才能と狂気、圧倒的な知識と批評眼をもつ、ファッション界の唯一無二の存在、カール・ラガーフェルド。作家のアンドリュー・オヘイガンがその素顔に迫る

BY ANDREW O'HAGAN, PORTRAIT BY JEAN-BAPTISTE MONDINO, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 世界的に偉大な話術の達人たちの多くは独り暮らしをしている。(イギリスの劇作家・俳優・演出家)ノエル・カワードは独りで暮らしていたし、(アイルランドの作家で『ガリバー旅行記』の作者)ジョナサン・スウィフトや(フランスの作家、哲学者)シモーヌ・ド・ボーヴォワールもそうだった。さらにオスカー・ワイルドはタイトストリートにあった自宅で過ごすより多くの時間をホテルの部屋で過ごしていた。ラガーフェルドは仕事を、自らの力で前進していくためのエンジンだと捉えている。彼は決して孤独ではないと言う。忙しすぎるし、それに彼の美しい猫、シュペットがいる。仕事に惚れ抜くことができる人間は存在するのだ。彼は「愛」という言葉を避けるのを好むが、ある人々にとっては、仕事こそが素晴らしい発見と日常からの逃避の瞬間をもたらすのだ。彼の美しくも昔気質な話し方で、私たちの話題はさまざまなトピックに飛んだが、そんな中、一瞬の沈黙が訪れた。

「あなたは幸せですか?」と私は尋ねた。
「人が自分自身にその質問を投げかけるとき、人は決して幸福ではないんだよ」と彼は言った。
「だから、私は自分にそう尋ねない。つまり、私は幸せに違いない。これまでラッキーだったと思うよ。私は学校もまともに出ていない。何も学んでこなかった。すべては即興なんだ。それでもそこそこやってこられた。幸福ってものは人生から自動的に与えられるものではないんだ」

 想像しているぶんには明るいが、実際行ってみると暗い都市がある。雨のソウルは美しくなかった。春なのに漢江の青色はきれいに澄んだ青ではなく、まるで圧力をかけられた血管みたいな色だった。私が到着した日、空は泣いていた。

 韓国の人々はまるで災害がさし迫っているのが日常の一部であるかのように慌てて運転する。どうしてこういう場所でラグジュアリー製品が飛ぶように売れるのか、不思議に思う人もいるだろう。だが、美しいものが生活を元気づけてくれると信じれば、それも理解できる。

 街の建築を見てみれば、ソウルには独自の文化が息づいていると感じさせてくれるような建物も少しはある。だが、最近は多くが企業の名前の入った光り輝く高層タワーのような建物だ(K-BizやSimpacなど)。また、ケンタッキー・フライドチキンの店舗もある。道ですれ違った婦人はこれ以上ないというほど完璧なピンク色の傘を差していた。また、ドミノ・ピザの店のウィンドーガラスに寄りかかっていた男性は、かつて少年たちがいつかこんな革のジャケットを買いたいと子どものの頃からずっと憧れ続けていたような、まさにそんな革ジャケットを着ていた。

 新羅ホテルの3階に行くと、ラガーフェルドが宴会場の端にある机の奥に座っているのが見えた。グラスに注がれたダイエット・コーラがすでに置かれてあり、その横には削られて先がとがった鉛筆が何本か入ったペン立てがある。そしてディプティックのキャンドルが、カールが座っている角に香りつきの小さな光輪を描いていた。彼の前にはモデルが立っている。身につけているのはレイヤーのついた黒のロングドレスで、ドレスは白い花模様の刺しゅうで覆われていた。

「ウエストの位置が高くなってるのがわかるはずだ」と彼は言って、今度は肩をすくめてみせた。まるですべては単に個人的に夢中になっていることに過ぎないんだ、とでも言うように。

「お菓子をどうぞ」と彼は言い、皿にのった見るからにまずそうな一口サイズの食べ物をすすめてきた。食べてみるとまったく味がしなかった。そして彼はまた作業に戻った。吟味し、評価し、意見を述べて、優秀な仕事ぶりを見せる。

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