才能と狂気、圧倒的な知識と批評眼をもつ、ファッション界の唯一無二の存在、カール・ラガーフェルド。作家のアンドリュー・オヘイガンがその素顔に迫る

BY ANDREW O'HAGAN, PORTRAIT BY JEAN-BAPTISTE MONDINO, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 ラガーフェルドはシャネルのクルーズ・ショーのためにソウルに飛んできた。基本的には、彼はアクセサリーを確認する作業をしていたのだが、そのやり方が、思わず笑ってしまうほどスタイリッシュで完璧な精密さを伴っているのだ。まるでヘルベルト・フォン・カラヤンがリハーサルで、ベートーヴェンの交響曲第5番のバイオリンセクションを指揮するときのような動きなのだ。

「ヴィルジニー」と彼はフランス語で言った。
「このバーミューダパンツ、納得できる感じ? 黒とインディゴはどう?」

 彼はモデルたちに白いカメリアのブローチをもっと上のほうにつけてみるようにと提案した。候補に挙げられていたいくつかのハンドバッグを却下し、ベルトにはオッケーを出した。彼はちょっと躊躇してから、モデルに歩いてみるように頼み、今度は黒い手袋を加えるようにと指示を出した。さらに「これはエンパイア・ウエストラインより高く。韓国風に」とつけ加えた。「歴史に出てきたそのままだ」

 彼はモデルたちの眉毛を倍にすることを考えついた。つまり眉毛をふたつ描くのだ。そして別のモデルたちには眉毛をほとんど描かない。「これはちょっと思いついたアイデアなんだ」とラガーフェルド。「どうして思いついたかって? そんなこと考えたことないね」

 すべてのボタンとドレスの刺しゅうはシャネル傘下の職人技を提供する企業が製作したのだと彼は言う。「歩きながらちょっとドレスに動きを出してみて」と彼は若いモデルに言った。「動くときにドレスのレイヤーがどうなるか見たいんだ」

 彼は後ろを振り返り、今度はヘアピースの使い方を説明し、全員の注目がそちらに移った。「髪の毛を帽子みたいにしたいんだ」と言う。そしてまたモデルたちに向かって言った。「手はポケットに入れてほしいな。いい? そう、そんな感じ。いいね。めちゃくちゃクールだ」

 ラガーフェルドは彼の存在理由でもある、スタイリングに没頭していた。そして最近では同じぐらいの楽しみを写真を撮ることで味わっている。広告写真のすべてを自分で撮影し、出版部門を管理し、いつでもスタイリングしながら、常に何がいいか選択し、いつでもより新しいものを考え、シャッターを押して瞬間のイメージを切り取るのだ。彼は金儲けをする必要に迫られているわけでもなく、今さら誰かを喜ばせなければいけないわけでもない。彼自身を喜ばせること以外は。

 そして、はたから見るとそれがいちばん大変なことのように見える。ラガーフェルドが「どうでもいい」と言うことは決してあり得ないのだ。彼がすることは、すべて、これまで存在しなかったものを形にするという彼の必要性から発しているからだ。その徹底的なこだわりこそが、彼の燃料であり、この世に生きる必然性なのだ。彼は徹底的にこだわる、ゆえに彼は存在する。カール・ラガーフェルドという存在には偶然などひとつもないはずだ。彼が抑制している感情すら彼のゲームの駒なのだ。どうあれ、彼のゲームはすこぶるうまくいっている。シャネルの年間総売り上げは50億ドルに達している。

 新羅ホテルの3階ではカメラのシャッターの音がひっきりなしに響いていた。ラガーフェルドは音響スタイリストのミシェル・ゴベールを見上げ、「これに流す音楽を聴いてみよう」と言った。

 数秒のうちにA.G. クックの曲「WhatI Mean」の音が部屋いっぱいに広がった。重いベースギターの音と、シンセサイザーを多用した音だ。音がリピートされるセクションで小さな声が聞こえる。まるで2匹のシマリスがオーガズムに達しているような音だな、と誰かがつぶやいた。カールは机を手でトントンと叩きながら、振り向いた。

「この街はあまり美しいとは言えないですよね?」
 彼はうなずいた。
「灰色一色の街だ。でもここにはエネルギーがある。ずっと前から韓国に来てみたかった。でもそれにはここに来る仕事が必要だった。私は観光客ではないから」

 彼は立ち上がり、仕事を通して公の時間をともに過ごす業界人たちに挨拶をした。フランスの雑誌『Elle』のフランソワーズ=マリー・サントゥッチ、『Le Figaro』紙のゴッドフリー・ディーニー、そしてドイツ版『Vogue』誌のクリスティアーヌ・アープ。だが彼の笑顔がよりいっそうほころび、喜びで思わず喉が小さく鳴ったのは、モデルで彼の友人のブラッド・クローニングが部屋に入ってきたときだった。クローニングは彼の息子、ハドソンと一緒だった。ラガーフェルドはハドソンの後見人であり、家族のような存在なのだ。ほんのちょっとの間、自然な愛情のこもったやりとりをしたあと、〝デザイナー氏〞はテーブルについている業界人たちのところへ戻っていった。下を向き、さっと彼がスケッチしたのは、ショーの会場がどんなふうに設置されるかだった。

「これはアート・インスタレーションだ」と彼は言う。ちょっと上を見上げ、また下を見て言った。「ショーのあとはパーティ会場になる。椿の花を6000個飾るんだ」

 

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