上層部は、自分の出世に響く問題は隠蔽しようとし、その上の長官は警察と手柄を巡って無意味な対立をしている。マチズモによりすべての歯車が噛み合わず、皆が生きづらさを感じてしまっている。言うまでもなく、これは韓国軍隊に限った問題ではない。会社や学校、家族内であっても起こりうることだ。こういった社会の闇にスポットライトを当てた作品を通じて、皆が生きやすい社会に少しでも変わっていくことに期待したい。

画像: ソン・ソックは大尉のイム・ジソプを好演。上官の顔色をうかがい同僚をライバル視するいけ好かない人物かと思いきや……。先ごろシーズン2の主要キャストが披露され、ソン・ソックも出演することが発表された ©NETFLIX

ソン・ソックは大尉のイム・ジソプを好演。上官の顔色をうかがい同僚をライバル視するいけ好かない人物かと思いきや……。先ごろシーズン2の主要キャストが披露され、ソン・ソックも出演することが発表された
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Netflixシリーズ『D.P. -脱走兵追跡官-』
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【3】スカッと爽快なブロックバスター大作『犯罪都市 THE ROUNDUP』

 その豪腕ぶりで知られる刑事マ・ソクトは、ベトナムで自首した韓国人逃亡犯を引き取るためホーチミンへ向かった。だが、良心の呵責から自首したと供述する犯人を不審に思い、独自に捜査を開始すると、カン・ヘサンという人物(ソン・ソック)に命を狙われていることが判明する。加えて、多くの韓国人がベトナムで行方不明になっていること分かり、それらの裏にカン・ヘサンが絡んでいると踏んだマ・ソクトは、カンを追い詰めるもギリギリのところで逃げられてしまう。その後カンが韓国へ渡ったという情報を掴み、マ刑事もソウルへ戻るが事態は思わぬ展開をみせる。

画像: マ・ソクトを演じるのはマブリーの愛称で知られるマ・ドンソク(写真右)。『新感染 ファイナル・エクスプレス』や『悪人伝』、前作の『犯罪都市』で見せたとびきりのアクションは本作でも健在だ ©ABO ENTERTAINMENT CO.,LTD. & BIGPUNCH PICTURES & HONG FILM & B.A.ENTERTAINMENT CORPORATION

マ・ソクトを演じるのはマブリーの愛称で知られるマ・ドンソク(写真右)。『新感染 ファイナル・エクスプレス』や『悪人伝』、前作の『犯罪都市』で見せたとびきりのアクションは本作でも健在だ 
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 前作『犯罪都市』から5年、衿川(クムチョン)署の刑事たちが帰ってきた。痛快なバイオレンスアクション要素はそのままに、新たな刺客ソン・ソックの狂人ぶりが作品を盛り上げる。まるでアヴェンジャーズの超人ハルクのような屈強な肉体をもちながらもどこかチャーミングなマ・ドンソクと、目線だけで人を殺めてしまいそうな殺気立ったソン・ソックの対比が見事。勧善懲悪が気持ちよく、緊迫したカーチェイスやアクションシーンにも思わず笑ってしまうユーモアが散りばめてあり、観客を飽きさせない。前作から引き続き登場するキャラクターも多いので、配信などで前作を観てからの劇場鑑賞がオススメ。韓国で観客動員1,200万人を突破し、韓国人の5人に1人が観たというのも納得のブロックバスター大作だ。

画像: 極悪非道なカン・ヘサンを演じたソン・ソック。理不尽極まりない悪い男は、ソン・ソックのはまり役 ©ABO ENTERTAINMENT CO.,LTD. & BIGPUNCH PICTURES & HONG FILM & B.A.ENTERTAINMENT CORPORATION

極悪非道なカン・ヘサンを演じたソン・ソック。理不尽極まりない悪い男は、ソン・ソックのはまり役 
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『犯罪都市 THE ROUNDUP』
配給:HIAN
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*今回紹介している作品の配信状況は2022年9月25日時点のものです。

