才能と狂気、圧倒的な知識と批評眼をもつ、ファッション界の唯一無二の存在、カール・ラガーフェルド。作家のアンドリュー・オヘイガンがその素顔に迫る

BY ANDREW O'HAGAN, PORTRAIT BY JEAN-BAPTISTE MONDINO, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 昼食をつつき、ダイエット・コーラをちびちびと飲む。そんなラガーフェルドを見ながら、私は彼に昔気質のところがあるとすれば、それは彼の話し方だけかもしれないなと思った。彼の話し方は、最高だ。彼の内面と外面の両方が同時にぴったり合っているのがわかる。彼が頭の中で思考をたぐりよせながら、そこから得た学びや知恵を表現する、その調和が素晴らしいのだ。誰もが思考を能動的な行動として捉えているわけではない。だが、彼はまぎれもなくそう捉えている。

 彼がひとつの話題から別の話題にどう移っていくのか、例を示そう。私が19世紀について彼に尋ねると、彼はこう言うだけだ。「私たちは甘やかされている。今はドライクリーニングがある。当時はなかった」

 そして彼はスコットランドの哲学者デイヴィッド・ヒュームについて話し出す。(「両親が私に送ってくれた箱に入っていた本の中に、彼の本があるのをちょうど見つけたところなんだ」)そして、すぐにドイツ人作家のギュンター・グラス(代表作に『ブリキの太鼓』。1999年ノーベル文学賞受賞・2015年4月没)について語り出すのだ。

 この段階で、私は、ラガーフェルドが意見や感情を露(あら)わに表現する様子が、見ていて実に面白いことに気づいた。私は、以前、ニューヨーク市立図書館でグラスとともに公開トークをしたことがあると彼に伝えた。グラスはその頃ちょうど回顧録を出版したばかりで、その本では、グラスがナチ党の武装親衛隊の若い隊員として過ごした日々が明かされていた。

「彼は告白するのが遅すぎた」とラガーフェルドは迷うことなく言った。「それまでさんざん読者に倫理道徳を押しつけるような作品を書いてきたくせに、そんな過去があったなんて。グラスは最もつまらない説教臭い作家だ。しかも噓っぱちの政治信条がすべてを台なしにした。(西ドイツ時代の首相で、ワルシャワのユダヤ人犠牲者慰霊記念碑前にひざまずいた象徴的な行動をとったことで有名な)ヴィリー・ブラントは賢かったな。グラスに公職の地位をやらなかったから。そして、もっと最悪なのが、グラスの描いたスケッチだよ!」

 ここでラガーフェルドは、絶対認めないとばかりに、とてつもなく大きなうなり声を上げた。「ひどいなんてもんじゃない! まるで1950年代のドイツの美術学校の中の下のレベルの学生が描いたみたいじゃないか!」

 その後は噂話に移った。彼の友人で、『InterviewMagazine』の元編集長でスタイル・ジャーナリストだった故イングリッド・シシー(通称“天才”)の言葉を引用しながら。そして、彼は言った。ファッションが仕事になると知らなかった頃、なりたかったのは漫画家だったと。

 彼は人々が彼らの持病について話すのを聞くのが大嫌いだ。(彼いわく「私は医者じゃないんだ!」)彼は精神分析医は創造性の敵だと思っている。

「分析?」と彼は言う。
「何のために? 正常に戻るために? まともになんてなりたくない」
「だからあなたは無声映画が好きなんでしょうね」と私は言った。
「だってトーキング・キュア(癒やしとしての語り。精神分析の祖フロイトらにより確立された方法)は好きではないでしょう?」
「そのとおり」と彼。

「無声映画が発明されたことは、私にとって有声映画が発明されたことより、ずっと重要なことなんだ。私にとって、無声映画は画像なんだよ。イラストレーションみたいに。学生だった頃、『カリガリ博士』を観たのを覚えてる。その後3週間眠れなかった。コンラート・ファイトが演じた奇妙な“眠り男”がうちのベランダにやってきて、映画と同じような方法で私を殺すかもしれないと思ったから。この映画の撮影風景の写真を持ってるよ。それにドイツ語版のこの映画の公開時のポスターで唯一現存している一枚も持ってる。大金払って買ったんだ」

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