才能と狂気、圧倒的な知識と批評眼をもつ、ファッション界の唯一無二の存在、カール・ラガーフェルド。作家のアンドリュー・オヘイガンがその素顔に迫る

BY ANDREW O'HAGAN, PORTRAIT BY JEAN-BAPTISTE MONDINO, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 白いジャケットを着た執事が私たちに昼食を給仕してくれた。メインは絶妙な味で滑るような舌ざわりの魚の燻製の切り身と、アスパラガス、そして細かく刻まれたにんじんだ。「この食事、健康的な農場みたいじゃないか?」と彼は言った。「そうですね」と私。「ここに座ってるだけで体重が6㎏以上減りましたよ」。彼はすかさず笑い、執事がダイエット・コーラの入ったピッチャーを持ってきた。彼の会話のテンポは速い。まるで言わなければいけないことを言い逃してしまうのを心配するかのようなスピードだ。

「リューベックにあるセントメリーズ教会をご存じですよね?」と聞いてみた。
「もちろん」と彼は答えた。
「私の父の会社の工場がリューベックから5マイル(約8キロメートル)も行かないところにあったんだ」
 旧世界について話し始めると彼の瞳は輝いた。「1942年にあの教会が連合国の爆撃によって攻撃されたときに」と私は言った。
「築数百年の歴史のあった教会の塔の鐘が半分溶けて地面に落ちたんです。その崩れ落ちた鐘は今でもまだそのままの形で教会の塔の床の上に残っています。そしてその鐘を囲むように教会が建て直されました。この鐘はトーマス・マンが彼の子ども時代に毎朝その音を聴いていた鐘なんです」
「そうだ。それは過去だ」とラガーフェルドは言う。
「だが私たちの記憶に深く残っている過去だ。それは別格だよ。歴史自体は面白いものではない。面白いのは世間にそれほど知られていない興味深いエピソードだ」

 ラガーフェルドは49歳でシャネルのヘッドデザイナーになった。彼は完璧に適任に見えた。そして彼のあとに台頭してきた多くのデザイナーたち、つまりトム・フォードやリカルド・ティッシらは、古いブランドにどうやって新しい命を吹き込むかを彼からおおいに学んだのだ。ラガーフェルド帝国は今日ある形になるまで絶えず成長してきた。ほかとはまったく違う独自の世界を構築する秘密は、彼によれば、伝統というものを現代に合う形に変えていく作業をしながら、まったく新しいものの匂いをかぎ分けられるように、ほかの誰よりも一生懸命に働くことだという。

「ファッションは、瞬間瞬間に訪れる現実の中の目に見えない部分を、実際に目に見える形にする試みだ」。彼はメトロポリタン美術館で2005年に開催されたシャネルの画期的なショーのカタログにそう記している。煙草も吸わず、酒も飲まず、ドラッグもやらない。そんな彼は自分自身を「ファッション・マシン」と呼ぶ。常に前に進んでいくために、デザインを生産する人間のことだ。

 

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