レジリエンスを高めてくれる必見のドキュメンタリー作品3選

【1】あなたにもできると背中を押してくれる『ジェニファー・ロペス:ハーフタイム』

 2020年、NFLのハーフタイムショーに出演するジェニファー・ロペスを追ったドキュメンタリー作品。ショーの準備と時期を同じくして、2019年公開され、プロデューサーを務め自ら出演もした映画『ハスラーズ』の賞レースも盛り上がりを見せていた。華やかな世界で着実にキャリアを築いてきてきたかのように見えるジェニファー・ロペスだが、中南米のプエルトリコにルーツをもつことや、セクシーな外見から残酷なまでに過小評価されてきた。キャリアの集大成とも言えるハーフタイムショーを通して彼女が世界に伝えたかったメッセージに迫る。

画像: ハーフタイムショーには、自身の娘のエメも出演し、母娘共演を果たす ©NETFLIX

ハーフタイムショーには、自身の娘のエメも出演し、母娘共演を果たす
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 世界的に成功を収めているジェニファー・ロペスだが、そのキャリアは順風満帆ではなかった。プエルトリコからアメリカに移り住んだ両親の間に生まれ、幼少期をニューヨーク市ブロンクスで過ごす。俳優を志し、1997年公開の映画『セレナ』でブレイク、ゴールデングローブ賞にノミネートされる。‘99年発売のシングル『If You Had My Love』を含むデビューアルバム『On The 6』はアメリカで300万枚以上を売り上げた。しかし、どんなに輝かしい功績を残しても、有名人との交際ばかりがゴシップ誌に取り上げられ、キャリアと同様もしくはそれ以上に私生活ばかりが注目されてしまう。また当時美しいとされていた女性は、細く痩せていてカーブのない体型の女性で、彼女はたびたびそのふくよかなお尻をからかわれた。「私はラティーノ女性。最初から公平に扱われることなんて期待していない」という言葉からは、強さとともに諦めの気持ちも感じざるを得ない。そして、女性をエンパワーする映画『ハスラーズ』に出演し、ロサンゼルス映画批評家協会では、最優秀助演女優賞を獲得するが、オスカーではノミネートすらされなかった。落ち込む暇もなく、ハーフタイムショーの準備は進んでいく。

 これまで正当な評価をされず闘い続けてきた彼女の集大成ともいえるハーフタイムショーで、「子どもたちが自分たちのように抑圧されないように、分断された世界をひとつにしたい、この国の国民なのだと実感してほしい」と訴える。ジェニファー・ロペス同様、アメリカに暮らすヒスパニック系の人々の多くは、移民ではなくアメリカで生まれ育ったアメリカ人であるにも関わらず、様々な差別を受けてきた。2020年のスーパーボウルの開催地は、多くのヒスパニック系の人々が暮らすマイアミだ。そんな場所でジェニファー・ロペスの娘であるエメが「Born in the USA」を歌い上げるという演出で、彼女は世界を変えようと声を上げた。嘲笑されても無視されても闘い続けてきたジェニファー・ロペス。50歳(ハーフタイムショー出演時)とは思えないほど鍛え上げられた身体は努力の賜物であり、どんなに叩かれても負けない強い信念にパワーをもらうことができる。一方で、前回の婚約解消から約17年の歳月を経てベン・アフレックと復縁するというところも彼女らしく、幸せになって欲しいと応援したくなる親しみやすさも魅力の一つといえるだろう。バイデン大統領の就任式で「This Land Is Your Land」を歌い上げ、「この歳でも成長できるなんて信じられないけど、私はまだできる」と語るJ.Loの生き様は、多くの女性を勇気づけてくれるシスターフッドそのものだ。

画像: ハーフタイムショーでは、『ハスラーズ』で演じたポールダンスも披露する。ヒット曲の数々に加え政治的なメッセージを盛り込み、エンタテインメントとして成立させたショーは必見 ©NETFLIX

