才能と狂気、圧倒的な知識と批評眼をもつ、ファッション界の唯一無二の存在、カール・ラガーフェルド。作家のアンドリュー・オヘイガンがその素顔に迫る

BY ANDREW O'HAGAN, PORTRAIT BY JEAN-BAPTISTE MONDINO, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 こんな感じで私たちの会話は始まった。カール・ラガーフェルドが愛しているのは、今この瞬間だけだ。仕事は大好きだし、シャネルのために年間8つのコレクションを製作しながら、フェンディやその他の企業の仕事もこなしている。くだけた表現を使えば、彼は競馬場で優勝を目指して走る競走馬のようだ。きれいに身づくろいされているだけでなく、障害を次々跳び越え、コーナーを力いっぱいに走り抜けていく。ファッション界のほとんどの人間と違い、彼は質問が好きだ。質問されると前のめりになって答え、次の瞬間には後ろに下がって考える。だが、過去の業績に満足して新しい挑戦をやめてしまうことは決してない。未知への驚きや興奮を、彼以上に心の底から深く感じている人間にこれまで会ったことがないかもしれないな、と私は思う。

 言い換えれば、彼は自らが考えつく限りのあらゆる方法で、自身の伝説を生きているのだ。感情を見せないことが当たり前になっているこの世界で、彼は本能を研ぎ澄ませ、何か素晴らしいものを創るのだというビジョンを持ち続ける勇気をもっている。また、彼は、自分のことをあまり深刻に考えすぎないという知性も持ち合わせている。すぐ笑うし、アイコンとして奉られている自分の地位をパロディにしてしまう。私たちにとって本当に幸運なことに、彼は虚栄心を貪(むさぼ)るのではなく、自分に収入をもたらすファッション界のことを実際によく考えている。ラガーフェルドは彼自身が手がけた最高の発明である「彼自身」という作品を完全にコントロールし、把握しているわけだ。信じられないかもしれないが、彼はこの業界で何十年とやってきてもまだ、世界が未知にあふれた場所だと発見する才能としなやかな感性をもっている。未知なるものを発見することに、全身全霊で没頭しているのだ。ラガーフェルドにとって面白くないものなど存在しない。あるとすれば、死ぐらいだろうか。

「生き残るということは、あなたにとってどんな意味がありますか?」
「そうだな……私は戦場のような場にいる人間だ」
「戦うのが好きなんですか?」
「好きだね」と彼は言う。
「だが、親しい友人と戦うのは嫌だ」

 彼は自分の過去を振り返って、その業績を数えたりもしない。「ある日、人生は終わる。気にしないよ。私の母はよく『神様は誰にもひとりずついて、すべての宗教はお店なんだよ』と言ってたな」。母親は常に読書をしていた、と彼は言う。「母がソファに座って本を読んでいて、周りの人間にあれしろ、これしろ、と命令していたのを覚えている。私が子ども時代を過ごしたのは田舎で、私は学校に入る前から本を読み始めた。スケッチをすることと、本を読むこと、それ以外のことは何もない生活だった」

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