ハーフタイムショーでは、『ハスラーズ』で演じたポールダンスも披露する。ヒット曲の数々に加え政治的なメッセージを盛り込み、エンタテインメントとして成立させたショーは必見
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Netflixシリーズ『ジェニファー・ロペス:ハーフタイム』
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【2】父や兄との関係、秘められた結婚生活などの半生を語る衝撃作『ジャネット・ジャクソン 私の全て』

 言わずと知れた音楽一家ジャクソン・ファミリーの末っ子として、幼い頃から歌手や俳優活動をしていたジャネット。成長するにつれ自立を望み、ある驚きの手段を用いて父親の元を去る。ジャクソンという名前から離れたかったジャネットは、自分の意志で人生を歩むという決意の表れでもあるアルバム『コントロール』を発表する。4枚目のアルバム『リズム・ネイション1814』でスターの地位を確立し、映画に初主演も果たし、着実にキャリアを築いていくが、兄のマイケルにおきたスキャンダルで、彼女にも火の粉が降りかかる。その後ジャスティン・ティンバーレイクと出演したスーパーボウルでの事件や、兄マイケルの死、父の他界など様々な悲劇がジャネットを襲う。一方で50歳にして子供を授かり、新たなチャプターを歩み始める。

画像: 本作はジャネット・ジャクソンが所蔵する7000本の秘蔵ビデオテープなどを元に製作された。兄マイケルと「スリラー」の曲作りをするシーンはファンならずとも一見の価値ある貴重な映像だ ©JANET JACKSON

本作はジャネット・ジャクソンが所蔵する7000本の秘蔵ビデオテープなどを元に製作された。兄マイケルと「スリラー」の曲作りをするシーンはファンならずとも一見の価値ある貴重な映像だ
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 前述したジェニファー・ロペスの情熱的でパワフルなトーンとは対照的に、ジャネットは非常に物静かで落ち着いた佇まいで自らの半生を振り返る。彼女はとてもシャイでこれまで自身について多くを語ってこなかったが、知らない誰かに勝手に語られるのではなく、本当の自分を知って欲しいという決意を元に本作は作られたという。決して声を荒げたり大きな声で叫ぶことはないが、心の奥に確固たる信念を秘めたシンガーであるジャネット・ジャクソン。その意志の強さは、初めて彼女が自らの手で作ったアルバム『コントロール』からも如実に見て取れる。それまでの2作のアルバムは父に指示されたままただ歌うだけで、アルバムジャケットの写真選びもさせてもらえなかった。そんな彼女が自我に目覚め、自立していく過程そのものが「コントロール」だ。誰の言いなりにもならず自分の意志で人生をコントロールしていく、いわば家父長制的なものにNOを突きつけた作品で、アルバムタイトルと同名のシングル曲冒頭の語り「This is story about control」に彼女の揺るぎない決意が象徴されている。これまで何気なく聴いていた曲が、10代の少女がこれほどまでに強い意志を持って作ったものだと知り、ただただ驚いた。ちなみにこの「コントロール」は映画『ハスラーズ』のオープニング曲として使われており、「This is story about control」という言葉は主人公の人生を象徴する台詞となっている。

 ジャネットの曲は社会的・政治的なメッセージソングが多い。ダンサブルでポップな見せ方により説教臭さは皆無だが、歌詞を紐解くと人種や国籍を超えるということ、女性として生きていくこと、ドメスティック・バイオレンスやメンタルへスルスなどのテーマに果敢に挑んでいることがわかる。本作ではスターファミリーに生まれたことによる苦しみや黒人女性ゆえの苦労、結婚秘話などを、言葉を選びながら時に涙を流し丁寧に語っていくが、50歳で授かった子供のことを語る際の満面の笑顔は印象的だ。デビュー40周年を迎えたジャネット・ジャクソンが‘80年代から訴え続けてきた人種や性差別に対して、世の中は良い方向に進んでいるだろうか。今一度ジャネットの曲を深堀りして、彼女の想いや訴えに考えを巡らせたい。

画像: 2019年に晴れてロックの殿堂入りを果たしたジャネット。その際に祝福スピーチをしたジャネール・モネイやマライア・キャリー、サミュエル・L・ジャクソン、クエストラブなどによるジャネットの功績を称えるコメントも作品の深みを増している ©JANET JACKSON

2019年に晴れてロックの殿堂入りを果たしたジャネット。その際に祝福スピーチをしたジャネール・モネイやマライア・キャリー、サミュエル・L・ジャクソン、クエストラブなどによるジャネットの功績を称えるコメントも作品の深みを増している
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『ジャネット・ジャクソン 私の全て』
Prime Video、U-NEXTなど各種動画配信サイトで配信中
シリーズ全4話
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【3】底抜けに明るく自己肯定感を高めてくれる『リゾのビッグスター発掘 シーズン1』

 本作はR&Bシンガーでラッパーであるリゾが、自身のライブでパフォーマンスをするビッグガールと呼ばれるプラスサイズのダンサーを発掘するオーディション番組。出場者はラグジュアリーな宿舎で共同生活をし、毎週出される課題をこなしていく。通常のオーディション番組は、予め合格者の人数が決まっていて、生き残ることを目指すというルールのものが多いが、『リゾのビッグスター発掘』では、合格者の人数は設定されない。もしかしたら全員合格するかもしれないし、全員不合格かもしれない。自分がビッグガールに値する人物かどうかを証明していく過程を描く。ダンスの技術はもちろん、新しいことに挑戦する勇気や、仲間との協調性、クリエイティビティなどをリゾに見せていく。身体が大きいことで人の体型や外見などを批判したり馬鹿にしたりするボディシェイミングを受けてきたリゾや出場者たちの言葉から、自分自身を受け入れ愛することの大切さを学べるリアリティ番組だ。

画像: リゾ(写真左)はJ.Loが出演し、ジャネット・ジャクソンの曲がオープニングに使われた映画『ハスラーズ』に出演し、ストリッパー役で俳優デビューした ©AMAZON STUDIOS

リゾ(写真左)はJ.Loが出演し、ジャネット・ジャクソンの曲がオープニングに使われた映画『ハスラーズ』に出演し、ストリッパー役で俳優デビューした
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 番組内では毎回2つの賞が発表される。最も上手くパフォーマンスした人に贈られる賞ともう一つ、ジュース賞という賞がある。ジュース賞は、たとえ失敗したとしても果敢に挑戦した勇気ある人に贈られる賞で、必ずしも振付けを完璧にこなした人だけが称賛されるのではないところが本作のポジティビティを象徴している。ダンスの先生も、「あなたのことを注意するのは、ダメだからじゃない。あなたがもっとできることを知っているから」と指導する。そこにネガティブな感情はなく、ひたすらに自己肯定感を高めていくのが心地よい。出場者の年齢やバックグラウンドはさまざまで、通常のオーディション番組は高校生や大学生、時には中学生などの若い出場者で構成されるものが多いが、本作の出場者は30代の出場者もいれば、2児の母もいるし、黒人もアジア人とのミックスやトランス女性もいて、誰にでもチャンスがあることを教えてくれる。セルライトがあろうがお腹が出ていようが、自分が着たい服、自分が輝ける服を自信を持って着ている姿がとてもキュート。そんなポジティブな彼女たちだが、身体が大きいことで謂れのない理不尽な言葉を投げかけられた経験は一度や二度ではない。リゾはそんな彼女たちが目標に向かって安心して、存分に努力できる環境を与え、これまでの道のりを称えるためにこの番組を企画したという。

 ボディポジティブのアイコンでセルフラブの権化、いつも底抜けに明るいリゾ自身も、激しいボディシェイミングを受け、一時期は活動休止に追い込まれたこともあった。自分自身を受け入れることができるようになったのはここ数年のことで、今でもたびたび自己嫌悪に陥ることもあると番組内で涙を流しながら語る。それでも自身のコンプレックスを乗り越え、身体が大きいことが理由でダンサーという夢を諦めた女性たちに活躍するチャンスを与えたリゾの功績は絶大だ。『リゾのビッグスター発掘』はエピソードごとに名言が飛び出し、ユーモアたっぷりに自己肯定感を高めてくれるセラピーのような番組なのだ。

画像: 本作は、2022年のエミー賞で6部門にノミネートされ、<Outstanding Competition Program>部門を受賞した ©AMAZON STUDIOS

本作は、2022年のエミー賞で6部門にノミネートされ、<Outstanding Competition Program>部門を受賞した
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『リゾのビッグスター発掘 シーズン1』
Prime Videoで独占配信中
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*今回紹介している作品の配信状況は2022年10月25日時点のものです

時代を生きるヒントに出会うドキュメンタリー3選

【1】映画の見方が変わる『トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして』

 #METOO運動をきっかけにして、ホモソーシャルであったアメリカの映画業界やTV業界は変化を求められている。この作品は、そんな映画やTV番組でトランスジェンダーがどのように描かれ、扱われてきたのかを当事者たちのインタビューを通して語っていくドキュメンタリーだ。例えば、スクリーンの中のトランスジェンダーは、いつも精神を病んだドラッグ中毒者か、笑いの対象にされるか、あるいは殺人事件の被害者にされてきた。メディアでそのように描かれることにより、トランスジェンダーたちは実世界でも同じような目で見られる被害に遭ってきたという。また、たくさんのトランス女性、トランス男性の俳優がいるにも関わらず、それらの役は女装もしくは男装したシスジェンダーの俳優が演じてきたことにも疑問を投げかける。

画像: 『オレンジ・イズ・ニューブラック』でトランスジェンダーのソフィア役を演じたラヴァーン・コックス ©︎AVA BENJAMIN SHORR/NETFLIX

『オレンジ・イズ・ニューブラック』でトランスジェンダーのソフィア役を演じたラヴァーン・コックス
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 多くの人は自分は差別主義者ではないと思っているかもしれないが、この作品を観ると、上記のような作品を無自覚に消費することで、トランスジェンダーを傷つけてしまっていた事実に気づき、ショックを受けるだろう。作品冒頭で、オプラ・ウィンフリーがトランスジェンダーに対してウケ狙いで辛辣なインタビューをするシーンが紹介されるが、作品後半ではトランスジェンダーを笑いものにすることはなく真摯に話を聞く姿が描かれる。エディ・レッドメインはアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた『リリーのすべて』で、世界で初めて性別適合手術を受けたトランスジェンダーの女性を演じたことは間違いだった、と後に明かしている。誤りを認め、意識を変えていくことで人は進化してきた。当事者の視点でしか見えないことを教えてくれる貴重な作品だ。

画像: 1952年に性別適合手術を受け、初めて世界的に有名になったトランスジェンダーのクリスティーン・ジョーゲンセン。そこから60年もの間、トランスジェンダーに関する話題は手術のことばかりだったと、ラヴァーン・コックスは語る ©︎NETFLIX

1952年に性別適合手術を受け、初めて世界的に有名になったトランスジェンダーのクリスティーン・ジョーゲンセン。そこから60年もの間、トランスジェンダーに関する話題は手術のことばかりだったと、ラヴァーン・コックスは語る
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Netflix映画『トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして』
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【2】宇宙を自分ごとに『宇宙へのカウントダウン:ミッション・インスピレーション4』

 イーロン・マスク率いる宇宙関連企業スペースXによる、世界初の民間人乗組員のみによる宇宙飛行を追ったドキュメンタリー。インスピレーション4と名付けられたこのミッションの乗組員には「リーダーシップ」「希望」「繁栄」「寛大さ」を象徴する一般人が選ばれた。リーダーを務めるのは実業家のジャレッド。彼は地球が直面する問題に貢献できなければ宇宙へ行く意味はないと考えており、このミッションを通じて小児病院建設のため2億ドルの募金活動を行った。うち1億ドルは彼自身が寄付した。

画像: 地球に帰還した直後のクルーメンバー。左からヘイリー、ジャレッド、サイアン、クリス ©︎NETFLIX

地球に帰還した直後のクルーメンバー。左からヘイリー、ジャレッド、サイアン、クリス
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 ヘイリーは希望を象徴する乗組員として選ばれた。彼女は幼少期に骨肉腫を克服した癌サバイバーで、今は子供の頃に入院していた病院に医師助手として勤務している。癌サバイバーが宇宙へ行くのは世界初な上に、体内に人工物が入った人物が宇宙へ行くのも初。宇宙飛行士といえば、頭脳明晰で健康でなければならないというイメージがあるが、彼女のように癌を克服した人物でも宇宙へ行けると、病気の子供たちに見せることができるのは希望にほかならない。小児病院建設のために募金をしたクリスは寛大さを、地質学者で父親がアポロ計画に携わっていたサイアンは繁栄を象徴するメンバーとして選ばれた。

 遠心分離機や雪山登山など、どんなにハードな訓練でも常にポジティブで弱音を吐かないメンバーや、無事戻ってくるかわからないという不安を抱えながらも明るく全力でサポートする家族の姿に感動を覚える。身近になったとはいえ、まだまだ自分には関係のない言わば金持ちの道楽と捉えられている宇宙旅行に、正しい目的や明るい夢を見出すことができる作品。

画像: ヘイリーは癌治療中の自分の写真を宇宙へ持っていった。また病気で入院中の子どもたちと宇宙からビデオ通話するシーンは子供だけでなく大人も勇気をもらえる ©︎NETFLIX

ヘイリーは癌治療中の自分の写真を宇宙へ持っていった。また病気で入院中の子どもたちと宇宙からビデオ通話するシーンは子供だけでなく大人も勇気をもらえる
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Netflixシリーズ『宇宙へのカウントダウン: ミッション・インスピレーション4』
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【3】お年寄りのピュアな心に笑って泣ける『83歳のやさしいスパイ』

 妻を亡くしたばかりの83歳のセルヒオは、新しい生きがいを求め、スパイ募集の新聞広告に応募する。依頼内容は老人ホームに潜入し、入居する依頼主の母親が虐待されていないか調査するというもの。カメラ付き眼鏡やスマホの使い方を教わるシーンはまるでコメディのよう。いざ潜入を開始するも、調査対象者が写真よりずっと老けているため見つけられなかったり、女性たちばかりの施設内でモテモテになったりとドタバタ劇が繰り広げられる。一方で、調査のため一人一人にじっくり話を聞いていくうちに、家族にずっと会えていない寂しさや、どこにもいく場所がない孤独感、衰える体力への不安など、老人たちが感じる人生終盤の悲しさを目の当たりにしていく。

画像: 一人一人と丁寧に対話していくうちに、ホームを出て帰る場所がある自分がいかに恵まれているか痛感していくセルヒオ © 2021 DOGWOOF LTD - ALL RIGHTS RESERVED

一人一人と丁寧に対話していくうちに、ホームを出て帰る場所がある自分がいかに恵まれているか痛感していくセルヒオ
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 監督のマイテ・アルベルディがかつて探偵事務所で働いていた時に、老人ホームの内部調査の依頼が多かったことから、老人ホームや老いについてのドキュメンタリーの制作を思いついたそう。本作の撮影にあたっては、施設や入居者にスパイの依頼内容は伏せ、老人ホームのドキュメンタリーを撮影するという体で行なっているので、誰もカメラを意識せず自然な日常が切り取られている。たとえ施設に仲間がいても家族が近くにいないことは孤独にほかならず、コロナ禍で家族に会えない高齢者が多くいることを思うと胸が締め付けられる。愛する人の声が彼らにとってどれだけ大切かが心に響く、まるでヒューマンドラマのようなドキュメンタリー。第93回アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門ノミネート。

画像: セルヒオは次第に虐待の調査という依頼を完了することよりも、もっと大切なことがあることに気づいていく © 2021 DOGWOOF LTD - ALL RIGHTS RESERVED

セルヒオは次第に虐待の調査という依頼を完了することよりも、もっと大切なことがあることに気づいていく
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『83歳のやさしいスパイ』
Amazon Prime Video、U-NEXTなどでレンタル配信中。配給・宣伝:アンプラグド 
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